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フェルナンド・タティス

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  • フェルナンド・タティース

フェルナンド・ガブリエル・タティスFernando Gabriel Tatis, 1975年1月1日 - )は、ドミニカ共和国サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身の元プロ野球選手三塁手一塁手外野手)。右投右打。

フェルナンド・タティス
Fernando Tatis
Fernando Tatis.jpg
メッツでの現役時代(2007年3月31日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス
生年月日 (1975-01-01) 1975年1月1日(44歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手一塁手外野手
プロ入り 1992年 アマチュアFA
初出場 1997年7月26日
最終出場 2010年7月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国代表
WBC 2009年

息子は同じくプロ野球選手のフェルナンド・タティス・ジュニアである。

経歴編集

プロ入りとレンジャーズ時代編集

1992年にアマチュア・フリーエージェントでテキサス・レンジャーズと契約を結んだ。

1997年にメジャー初昇格を果たした。

カージナルス時代編集

1998年7月31日トッド・ストットルマイヤーロイス・クレイトンとのトレードで、ダレン・オリバーマーク・リトル英語版と共にセントルイス・カージナルスへ移籍した。

1999年4月23日ドジャー・スタジアムでのロサンゼルス・ドジャース戦は、3回表無死満塁で打席が回り、朴賛浩の直球を捉えた打球は、左翼奥のドジャースのブルペンまで飛ばす満塁本塁打となった。この日まで23本塁打を記録しているが、満塁本塁打はこれが初めてだった。さらにカージナルスの猛攻は続いて打者一巡し、2死満塁で打席が回ってきた。そして今度は朴賛浩のスライダーを捉え、左翼席に2打席連続の満塁本塁打を放った。この1イニング2満塁本塁打は史上唯一のことで、また1イニング8打点は新記録である。2本目の満塁本塁打について「起こったことが信じられない。自分はマーク・マグワイアのようなホームラン打者ではないから、もう一本打てるなんて期待しなかった[1]」と述べた。試合はタティスの2発が効いて12-5で勝利した。この1999年は、149試合に出場して160安打、34本塁打、107打点、打率.298というキャリア最高の成績を残した。

エクスポズ時代編集

2000年12月14日ダスティン・ハーマンソン英語版スティーブ・クライン英語版とのトレードで、ブリット・リームス英語版と共にモントリオール・エクスポズへ移籍した。

2003年に退団した。

その後、引退を宣言した。

オリオールズ時代編集

2006年ボルチモア・オリオールズと1年契約を結び、現役復帰を果たした。

メッツ時代編集

2008年ニューヨーク・メッツに入団した。

同年は、三塁手以外に、外野手、一塁手もこなして、この年のナショナルリーグプレイヤーズ・チョイス・アワーズ・カムバック賞を受賞した。

2009年開幕前の3月に第2回WBCのドミニカ共和国代表に選出された[2]

2010年に退団した。

メキシカンリーグ時代編集

2014年は、メキシカンリーグラグナ・カウボーイズと契約を結んだ。同年限りで現役引退した。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1997 TEX 60 241 223 29 57 9 0 8 90 29 3 0 2 2 14 0 0 42 6 .256 .297 .404 .701
1998 95 350 330 41 89 17 2 3 119 32 6 2 4 0 12 2 4 66 10 .270 .303 .361 .664
STL 55 229 202 28 58 16 2 8 102 26 7 3 0 1 24 1 2 57 6 .287 .367 .505 .872
'98計 150 579 532 69 147 33 4 11 221 58 13 5 4 1 36 3 6 123 16 .276 .329 .415 .744
1999 149 639 537 104 160 31 2 34 297 107 21 9 0 4 82 4 16 128 11 .298 .404 .553 .957
2000 96 394 324 59 82 21 1 18 159 64 2 3 1 2 57 1 10 94 13 .253 .379 .491 .870
2001 MON 41 168 145 20 37 9 0 2 52 11 0 0 0 3 16 0 4 43 5 .255 .339 .359 .698
2002 114 430 381 43 87 18 1 15 152 55 2 2 1 5 35 1 8 90 15 .228 .303 .399 .702
2003 53 196 175 15 34 6 0 2 46 15 2 1 0 0 18 0 3 40 7 .194 .281 .263 .543
2006 BAL 28 64 56 7 14 6 1 2 28 8 0 0 0 2 6 1 0 17 2 .250 .313 .500 .813
2008 NYM 92 306 273 33 81 16 1 11 132 47 3 0 0 1 29 3 3 59 7 .297 .369 .484 .853
2009 125 379 340 42 96 21 4 8 149 48 4 1 4 4 22 3 9 54 13 .282 .339 .438 .777
2010 41 72 65 6 12 4 0 2 22 6 0 0 1 0 6 0 0 19 1 .185 .254 .338 .592
MLB:11年 949 3468 3051 427 807 174 14 113 1348 448 50 21 13 24 321 16 59 709 96 .265 .344 .442 .785

表彰編集

記録編集

  • 1イニング満塁本塁打:2(1999年4月23日、史上唯一[3])※1試合2本では史上10人目
  • 1イニング打点:8(同上[4]

背番号編集

  • 4(1997年)
  • 11(1998年 - 同年途中)
  • 23(1998年途中 - 2000年、2006年)
  • 21(2001年 - 2003年)
  • 17(2008年 - 2010年)
  • 34(2014年 - 同年終了)

代表歴編集

脚注編集

  1. ^ 朝日新聞東京本社版1999年4月25日付朝刊34面、1イニング満塁本塁打2本、大リーグ初、カージナルスのタティス
  2. ^ 2009 Tournament Roster[リンク切れ] The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  3. ^ 2 Grand Slams In 1 Game”. Baseball Almanac. 2018年3月3日閲覧。
  4. ^ Runs Batted in Records (RBI Records)”. Baseball Almanac. 2018年3月3日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集