ラルフ・ピエール・ラコック・ジュニアRalph Pierre "Pete" LaCock, Jr. , 1952年1月17日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州バーバンク出身の元プロ野球選手内野手)。左投左打。

ピート・ラコック
Pete LaCock
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州バーバンク
生年月日 (1952-01-17) 1952年1月17日(68歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手外野手
プロ入り 1970年 MLBドラフト1巡目
初出場 MLB / 1972年9月6日
NPB / 1981年
最終出場 MLB / 1980年10月5日
NPB / 1981年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物編集

1981年に当時の横浜大洋ホエールズに入団。大リーグ時代はワールドシリーズにも出場した実力者で、アベレージヒッター一塁手。大洋では3番打者として期待された。左右に打ち分ける技術もあり三振も少ない打者だったが、拙守と怠慢プレーで同年限りで解雇。同年最下位の大洋を象徴する選手となった。

エピソード編集

  • 同僚や球団職員などへのクレームが多く、評判が悪かった。当時ホエールズの海外スカウトを担当していた牛込惟浩は、ラコックについて「オーナーがメジャーリーグ関係者から、経歴だけを聞いて獲得にゴーサインを出した選手であり、性格・身辺調査をした結果、自分としては獲りたくなかった。」と回想している。また、ラコックとの経験が、後の選手たちの意欲や家族のケアを周到に行うようになったきっかけを作ったという。
  • シーズン中に夫人の出産に立ち会うため一時帰国。現在では良くある事だが当時は異例で批判を浴びた。
  • 当時巨人江川卓に強く、ホームランも打っている。
  • 父は著名な司会者のピーター・マーシャル。そのため、幼少の頃から望めば何でも叶う環境で育ち、上記のようなトラブルメーカーになったという。また伯母(父の姉)に女優のジョアン・ドルーがいる。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1972 CHC 5 7 6 3 3 0 0 0 3 4 1 0 0 1 0 0 0 1 0 .500 .429 .500 .929
1973 11 17 16 1 4 1 0 0 5 3 0 0 0 0 1 0 0 2 0 .250 .294 .313 .607
1974 35 125 110 9 20 4 1 1 29 8 0 0 2 0 12 2 1 16 2 .182 .268 .264 .532
1975 106 292 249 30 57 8 1 6 85 30 0 2 2 4 37 7 0 27 10 .229 .324 .341 .666
1976 106 290 244 34 54 9 2 8 91 28 1 4 2 1 42 6 1 37 5 .221 .337 .373 .710
1977 KC 88 238 218 25 66 12 1 3 89 29 2 1 0 4 15 1 1 25 4 .303 .345 .408 .753
1978 118 347 322 44 95 21 2 5 135 48 1 0 1 3 21 2 0 27 8 .295 .335 .419 .755
1979 132 453 408 54 113 25 4 3 155 56 2 1 1 6 37 7 1 26 16 .277 .334 .380 .714
1980 114 176 156 14 32 6 0 1 41 18 1 0 0 2 17 1 1 10 7 .205 .284 .263 .547
1981 大洋 90 344 300 36 82 16 0 10 128 36 0 1 1 2 41 0 0 41 9 .273 .359 .427 .786
MLB:9年 715 1945 1729 214 444 86 11 27 633 224 8 8 8 21 182 26 5 171 52 .257 .326 .366 .692
NPB:1年 90 344 300 36 82 16 0 10 128 36 0 1 1 2 41 0 0 41 9 .273 .359 .427 .786

背番号編集

  • 24 (1972年)
  • 25 (1973年)
  • 22 (1974年)
  • 23 (1975年 - 1976年、1981年)
  • 8 (1977年 - 1980年)

関連項目編集

外部リンク編集