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ビル・ラズウェルBill Laswell1955年2月12日-)は、アメリカ合衆国イリノイ州出身の音楽プロデューサーベーシスト

ビル・ラズウェル
Bill Laswell
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ビル・ラズウェル(2006年)
基本情報
生誕 (1955-02-12) 1955年2月12日(64歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国イリノイ州
ジャンル ジャズファンクダブテクノアンビエントアヴァンギャルドワールドミュージック
担当楽器 ベース

ジャズファンクダブテクノアンビエントアヴァンギャルドワールドミュージックまで広範に音楽を手がけ、関わったアーティスト、作品は膨大な数に上る。マテリアル、ゴールデン・パロミノス[1]、デッド・ライン、プラクシスなど、結成したユニットも数多い。

来歴編集

1960年代後半のファンカデリックなどのサイケ・ロックや、イギー・アンド・ストゥージズMC5などが活躍していたデトロイトガレージロックパンクシーンに影響を受ける。

1970年代ニュー・ヨーク実験音楽シーンに触発されてジョルジオ・ゴメルスキーのロフトに参入。ヘンリー・カウマグマなど多くのアーティストと交流を開始。

70年代後半 主要プロデューサー、パートナーとして、パリ在住のジョン・カラコスのレーベル、セルロイド・レコードでの制作を始める。国内外のアヴァンギャルド音楽のアルバムの配給を行う。

1978年頃、ゴングビートニクデヴィッド・アレンニューヨーク・ゴングを結成。

1979年頃エンジニアのマーティン・ビシとともにブルックリンにてレコーディング・スタジオを設立。ブライアン・イーノをスタジオに招き、レコーディング。スタジオ・コンセプトが気に入ったイーノが機材を提供する。歴史的なノー・ウェイヴの録音やマイケル・バインホーン、フレッド・マーらと実験的ファンク・バンド、マテリアルの活動を開始。並行してアート・リンゼイ、アントン・フィアー、フレッド・フリスらとのゴールデン・パロミノスでの活動も行う。1980年にはフレッド・フリス、フレッド・マーとのマサカーも活動を開始した。

1980年代ヒップホップ・ミュージック・シーンに合流し、ファブ・ファイブ・フレディとの『Change The Beat』やアフリカ・バンバータとのTime Zoneで12インチをセルロイドからリリース、ラップミュージックのオリジネイター、ラスト・ポエッツのアルバムも配給する。

1983年、ラズウェル / マテリアル全面バックアップによるハービー・ハンコックの『フューチャー・ショック』が、スクラッチやエレクトロニクスを駆使したヒップホップの名盤として高い評価を受け、グラミー賞を受賞。初のソロ・アルバム『ベース・ラインズ』を発表。

1985年、フィリップ・ウィルソンと結成したバンド、デッドライン発表。マヌー・ディバンゴ、バーニー・ウォーレルジャコ・パストリアスらがゲストとして参加。PIL『アルバム』(1985年)、坂本龍一ネオ・ジオ』(1987年)などの作品プロデュースの他、スライ&ロビーのリズムセクションを起用したミック・ジャガーシーズ・ザ・ボス』(1985年)、オノ・ヨーコ『スターピース』(1985年)などのアルバムや、実験的なスライ&ロビー名義のアルバム『ランゲージ・バリアー』(1985年)、『リズム・キラーズ』(1987年)なども制作している。 1986年ラスト・イグジットの活動を始め、グラインドコアノイズのサウンド・プロデュースへと実験を試みる。

この時期の主なプロデュース作品はモーターヘッド『オーガズマトロン』(1986年) 、イギー・ポップ『インスティンクト』(1988年)、ラモーンズ『ブレイン・ドレイン』(1989年)、ホワイト・ゾンビ『Make Them Die Slowly』(1989年)などがある。

1990年代以降はクリス・ブラックウェルアイランド・レコードにAXIOM・レーベルを立ち上げて電子音楽デトロイト・テクノへの関心を高めフリー・ジャズダブと絡めて行く。

1991年ペインキラー、プラクシスといったグループを結成し活動を開始。
デッドライン名義で、ブーツィー・コリンズやジョナス・エルボーグらと共演し、アルバムを制作した。 1992年のプラクシスのアルバム『トランスミューテイション』のレコーディングにはDJ KRUSH、DJ Spooky、ジャー・ウォブルファラオ・サンダースブーツィー・コリンズバーニー・ウォーレルウィリアム・S・バロウズをゲストに迎えて制作している。

レコーディング・エンジニアのオズ・フリッツとともにアフリカアラブアジアカリブなど世界各地でのフィールド・レコーディングや、それらを素材にしたダブ作品をサブ・ローザ・レーベルや多数のレコード・レーベルから発表する。1999年にサブ・ローザ・レーベルからカットアップを多用した作品『Hashisheen -The End Of Law』をリリースしており、ジェネシス・P・オリッジとの共同作品を収録している。

また1990年代中頃からリミックス・プロジェクトを初めて1997年ボブ・マーリー『ドリームス・オブ・フリーダム - Dreams of Freedom (Ambient Translations in Dub) 』、マイルス・デイヴィス『パンサラッサ~マイルス・リミックス! - Panthalassa (the music of miles davis 1969 - 1974)』(1998年) 、カルロス・サンタナ『ディヴァイン・ライト:カルロス・サンタナRemix - Divine Light – Music from Illuminations & Love Devotion Surrender』(2001年)など、ラズウェルの考察による再構築アルバムを制作している。

2000年代に入ると琉球アンダーグラウンドニルス・ペッター・モルヴェルら新世代のアーティストのリミックスも手がけ、インド音楽とダブを融合させたタブラ・ビート・サイエンスを始動させる。

主なユニット編集

  • マテリアル
    自己のレコード・レーベル、セルロイドから作品をリリースしている。ラズウェル以外のメンバーは流動的で、方向性もアルバムごとに変わる。4作目『ハリューシネイション・エンジン』では、ジャズ、ファンク、ダブ、アンビエント、ワールドミュージックが絶妙にミックスされた。アルバム『ワンダウン』ではホイットニー・ヒューストンがメジャー・デビュー前の歌手としての録音がある。
  • マサカー
    フレッド・フリス、フレッド・マーとのトリオで結成された即興と実験性をもったアヴァンロック・バンド。80年代初頭にのみ活動したが、1998年に再結成。ドラムがマーからチャールズ・ヘイワードに交代した。
  • デッドライン
    ジャコ・パストリアス、ブーツィー・コリンズらとの録音がある。

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集