フィアット・リトモ

リトモ (RITMO)は、フィアットが製造・販売していた自動車である。

リトモ
Fiat Ritmo - Parte anteriore.jpg
アバルト
Fiat Ritmo 60 (10507391996).jpg
60(リア)
概要
製造国 イタリアの旗 イタリア
スペインの旗 スペイン
 エジプト
販売期間 1978-1988年
デザイナー ベルトーネ
ボディ
乗車定員 5名
ボディタイプ 3/5ドアハッチバック
2ドアカブリオレ
駆動方式 FF
パワートレイン
エンジン ガソリン:
1.0/1.1/1.3/1.5/1.6/2.0L I4
ディーゼル:
1.7L I4
車両寸法
ホイールベース 2,450mm
全長 3,935mm
全幅 1,650mm
全高 1,400mm
車両重量 850–955kg
系譜
先代 フィアット・128
後継 フィアット・ティーポ
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概要編集

1978年、トリノ・モーターショーにてデビュー。128の後継で、フォルクスワーゲン・ゴルフを競合モデルとした。

ボディタイプは3ドアと5ドアのハッチバック。スタイリングは丸形2灯のヘッドランプ、フロントグリルやテールランプ部を一体化した樹脂製バンパーなどを特徴とする。アメリカ輸出仕様では独立した大型のいわゆる5マイルバンパーが付く[1]。当初日本に輸入されたのも、この対米タイプであった[1][2]

メカニズムについては128から受け継いでおり、いわゆるジアコーサ式レイアウトの横置きエンジン前輪駆動や前マクファーソン・ストラット/コイル、後ストラット+ロワーウィッシュボーン/横置きリーフのサスペンションなどは128のそれと同形式である[3]

デビュー時のエンジン[3]は128の1.1 / 1.3 Lを改良および拡大した、直列4気筒SOHCの1.1 L (60 PS) / 1.3 L (65 PS) / 1.5 L (75PS) の3種で、搭載モデル名はその出力をそのまま60 / 65 / 75と数字で表した。トランスミッションは4MTが60と65に標準、5MTが75に標準(60/65にオプション)、3ATが75にオプション設定された[3]。1980年、1.7 L・55 PSのディーゼルエンジンを追加[4]

1981年、「リトモ・スーパー」を追加。1.3 Lが75 PS、1.5 Lが85 PSと、それぞれ10PSずつアップしたエンジンを積んだ[4]。同年、131のDOHC 1585 cc・105PSエンジンを積む「リトモ105TC」が登場。さらに続いて同年のフランクフルトモーターショーにて、伝統の「アバルト」の名を冠する更なる高性能版、「リトモ・アバルト125TC」がデビュー[5]。DOHC 1995 cc・125PSを搭載した。

1982年、マイナーチェンジ[4]。独特のグリルとバンパーが一体型のフロントマスクから、バンパーが分離してフロントグリルを設け、ヘッドランプは丸形4灯式になった。リアもバンパーとテールランプが分離された。

1983年、125TCをさらに改良強化した最強版、「リトモ・アバルト130TC」が登場[5]。エンジンをツインキャブレター化し130PSを発揮した。同年、リトモをベースとする3ボックス・セダンのレガータがデビュー。

1985年、マイナーチェンジ[4]。5ドアのドアハンドルがレガータと同じ角形になり、リアのナンバープレートがバンパー側に移るなどデザインを変更。リトモ・アバルト130TCも引き続き設定された。1986年には、1929 cc・80PSのターボディーゼル仕様が追加された[4]

リトモは1988年まで生産された[4]。後継車種は同じ1988年発表のティーポである。

フィアット・リトモ・アバルトシリーズ編集

リトモ発売当時、フィアットのチューニング部門であったアバルトによって、フィアット131などに利用されていたDOHCエンジン(通称:ランプレディユニット)にチューニングが施された2,000ccエンジンが搭載されたモデルが存在した。

1981年登場のDOHC 1585 cc・105PSエンジンを積む「リトモ105TC」をベースに、同年DOHC 1995 cc・125PSを載せたパワーアップ版の「リトモ・アバルト125TC」がラインナップに加わり[6]、1983年[7]ウェーバーまたはソレックスデロルトのφ40キャブレターを2基搭載した最強バージョン、「リトモ・アバルト130TC」が登場した[8]

