ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ! (映画)

ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』(A Hard Day's Night)は、1964年ザ・ビートルズ初の主演映画2001年に『ハード・デイズ・ナイト』のタイトルでリバイバル上映された。

ビートルズがやって来る
ヤァ!ヤァ!ヤァ!
A Hard Day's Night
監督 リチャード・レスター
脚本 アラン・オーウェン英語版
製作 ウォルター・シェンソン英語版
出演者 ビートルズ
音楽 ジョージ・マーティン
撮影 ギルバート・テイラー
編集 ジョン・ジンプソン
配給 ユナイテッド・アーティスツ
公開 イギリスの旗 1964年7月6日
上映時間 87分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
イギリスの旗 イギリス
言語 英語
製作費 $560,000
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目次

概要編集

イギリスで短編コメディを作っていたTV界出身のリチャード・レスターが映画界へ進出するきっかけとなった。

脚本のアラン・オーウェンは、アメリカでこれまで量産されていたミュージシャン映画のメロドラマといったスタイルを踏襲せず、イギリス気質のあるコメディ作品にしようと考え、ビートルズの忙しい日常をドキュメンタリータッチで描くことにした。つまり、ビートルズがビートルズ自身の風刺漫画を演じるという作品になったのである。

この作品では4人がそれぞれ主役であるが、特に印象に残る演技を披露しているのが、この作品のタイトルの考案者でもあり、ビートルズのコメディ面を担当していたリンゴ・スターである。この作品で演技が絶賛され、リンゴ自身も演技への自信をつけたことから、次作『ヘルプ!4人はアイドル』やビートルズ解散後の映画作品への出演に繋がった。

アメリカでの成功を念頭においていたため、サウンドトラックも兼ねた同名のアルバムを製作。ビートルズがデビュー後初めて、カバー曲を収録せずに彼らのオリジナル曲のみ収録したアルバムとなっている。しかし当時のビートルズは多忙を極めており、作曲とレコーディングには2週間しかなかったにもかかわらず、クオリティの高いアルバムに仕上がっている。

映画作成に当たっては、アメリカでの失敗を恐れて低予算&モノクロで制作されたが、結果は大ヒットとなり、アメリカでもビートルズの作品が軒並み大ヒットを記録した。このアメリカでの成功は当時のイギリスでは衝撃的な出来事として迎えられた。なぜなら、ビートルズ以前のイギリス人アーティストはことごとくアメリカで惨敗を喫しており、ビートルズ以前に登場し、現在でもイギリスの国民的アーティストであるクリフ・リチャードでさえも成し遂げることができなかったからである。

ストーリー編集

ビートルズは、追いかけて来る熱狂的なファンの群を振り切り、列車に飛び乗る。ポールの座席の隣には、周囲を騒動に巻き込む悪戯好きなポールの祖父、ジョン・マッカートニーが座っている。彼は列車内でも滞在するホテルでも騒ぎを起こし、リンゴに届いたカジノの招待状を取り上げて遊びに行ってしまう。ビートルズとマネージャーのノームとシェイクはポールの祖父に振り回される。記者会見やテレビ・ショーのリハーサルなどで忙しいビートルズ。そんな中、ジョージは人違いをされて新作の服のマーケティング会議に参加させられてしまう。読書していたリンゴは、ポールの祖父にそそのかされて散歩に出かけてしまう。リンゴはカメラを持って街に出かけるが、失敗ばかり起こし、警察官に不審者と思われ警察署に連行される。本番まであと数十分、ジョン、ポール、ジョージの3人は戻ってこないリンゴを探しに行く。その頃、ポールの祖父も偽サイン入りのビートルズの写真をファンに売ろうとして警察官に捕まり同じ警察署に連行される。ポールの祖父はリンゴの居場所を3人に知らせるため警察署を脱走する。3人はリンゴを連れ戻し、テレビ・ショーの本番で熱狂する観客を前に演奏する。そして、休む間もなくヘリコプターで次の場所へと移動する。

