ピダハン族

ブラジルのアマゾン熱帯多雨林に住む先住民

ピダハン族(ピダハンぞく、Pirahã。発音は[piɾaˈhã])は、ブラジルのアマゾン熱帯多雨林の先住民である。彼らは、ムラ人(Mura people)の唯一の生き残っているサブグループであり、そして狩猟採集者である。彼らは、主にアマゾナス州のウマイタ(Humaitá)とマニコレ(Manicoré)のマイシ川(Maici River)の岸に住んでいる。2018年現在、彼らは800人いる[2]。ピダハン族は自分たちを『Pirahã』とは呼ばず、代わりにおおざっぱに訳せば「"the straight ones"」である『Hi'aiti'ihi』と呼ぶ[3]

Pirahã
総人口
800
居住地域
ブラジル
言語
ピダハン語
宗教
アニミズム[1]

言語人類学者のダニエル・エヴェレットに、

ピダハン族は、ジャングルでの継続的な生存を確保するのに必要なあらゆる方法が最高に恵まれている。彼らは、自分らの地域のあらゆる重要な植物の有用性と場所を知っている。彼らは地元の動物の行動とそれらを捕まえ回避する方法を理解している。道具や武器なしで裸でジャングルに歩み入り、3日後に果物、ナッツ、小さな獲物のバスケットを持って歩み出ることができる[4]

ピダハン族はピダハン語を話す。彼らは他の言語を「"crooked head"」と呼んでいる[4]。ピダハンのメンバーは自分の言語を口笛で吹くことができ、これは、ピダハンの男がジャングルで狩猟をするときにコミュニケーションをとる方法である。

文化編集

ピダハン族が研究者らに関係しているかぎり、彼らの文化は直接的個人的経験に含まれる問題のみに関係しており、そして生きている記憶以外の歴史はない。ピダハンは、単純な親族体系を持ち、それに含まれるのは、baíxi(親、祖父母、あるいはもっと年上)、xahaigí(同胞、男あるいは女)、hoagíあるいはhoísai(息子)、kai(娘)およびpiihí(継子、お気に入りの子、少なくとも1人の親が死んでいる子、とそれ以上)である[5] (pp86–87)

ダニエル・エヴェレットは、最強のピダハンの価値の1つはけっして威圧ではない、と述べている。単に他の人に何をすべきかを教えない[6]。社会ヒエラルキーはないように見えるし、ピダハンには正式な指導者がいない。この社会システムは、世界の他の多くの狩猟採集のバンドに似ているが、西洋との接触前の園芸の歴史のためにアマゾンにおいてはまれである。

ピダハン族は毎日カヌーを使って釣りをしたり、自分の住んでいる横の川を渡ったりしているが、カヌーがすり減ると、樹皮片を一時的なカヌーとして使うだけである。エヴェレットは、ピダハン族がカヌーを作る際に教え監督したマスタービルダーを連れてきて、自分たちで作ることができるようにした。しかし、別のカヌーが必要になったとき、彼らは「ピダハンはカヌーを作らない」と言い、エベレットに、あなたがわれわれにカヌーを買うべきだ、と言った。ピダハン族は近隣のコミュニティーのカヌーの仕事に依存しており、それらカヌーを自分たちで使用している[6]

ピダハン族は、数少ない鍋やフライパン、ナイフ、マチェーテを保管する簡単な小屋を建てる。彼らは(矢じりを作るための)削り道具、ゆるく織られたヤシの葉の袋、弓、そして矢だけを作る[4]。彼らは15分ないし、最大で昼夜2時間連続のうたた寝をし、夜通し眠ることはめったにない[5](ppxvii, 13,70,79)

彼らは食べ物をどんな量でも保存しないが、一般的に彼らがそれを手に入れたときそれを食べる[4]。ピダハン族は、塩漬けや燻製によって肉を保存する教訓を無視してきた[4]。彼らは、吐き出された種子から成長するマニオク植物を栽培し、一度に数日分のマニオク粉を作る[4]。彼らはブラジル・ナッツとセックスを、消耗品と道具、たとえばマチェーテ、火薬、粉ミルク、砂糖、ウイスキーと交易する。純潔は文化的価値ではない[6]。彼らは、ブラジル・ナッツ、木材、ソルバ(sorva。チューインガムに使用されるゴムの樹液)を、ネックレスに使用されるソーダ缶のプルタブと交易する[4]。男は、交易者から入手したTシャツとショーツを着用し、女は自分の無地の綿のドレスを縫う[4]

