フィリップ・ユルプル

フィリップ・ユルプル(Philippe Hurepel, 1200年9月 - 1234年7月19日)は、フランスフィリップ2世と3番目の妃アニェス・ド・メラニーの息子。ルイ8世の異母弟。フィリップ2世とアニェスの結婚は無効とされたため、息子フィリップも庶子とされた。

フィリップ・ユルプル
Philippe Hurepel
クレルモン伯
Philippe Hurepel.jpg
在位 1218年 - 1234年

出生 1200年
死去 1234年7月19日
配偶者 ブローニュ女伯マティルド・ド・ダンマルタン
子女 アルベリク
ジャンヌ
家名 カペー家
父親 フランスフィリップ2世
母親 アニェス・ド・メラニー
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クレルモン伯フィリップの紋章

母の死後、教皇庁により実姉マリーとともに嫡子と認められたものの王子としての地位は不安定であった。

生涯編集

1218年クレルモン伯に叙せられた。1223年ブローニュ、モルタン、オマール、ダンマルタンの女伯であったマティルド・ド・ダンマルタン(マティルド・ド・ブローニュ)と結婚し、妻の共同統治者としてこれらの伯位を得た。2人の間には1男1女が生まれた。

1226年に異母兄ルイ8世が没すると、その未亡人で新王ルイ9世の摂政となったブランシュ・ド・カスティーユに対して反乱を起こしたが鎮圧された。

1234年、馬上槍試合一騎討ちを行った際にホラント伯フロリス4世を事故死させ、同日その後クレーヴェ伯ティエリー5世との一騎打ちで事故死した。

子女編集

マティルドとの間に以下の1男1女をもうけた。

マティルドは後のポルトガルアフォンソ3世と再婚した。

先代:
(王領)
クレルモン伯
1218年 - 1234年
次代:
アルベリク