ファーンボロー航空ショー墜落事故

ファーンボロー航空ショー墜落事故(ファーンボローこうくうショーついらくじこ、Farnborough Airshow crash)とは、1952年9月6日イギリスハンプシャー州で発生した墜落事故。同日に開催されていたファーンボロー航空ショー展示飛行を行なったジェット戦闘機「デ・ハビランド ビクセン(後のデ・ハビランド シービクセン)」の試作機が空中分解を起こし、乗っていた操縦士と観測員に加えて地上にいた29名が死亡、60名が負傷した[1][2]

ファーンボロー航空ショー墜落事故
De Havilland DH.110 WG236 in flight c1952.jpg
事故機の写真
事故の概要
日付 1952年9月6日
概要 設計不良による空中分解
現場 イギリスの旗 イギリスイングランドの旗 イングランド ハンプシャー州ファーンボロー空港英語版
北緯51度16分33秒 西経00度46分35秒 / 北緯51.27583度 西経0.77639度 / 51.27583; -0.77639座標: 北緯51度16分33秒 西経00度46分35秒 / 北緯51.27583度 西経0.77639度 / 51.27583; -0.77639
乗員数 2名
負傷者数 0名
死者数 2名(全員)
生存者数 0名
機種 デ・ハビランド ビクセン(後のデ・ハビランド シービクセン)の試作機
運用者 デ・ハビランド
機体記号 WG236
地上での死傷者
地上での死者数 29名
地上での負傷者数 60名
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事故調査の結果、航空機前縁の設計不良が原因であることがわかった。その後、ビクセンは設計変更を行った「シービクセン」としてイギリス海軍に採用された。

さらにこの事故をきっかけとして航空ショーの法規制が強化され、その後2015年にショアハム航空ショー墜落事故が発生するまでの期間国内の航空ショーで死者が発生することはなかった[3]

事故の内容編集

当初飛行を予定していた機体(WG240)が故障したため、航空ショーでの展示飛行は中止になりかけていた[4]。この機体はビクセンの2番目の試作機であり、ショー初日に超音速飛行を行う予定だった。しかし、搭乗員のデリーとリチャーズが最初の試作機(WG236)を工場から手に入れ、この機体でファーンボロー飛行場まで向かった。

航空ショーにはおよそ12万人の観客が集まった。事故機はまず超音速飛行を行い、続けて高度4万フィートでフライパストを行った。そして速度450ノットで左へ旋回し機首を上げようとした瞬間、機体は空中でバラバラになった。翼や両エンジンが機体から分離し、搭乗員を乗せたままのコックピットも滑走路近くへ落下した。分離したエンジンは遠くまで飛んでゆき、1つのエンジンが観客エリアに落下した。機体の残りの部分は滑走路の反対側に落ちた。これによって地上にいた29名が死亡し、60名が負傷した[5]

事故後、滑走路では清掃が行われ、ホーカー ハンターによる超音速飛行が行われた[6]

事故後編集

事故を受けて女王エリザベス2世が弔意を表した。

事故調査の結果、前縁の設計不良によって機体が空中分解を起こしたことがわかった。これを受けて試作機の設計変更が行われ、1953年6月から再び飛行を開始した[7]。ビクセンは当時イギリス空軍が採用を決定していたが、この事故によって空軍は採用をキャンセルし、グロスター ジャベリンを代替として採用した。その後、イギリス海軍が空母向けの艦上戦闘機としてビクセンを導入することを決め、ビクセンは艦上運用のための改良が行われた上で「シービクセン」の名称で採用された。

また、この事故をきっかけとして航空ショーの安全規程が強化された[2]

脚注編集

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  1. ^ Rivas, Brian; Bullen, Annie; Duke, Neville (forward) (1982). John Derry: The Story of Britain's First Supersonic Pilot. William Kimber. ISBN 0-7183-0099-8 
  2. ^ a b “On This Day – 1952: Dozens die in air show tragedy”. BBC News. (1952年9月6日). http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/september/6/newsid_2981000/2981786.stm 2018年2月10日閲覧。 
  3. ^ Shoreham air crash death toll 'rises to 11'”. BBC News (2015年8月23日). 2015年8月23日閲覧。
  4. ^ “The Farnborough Tragedy”. Flight and Aircraft Engineer (2277): 344. (12 September 1952). オリジナルの2018年02月11日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180211131316/https://www.flightglobal.com/pdfarchive/view/1952/1952%20-%202678.html 2018年2月10日閲覧。. 
  5. ^ “On this day: September 6, 1952: 'The crowd parted like the Red Sea'”. BBC News. (1952年9月6日). http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/witness/september/6/newsid_4219000/4219540.stm 2018年2月10日閲覧。 
  6. ^ “The Farnborough Tragedy”. Pathé News: 該当時間: 2:04. (1952年9月). https://www.youtube.com/watch?v=IHj0FOkcE94 2021年1月9日閲覧。 
  7. ^ Buttler, Tony. “Sea Vixen”. Aeroplane Naval Aircraft Archive. 2007年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年9月6日閲覧。

関連項目編集