ヒューゴ・サルムソン

ヒューゴ・サルムソンHugo Fredrik Salmson1843年7月7日ストックホルム - 1894年8月1日ルンド)は、スウェーデン画家である。

ヒューゴ・サルムソン

解説編集

ストックホルムに生まれた。商人の父親の希望にそって商業を学んでいたが、美術に転じた。1861年にスウェーデン王立美術院に入学し、美術を学び、1867年に、留学の奨学金が与えられるロイヤル・メダルを受賞した。

コペンハーゲンデュッセルドルフ[1]で学んだ後、パリを訪れ、16世紀や17世紀の作品を模写して修行した。1868年にパリにスタジオを作った。普仏戦争が始まったことにより数ヶ月、ベルギーに避難したが、パリを拠点とした。1870年からサロン・ド・パリに、毎回出展するようになった。後に、北欧の芸術家が多く集まるようになった北フランス地域を何度か訪れた。

スウェーデンでは王立美術院のメンバーに選ばれ、製作のためにスコーネ地方を訪れた時には、画家、美術品収集家として知られている、スウェーデンのエウシェン王子を教えた。

晩年はうつ病を患い、ルンドのホテルで没したのは自殺であったとされている。

フランスパリ郊外のグレー=シュル=ロワンは芸術家の集まる村として知られ、1880年代は特に北欧の画家が多く集まっていた。それに先立つ1874年、サルムソンが村に滞在したが、それはごく短い期間であったという[2]

主な作品編集

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ ettina Baumgärtel, Sabine Schroyen, Lydia Immerheiser, Sabine Teichgröb: Verzeichnis der ausländischen Künstler und Künstlerinnen. Nationalität, Aufenthalt und Studium in Düsseldorf. In: Bettina Baumgärtel (Hrsg.): Die Düsseldorfer Malerschule und ihre internationale Ausstrahlung 1819–1918. Michael Imhof Verlag, Petersberg 2011, ISBN 978-3-86568-702-9, Band 1, S. 439
  2. ^ 荒屋鋪透「カール・ラーションへの旅-スンドボーンとグレー=シュル=ロワン」『カール・ラーション展』191頁。

参考文献編集

関連項目編集

  • オスカル・テーノ - サルムソンに次いでグレー=シュル=ロワンを訪れたスウェーデン人画家

外部リンク編集

三重県立美術館サイト内。参考文献の論文の再掲。