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フィンランド化

フィンランド化(フィンランドか、: Finnlandisierung : Finlandization)とは、議会民主制資本主義経済を維持しつつも共産主義国の勢力下におかれる状態を、フィンランドソビエト連邦の関係になぞらえた語である。フィンランドはソ連と友好協力相互援助条約を締結して、東側諸国として行動することを対価に、資本主義や議会制民主主義を維持した[1]。(「ノルディックバランス」も参照)

目次

沿革編集

1939年独ソ不可侵条約によって、ソ連はフィンランドを勢力範囲とすることをドイツから認められる。スターリンはフィンランドの併合を目論んでフィンランドへの侵攻を開始したが(ソ芬戦争)、頑強な抵抗に遭いフィンランド国土の十分の一のソ連への割譲を条件に講和し(冬戦争)、1941年独ソ戦開戦によりフィンランドも失地回復のため参戦した(継続戦争)。枢軸国の敗勢によりフィンランドはソ連と休戦し、国内駐留ドイツ軍と開戦した(ラップランド戦争)。

敗戦国の立場に立たされ地理的にも西側の支援の望めないフィンランドは、1948年にフィンランド・ソ連友好協力相互援助条約(Agreement of Friendship, Cooperation, and Mutual Assistance)を締結し、独立および議会民主制と資本主義の維持と引き換えに、有事の際にはソ連に協力して戦うことを明言し、国際的には事実上の東側の一員として行動することとなった。軍の装備もワルシャワ条約機構と互換性のある物が採用された(ただし、その義務はフィンランド方面に限定され、またフィンランドはこの条約を口実に軍備を徐々に増強していった)。また、マスコミにおいては自主規制が行われ、冬戦争におけるソ連の侵略などに対する言及はタブーとなり、電力や天然ガスといった重要資源もソ連に全面依存するようになった。

フィンランド国内での反応編集

フィンランド国内では、大統領ウルホ・ケッコネンがソ連からの外圧を自己保身に利用した、という文脈の中で使用された。

フィンランドの元国連大使マックス・ヤコブソンは「もしフィンランド化という言葉が、超大国に国境を接する小さい中立国は、力の現実にその政策を適合させねばならない、という意味に使用されるならば、それに異論はない」としている。 一方、フィンランドの主体的な営みを考慮せず、国をソ連の属国と印象付けるこの言葉はフィンランドの名誉を傷つけるものだという国民感情もあるとされる。

関連のある作品編集

  • ゲームソフト『バランス・オブ・パワー』(アスキー出版
  • ゲーム攻略本『バランス・オブ・パワー デザイナーズ・ノート』(アスキー出版) - ゲームの解説よりも、近世の外交駆け引きや他国への巧妙な内政干渉等の史実紹介に内容を割いている。フィンランド化についての解説も詳細に記述。

脚注編集

参考文献編集

関連項目編集