ビュート伯爵内閣

ビュート伯爵内閣英語: Bute ministry)は、1762年から1763年までのグレートブリテン王国内閣首相第3代ビュート伯爵七年戦争の講和条約であるパリ条約の締結に成功したが、勝利したにもかかわらず講和の条件が寛大すぎると見られ、著しい不人気になり、結局辞任を余儀なくされた。ビュート伯爵内閣の閣僚はその後継であるグレンヴィル内閣とほとんど同じであったが、これはイギリス王ジョージ3世がビュート伯を信任していたが彼を留任させられなかったことによる[1]

閣僚編集

役職 肖像 名前 在任
第一大蔵卿
貴族院院内総務
  ビュート伯爵 1762年 - 1763年
財務大臣   ル・ディスペンサー男爵 1762年 - 1763年
南部担当国務大臣   イグリモント伯爵 1762年 - 1763年
北部担当国務大臣   ジョージ・グレンヴィル 1762年
  ハリファックス伯爵 1762年 - 1763年
大法官   ノーティントン伯爵 1762年 - 1763年
枢密院議長   グランヴィル伯爵 1762年 - 1763年
  ベッドフォード公爵 1763年
王璽尚書   ベッドフォード公爵 1762年 - 1763年
海軍大臣   ハリファックス伯爵 1762年
  ジョージ・グレンヴィル 1762年 - 1763年
補給庁長官英語版   リゴニア子爵英語版 1762年 - 1763年
陸軍支払長官英語版   ヘンリー・フォックス 1762年 - 1763年
宮内長官英語版   デヴォンシャー公爵 1762年
  マールバラ公爵 1762年 - 1763年

脚注編集

  1. ^ Whiteley 1996, p. 44

参考文献編集

  • Browning, Reed (1975). The Duke of Newcastle. Yale University Press 
  • Hibbert, Christopher (1999). George III: A Personal History. Penguin Books 
  • Whiteley, Peter (1996). Lord North: The Prime Minister Who Lost America. The Hambledon Press 

関連項目編集

先代:
第2次ニューカッスル公爵内閣
グレートブリテン王国の内閣
1762年 - 1763年
次代:
グレンヴィル内閣