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ピエロ・ラルディ・フェラーリPiero Lardi Ferrari, 1945年5月22日[1] - )は、イタリアモデナ出身の実業家。自動車メーカーのフェラーリ副会長であり、航空機メーカーピアッジョ・アエロの社長でもある。単にピエロ・フェラーリとも呼ばれる。

目次

人物編集

生い立ち編集

1945年に旧貴族の娘であったリーナ・ラルディ・デリ・アデラルディ (Lina Lardi degli Adelardi) と、フェラーリ創業者のエンツォ・フェラーリの間に庶子として生まれた。1956年に死去したアルフレード・フェラーリの異母弟である。

相続者編集

父のもとフェラーリで働き、1969年にフェラーリがフィアットと提携した際、フェラーリの株式10%を所有することを認められた。1978年にエンツォの正妻ラウラが死去したのち正式に認知された。ピエロ・ラルディのもう一つの姓のラルディは母のものであり[2]、認知された後に付けることとなった。

1988年の父の死後にはフェラーリの副会長となり、同時にフェラーリの役員会のメンバーとなる。また、1990年代にはフェラーリの創業50周年モデル、フェラーリ・F50の企画発案を行ったほか、様々な形で経営への助言を行っている。

現在編集

2016年現在もフェラーリの副会長を務め、フェラーリの経営に関与するほか、フェラーリのクラシックモデルの認証機関である「フェラーリ・クラシケ」の鑑定団「COCER」の議長も務める。

私生活編集

  • フィオリアーナ・ナニンと結婚し、一人娘と2人の孫がいる。
  • ピエロは、モデンナにある父の住んでいた自宅で暮らしている。

関連項目編集

出典編集