装飾は主にネックレスであり、主に精霊を防ぐために使用される[5](pp74)。線描するという概念は彼らにとって異質であり、人、動物、樹、または川を描くように求められるとき、結果は単純な線である[7]。しかしながら、飛行機のような新奇なものを見ると、子供はそれのモデルを作るかもしれないし、それはやがて捨てられるかもしれない[8]

エヴェレットによれば、ピダハン族には最高の精霊あるいは神の概念がなく[9] [9]、彼らは、エヴェレットがイエスを見たことがないことを発見したとき、イエスへの興味を失った。彼らは、なされるあらゆる主張に、個人的な経験に基づく証拠を要求する[6]。しかしながら、彼らは、環境の中で物事の形をときどきとり得る精霊の存在を信じている。これら精霊は、ジャガー、樹、または人を含む他の可視、触知可能な物であることもある[5](pp112,134–142)。エヴェレットの報告によれば、ピダハン族は、雲より上に住む存在の一つ『Xigagaí』が浜辺に立ち、われわれに向かって、もしあなたたちがジャングルに入るならば殺すだろう、と叫んでいる、と言った、いち事象がある。エヴェレットと彼の娘には何も見えなかったが、それでもピダハン族は『Xigagaí』がまだ浜辺にいると主張した[5](ppxvi–xvii)

モダン文明の採用編集

スミソニアン・チャンネルで放映された2012年のドキュメンタリー『The Grammar of Happiness』(日本ではNHK教育テレビの「地球ドラマチック」において、2014年8月16日に「ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民」と題して放送された[10])は、ひとつの学校が、彼らがポルトガル語と数学を学ぶ、ピダハン・コミュニティーのために開かれてきていたことを報告した。FUNAI(Fundação Nacional do Índio)によると、その学校はブラジルの教育省の責任である[11]。文明に導入されている正式な学校に加えて、ドキュメンタリーはまた、ブラジル政府が遠隔地に近代的な医療クリニック、電気、テレビビジョンを設置したと報告した。

言語編集

脚注編集

  1. ^ Everett, Daniel. “From Threatened Languages to Threatened Lives”. 2018年4月18日閲覧。
  2. ^ “Interview: Wie ein Missionar zum Atheisten wurde” (ドイツ語). profil.at. (2018年3月27日). https://www.profil.at/wissenschaft/interview-daniel-everett-9623433 2018年4月2日閲覧。 
  3. ^ Pullum, Geoffrey K. (2004年8月26日). “The Straight Ones: Dan Everett on the Pirahã”. Language Log. 2007年6月22日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h Colapinto, John (2007年4月16日). “The Interpreter—Has a remote Amazonian tribe upended our understanding of language?”. The New Yorker. http://www.newyorker.com/reporting/2007/04/16/070416fa_fact_colapinto?currentPage=all 2009年2月25日閲覧。 
  5. ^ a b c d e Everett, Daniel L. (2008). Don't Sleep, there are Snakes. Pantheon Books. ISBN 978-0-375-42502-8. https://archive.org/details/dontsleeptherear00ever 
  6. ^ a b c d Everett, Daniel L. (2007年6月11日). “Recursion and Human Thought: Why the Pirahã Don't Have Numbers”. Edge.org. Edge Foundation, Inc.. 2019年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月6日閲覧。
  7. ^ Gordon, Peter. Numerical Cognition Without Words: Evidence from Amazonia, Supporting Online Materials, p. 5. Science, 2004.
  8. ^ John Colapinto (2007), The Interpreter. New Yorker, 2007-04-16
  9. ^ a b Everett, Daniel. "Endangered Languages and Lost Knowledge" Archived 2010-05-16 at the Wayback Machine., The Long Now Foundation, San Francisco, March 20, 2009. For the relevant info, see transcript of the talk or play chapter 8 of the video at 33:40.
  10. ^ 鈴木光太郎『オオカミ少女はいなかった』(ちくま文庫)P.308
  11. ^ The Grammar of Happiness (television documentary). Smithsonian Channel. 2012. 2013年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。

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外部リンク編集