キャスト編集

日本語吹替編集

タイトルの由来編集

タイトル『A Hard Day's Night』はDayの後にNightがくるという、文脈上間違ったおかしな言い回しであるが、これはリンゴ・スターが「It's been a hard day.」と言ったあと、外を見るとすでに暗くなっていたことに気付き「…'s night.」と付け足したというエピソードによる。

邦題の『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』は映画評論家水野晴郎ユナイト映画在籍時に名付けたという話が知られているが、「ビートルズがやって来る」は前年の1963年にBritish-pathe社が製作したニュース映画「The Beatles come to town」(1963年のマンチェスター公演を収めたもの)と本作を取り違えて命名したのではないかという意見がある。また、日本よりも先にEMI傘下のオデオンレコードから発売されたドイツ版では「YEAH! YEAH! YEAH!」というタイトルが付けられている[1][2]。ドイツ以外にもオデオンレコード版権の国では「YEAH! YEAH! YEAH!」が付いている版が複数存在する(日本もオデオン系)。

日本語版でこのようなタイトルが選ばれた理由について、当時東芝音楽工業でビートルズ担当であり、本映画のプロモーションにも関わっていた高嶋弘之は「取り違えの可能性は否定できないが、むしろあの時代の状況やファンの気持をうまく取り込んだ結果ではないか」と語っている[3]

2000年に再上映とDVDがリリースされた際の邦題は「ハード・デイズ・ナイト」に改められた。

エピソード編集

  • ビートルズが話す英語はリバプールなまりなので、試写を観た映画会社の上級取締役の妻に「彼等のセリフを吹き替えた方がいい」と言われてしまった。もちろん吹き替えは行なわなかった。
  • 作成された楽曲のほとんどは作品中で演奏された。また、公開放送の本番という設定で演奏されたシーンの観客の中には、エキストラとして若き日のフィル・コリンズがいた。これがきっかけになり、後に発表されたメイキング映像(現在は廃盤)ではホスト役をフィル・コリンズ自身が勤めている。
  • ビートルズがファンの女の子に追いかけられるという印象的なオープニングで始まるこの作品だが、地下鉄メリルボーン駅近くのボストン・プレースという路地で撮影の際、ジョージは走っていて本当に転んでしまい、ジョージにつまづいてリンゴも転んでしまった。映画ではそのカットが使われている。
  • 「If I Fell」の演奏シーンでジョージがアンプにもたれ掛かっているが落ちそうになる。
  • 劇中で乗り込んだ列車の中でビートルズがナンパする女学生の一員に、後にジョージの最初の妻となるパティ・ボイドが出演している。撮影中にジョージとパティが恋仲になり交際がスタートした。当時の宣伝資料として撮影された写真に(映画内で登場した)女学生役の女優達4人が(メンバーそれぞれの名前が書かれたディレクターズ・チェアーに座った)ビートルズのメンバーの髪を櫛でとかしている写真があるが、ジョージの髪はしっかりパティ・ボイドがとかしている。
  • 本作品とアルバムの成功で始まった初のアメリカツアーのために、ケネディ空港に降り立った彼らをひと目見ようと押しかけたファンの数は、現在でも同空港に押し寄せた見物客の最高記録を誇っているという。
  • ポールが「And I Love Her」を歌うシーンがある。カメラがポールの周りを回りながら撮影しているが、その最中に照明がカメラの正面に入ってしまい、画面が一瞬真っ白になるシーンがある。これは明らかな撮影ミスで、最後まで関係者はこのミスに気がつかず、公開してしまった。
  • ポールの祖父が何かというと「こぎれいな老紳士」と評されるが、これは演じているウィルフレッド・ブランビルが1962年からBBCで放映されていたコメディドラマ「Steptoe and Son[4]で、「汚いじいさん」といつも言われている主役の老人を演じていたことに由来する[5]

パロディ&オマージュ編集

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集