「TC」は、それまでのシングルカム(SOHC)エンジンからツインカム(DOHC)エンジンとなったため、ツインカムの略称との説があるが、正式には「ツーリング・コンペティション」の略である。なお、数字は搭載エンジンの出力を表している。

「リトモ・アバルト130TC」は1984年から日本に正規輸入され[8]、当時としては凶暴なまでの出力特性と軽快なフットワークを持ち、輸入車としては比較的手頃な価格だった(当時の車両本体価格は297万円[8])ことから日本でも人気を博し、アウトビアンキ・A112フィアット・パンダとともに、日本でのフィアット車の販売増に大きく貢献した。

ベルトーネ・リトモカブリオ編集

リトモ自体もベルトーネのデザインであるが、カブリオレタイプが1981年9月からベルトーネのブランドで販売された。

セアト・リトモ編集

 
1983年セアト・リトモ

リトモは、フィアットとの提携下にあったスペインセアトにおいて、本国より1年遅れて1979年6月から生産された[9]。5ドアのみの設定で、一部独自のエンジンを積んだ。1980年のフィアット撤収後、1983年に外観を改め、「セアト・ロンダ」と改名。1986年まで生産された。また、同車はイビサとマラガのベースとなっている。

ラリー、レース競技編集

WRCではGr.4でのX1/9(128アバルトスパイダー)、Gr.1、2でのアウトビアンキ・A112アバルトの後継としてグループ2で1979年から131のサポートとして走らせ、翌1980年ラリー・モンテカルロにおいてアッティリオ・ベッテガが6位に入賞。その他フィアット・グループとしてランチア・037ラリーを投入するまではERC・IRCなどでプライベーターの手により幅広く活躍した。その発展系、130TCは1984年辺りからグループAないしグループNに投入されると1986年、ジョリークラブのウーノターボによってフィアットワークスとしてのラリー活動を縮小していく。また、1979年にアリタリアカラーで「リトモ 2000 アバルト」としてジロ・デ・イタリアに出場。2位という成績を収めている。

車名編集

「RITMO (リトモ)」は、イタリア語で「リズム」を意味する。イギリスおよびアメリカでは「STRADA (ストラーダ)」と名乗る。

関連項目編集

参考文献編集

  • 日刊自動車新聞社『外国車ガイドブック1987』
  • 二玄社『CAR GRAPHIC別冊 1978年の乗用車・外国車篇』
  • 二玄社『自動車アーカイヴ Vol.8 70年代のイタリア車篇』
  • 二玄社『自動車アーカイヴ Vol.13 80年代のイタリア車篇』
  • 二玄社『自動車アーカイヴ Vol.15 80年代のスウェーデン/ソビエト連邦/中近東/南米/インド/中国/韓国/その他の諸国車篇』

脚注編集

  1. ^ a b 小川フミオのモーターカー - ゴルフのライバル 直線を生かしたスタイルのフィアット・リトモ”. &M. 2020年11月3日閲覧。
  2. ^ 自動車アーカイヴ Vol.8 70年代のイタリア車篇. 二玄社. (2003-04-25). p. 31 
  3. ^ a b c CAR GRAPHIC別冊 1978年の乗用車・外国車篇 (二玄社): p.80-82. (1978). 
  4. ^ a b c d e f 自動車アーカイヴ Vol.13 80年代のイタリア車篇. 二玄社. (2005-11-22). p. 20 
  5. ^ a b 自動車アーカイヴ Vol.13 80年代のイタリア車篇. 二玄社. (2005-11-22). p. 21 
  6. ^ 1981 FIAT RITMO ABARTH 125TC|アバルトの歴史を刻んだモデル No.019”. SCORPION MAGAZINE. 2020年11月3日閲覧。
  7. ^ 7台のアバルトに乗る - ゴルフGTIに対抗したリトモ・アバルト130TC”. AUTOCAR JAPAN (2017年6月4日). 2020年11月3日閲覧。
  8. ^ a b c FIAT RITMO ABARTH 130TC|アバルトの歴史を刻んだモデル No.035”. SCORPION MAGAZINE. 2020年11月3日閲覧。
  9. ^ 自動車アーカイヴ Vol.15 80年代のスウェーデン/ソビエト連邦/中近東/南米/インド/中国/韓国/その他の諸国車篇. 二玄社. (2006-10-30). p. 58