メインメニューを開く

ヒューゴ・アルヴェーンSv-Hugo Alfven.ogg Hugo Emil Alfvén[ヘルプ/ファイル], 1872年5月1日 - 1960年5月8日)は、スウェーデンストックホルム出身の作曲家指揮者ヴァイオリニストおよび画家。同年代のヴィルヘルム・ステーンハンマルとともに、スウェーデンの主要な作曲家の一人として知られる。

ヒューゴ・アルヴェーン
Hugo Emil Alfvén
Alfven Kroyer.jpg
基本情報
出生名 Hugo Emil Alfvén
生誕 (1872-05-01) 1872年5月1日
出身地 スウェーデンの旗 スウェーデンストックホルム
死没 (1960-05-08) 1960年5月8日(88歳没)
ジャンル ロマン派
職業 作曲家指揮者ヴァイオリニスト
担当楽器 ヴァイオリン
ストックホルムにあるアルヴェーンの記念碑

目次

略歴編集

1887年から1891年まで(15-19歳)ストックホルム音楽院に学びながら、ヨハン・リンデグレンスウェーデン語版の個人指導を受ける。生涯を通じ、指揮者としてヨーロッパを巡演した。また、スウェーデンの宮廷楽団 Hovkapelletヴァイオリンを演奏し、1910年から1939年までウプサラ大学音楽監督 director musices を勤め、同大学の男声合唱団 Orphei Drängar を1947年まで指揮した。

デンマーク人の画家 ペーダー・セヴェリン・クロイヤーPeder Severin Krøyer :1851-1909)の妻で女性画家の マリー・クロイヤー(1867-1940)と関係をもち、クロイヤーの離婚後、1912年に結婚するが、1936年に離婚した。アルヴェーンと再婚した折には Marie Triepcke Krøyer Alfvén と名乗った。

主要作品編集

アルヴェーンの作品は、かなり伝統的な後期ロマン派の語法を示しており、色彩的な管弦楽法やしばしば標題的な傾向、また、スウェーデンの風景を呼び覚まそうとする意欲が見出される。あらゆるジャンルに手を染めたステーンハンマルとは対照的に、アルヴェーンは本質的に管弦楽の作曲家であった。

著名な作品として数えられるのは、たくさんの男声合唱曲、5つの交響曲、3つのスウェーデン狂詩曲(とりわけ第1番「夏至の徹夜祭 Midsommarvaka」の軽快な旋律は多くの人々に親しまれる)などである。また、数々の舞台音楽(劇付随音楽バレエ音楽)を作曲した。

その他の作品では、劇付随音楽「グスタフ=アドルフ2世」作品49の「エレジー」が、スウェーデンの王族の葬送音楽として使用されるほか、「祝典序曲」作品25が時折ノーベル賞授賞式で演奏されることで知られている。

作品一覧編集

交響曲編集

5つの交響曲は、年代を追って作曲家の音楽的な進歩を示している。このうち第1番から第4番までは、現在、数回録音されている。

初期作品で、標準的な4楽章制の、響きの美しい作品である。(ある種の卒業制作とも評価される)
充実した、力強くさえあるニ短調の「コラール前奏曲フーガ」によって締め括られる。
4楽章からなる作品で、イタリア旅行に触発されて作曲された。技法的にはより成熟しているものの、手法的にはより軽妙である。
ニールセンの「交響曲第3番『広がり』(シンフォニア・エスパンシヴァ)」に触発されてヴォカリーズの歌手を用いた、45分の長さをもつ単独楽章の交響曲である。なお、自作の交響詩「岩礁の伝説」とも関連があるものの、互いに独立した作品となっている。
アルヴェーンの最後の作品の一つで、全曲の上演・録音はまれである。通常は15~20分を要する第1楽章のみ取り上げられることが多い。

管弦楽曲編集

冨田勲が作曲した「きょうの料理」のテーマ曲によく似ているという指摘がある。

室内楽曲編集

  • ヴァイオリンソナタ ハ短調 作品1
  • ロマンス ホ長調 作品3 (ヴァイオリンとピアノ)
  • ノットゥルノエレジアーコ 作品5 (ホルンとオルガン)
  • フルート独奏のための小組曲
  • 組曲「岩礁の絵」作品17

合唱曲編集

  • カンタータ「世紀の変わり目に」作品12
  • 主の祈り 作品15
  • カンタータ「一つの民族」作品22
  • カンタータ「1917年ウプサラ宗教改革祭」作品23
  • 黄泉の国の人々 作品30の1
  • 春の夜 作品30の2
  • 黙示録カンタータ 作品31
  • ウプサラ大学450年記念カンタータ 作品45
  • ストックホルム博覧会カンタータ
  • 交響的カンタータ「歌」作品45
  • 3つの合唱曲

独唱曲編集

  • フローレスとブランセフロール 作品3

外部リンク編集