ファンタスティック・プラネット

ファンタスティック・プラネット』(:Fantastic Planet、原題:La Planète sauvage、フランス語で「未開の惑星」の意)は、ルネ・ラルー監督による1973年制作のアニメ映画フランスチェコスロヴァキア合作。

ファンタスティック・プラネット
La Planète sauvage
監督 ルネ・ラルー
脚本 ローラン・トポール
ルネ・ラルー
スティーヴ・ヘイズ
製作 サイモン・ダミアーニ
アンドレ・ヴァロ=カヴァグリオーネ
音楽 アラン・ゴラゲール
撮影 ハポミル・レイタール
ボリス・パロミキン
編集 ディック・エリオット
リッチ・ハリソン
配給 ケイブルホーグ
公開 フランスの旗 1973年12月6日
チェコスロバキアの旗 1973年12月21日
日本の旗 1985年6月29日
上映時間 約72分
製作国 フランスの旗 フランス
チェコスロバキアの旗 チェコスロバキア
言語 フランス語
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原作はフランスの小説家、ステファン・ウルSF小説『オム族がいっぱい(Oms en Série)』。

目次

ストーリー編集

物語の舞台は巨大なドラーグ族が小さなオム族を虫ケラのように扱う、とある惑星。ドラーグ族の悪ガキに母親を殺されたオム族の赤ちゃんが、ドラーグ族の少女ティバに拾われて彼女のペットとなり、テール(Terr、フランス語で「ものすごい」、もしくはTerre、「地球」の意)と名づけられて育てられる。

ドラーグ族の教育はヘッドセットを用いて脳に直接知識を送ることで行われる。ティバは勉強する時、手の上にテールを置いて一緒に楽しむので、テールはドラーグ族の高度な知識を習得し始める。危険を感じたティバの両親は勉強時にテールを一緒にしないよう娘に注意する。

ある日、ペットとしての立場に疑問を抱いたテールは、自分に知識を与えてくれた巨大なヘッドセットを持ってティバの家から逃げ出す。逃げた先で野生のオム族の女性と出会ったテールは、公園の木の中にある彼女達の部落へ行く。族長はドラーグ族の知識を持つテールを仲間として受け入れようとするが、当然それに反対する者も現れ、決闘裁判が行われる。テールは傷を負うが最終的に勝利し、晴れて部族の一員となる。

しばらくしたある日、毒ガスを使った大規模なオム族の駆除が行われる。多くのオム族は殺されるが、隣の部落の縄張りに侵入したとして拘束されていたテールは毒ガスが来る直前に解放されて逃げ延びる。

生き残ったオム族達は公園を脱出した所を偶然に通りかかった2人のドラーグ族に発見される。ドラーグ族の2人は足下のオム族を踏み殺し始めるが、オム族は必死で反撃して、彼らのうちの1人を殺す。ドラーグ族が殺された事により、ドラーグ族の議会は紛糾し、オム族の駆除は非常に高い優先順位を得、新技術が開発され、頻度も増すようになる。

テール達は放浪の末、ドラーグ族のゴミ捨て場に住み着き、そこに捨てられていた機械やヘッドセットから得た知識でもって、ドラーグ族にも劣らぬ高い科学技術を有するに至る。しかし、彼らの基地はドラーグ族の偵察機械に発見され、自動害虫駆除装置の襲撃を受ける。

多様な攻撃によって多くのオム族が殺される中、一部の者はロケットでの脱出に成功する。行き着いた先はファンタスティック・プラネット。そこには多数の首の無い男女の像があるのみ。

突然、空に大量のシャボン玉(瞑想によって身体を抜け出して来たドラーグ族達の精神体)が現れ、像の首の部分に舞い降り、男女の像はダンスを始める。オム族達は踊る像の足によって踏み潰されそうになり、レーザー光線を使用して像を破壊する。身体を破壊されたドラーグ族の精神体は大混乱に陥る。

一方、ドラーグ族の議会では「ドラーグ族とオム族が共存する方法を見つけられなければ、2つの種族はお互いを破壊する」という衝撃の事実が判明する。

結局、オム族は生存可能な新しい人工衛星に住む事になり、そこはテールと名づけられたのであった。

登場する種族編集

オム族編集

地球人に良く似た容姿で、原始的な生活を営む。原語の「オムス(Oms)」はフランス語の「オム(hommes、人間)」から来ていると思われる。ごく一部のオム族はドラーグ族のペットとして飼われているが、大多数は虫ケラの様に扱われ、害虫駆除の感覚で定期的に大量虐殺される。その方法はドラーグ族の技術的、精神的な発展の高水準さと、皮肉に対比させられている。

ドラーグ族編集

オム族の十倍以上の身長、青い皮膚、魚のヒレの様な耳、真っ赤な目を持ち、高度な科学文明社会を築いている。ドラーグ族にとっての1週間はオム族にとっての1年間に等しく、オム族より遥かに長生きする。一日の内の多くの時間を瞑想にふけっている。

その他編集

  • 奇妙な巨大生物の描写など、宮崎駿の漫画・アニメ『風の谷のナウシカ』に影響を与えたと指摘されている[1]
  • 当の宮崎は、本作を鑑賞した際「ヒエロニムス・ボッシュの絵みたいな」「美しくもおぞましい」キリスト教ベースの美術に辟易しつつも「面白い」と思い、翻って風土を念頭におかない作品を描く通俗的な日本のアニメの現状を、「美術が不在」と言う表現で反省している[2]

脚注編集

  1. ^ 大口孝之「カットアウト・アニメーション」 文化庁メディア芸術プラザ
  2. ^ 「ファンタスティック・プラネットに思う」『出発点』所収

外部リンク編集