フランク・ランパード

イングランドのサッカー選手・監督

フランク・ランパードFrank James Lampard Jr. OBE, 1978年6月20日 - )は、イングランドロンドン出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。元イングランド代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。愛称はランプス

フランク・ランパード
チェルシーFC監督時代(2019年8月)
名前
本名 フランク・ジェームズ・ランパード・ジュニア
Frank James Lampard Jr.
愛称 鉄人、ランプス
ラテン文字 Frank Lampard
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
生年月日 (1978-06-20) 1978年6月20日(45歳)
出身地 ロンドンヘイヴァリング区
身長 183cm
体重 88kg
選手情報
ポジション MF
利き足 右足
ユース
1994-1995 イングランドの旗 ウェストハム
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1995-2001 イングランドの旗 ウェストハム 148 (34)
1995-1996 ウェールズの旗 スウォンジー・シティ (loan) 9 (1)
2001-2014 イングランドの旗 チェルシー 429 (147)
2014-2015 イングランドの旗 マンチェスター・シティ 32 (6)
2015-2016 アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク・シティ 29 (15)
通算 647 (193)
代表歴
1997-2000 イングランドの旗 イングランド U-21 19 (9)
1998 イングランドの旗 イングランド B 1 (0)
1999-2014 イングランドの旗 イングランド[1] 106 (29)
監督歴
2018-2019 イングランドの旗 ダービー・カウンティ
2019-2021 イングランドの旗 チェルシー
2022-2023 イングランドの旗 エヴァートン
2023 イングランドの旗 チェルシー
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ボランチながら高い得点能力を誇り[2]チェルシーFCにおける歴代最多得点記録の保持者である。13シーズン所属したチェルシーでは、3度のプレミアリーグ優勝、クラブ初のUEFAチャンピオンズリーグ優勝に中心選手として大きく貢献した。

クラブ経歴 編集

少年期 編集

1978年6月20日、フランク・ランパード・シニアの息子として生まれる。裕福な家庭に育ち、学業も優秀であった。一般に0.1%しかいないと言われる150を超えるIQの持ち主である[3]。またクリケットでも地元の代表チームに選抜されている。パブリックスクールであるブレントウッド・スクールを卒業。

プロとしてのキャリア 編集

ウエストハム 編集

 
チェルシーでのランパード(2007年)

1995年にウェストハムでプロ生活を始める。その後スウォンジー・シティにレンタル移籍する。復帰後はあまり活躍できずにいたが徐々に頭角を現し、1998-99シーズンは全試合に出場する。1999年にイングランド代表に招集され着実に成長していく。しかし、ウェストハムでは数シーズンに渡って経験を積むが、伯父のハリー・レドナップが監督、父親のフランク・ランパード・シニアがコーチであったために、調子が悪い時には批判の対象となっていた。ファンから愛されず、またレドナップ、フランク・シニアが不明確な理由でクラブから解雇されてしまい、自身の環境転換の為に2001年夏に移籍金1100万ポンドチェルシーへ移籍。

チェルシー 編集

2005年にはバロンドールFIFA最優秀選手賞共にロナウジーニョに次ぐ第2位の得票数を獲得。

イングランド代表GKのディビッド・ジェームスが保持していたプレミアリーグの連続試合出場記録を更新。2005年12月28日、マンチェスター・シティ戦でウィルス性疾患のため欠場するまで、164試合連続出場という記録を残した。

モウリーニョ監督の「国内選手にクラブを引っ張ってほしい」との方針から、チェルシーでは副キャプテンを務める。2006-07シーズンは故障がちなジョン・テリーに代わって、多くの試合でキャプテンマークを巻いた。

2008年5月21日にルジニキ・スタジアムで行われたマンチェスター・ユナイテッドとのUEFAチャンピオンズリーグ2007-08決勝では、45分に同点ゴールを決めた。しかし、チームはPK戦で敗れ、初優勝を逃した。2008年のシーズンオフにはモウリーニョ率いるインテルへの移籍が噂されたが、最終的にはチェルシー残留を選んで5年契約を結び、チェルシーでキャリアを終える意向を明らかにした[4]

2010年3月27日のアストン・ヴィラ戦で4得点を記録し、チェルシーでのプレミアリーグ通算100得点を達成した。2009-10シーズンはMFのプレミアリーグ史上最多得点となる22得点を挙げ、5年連続でシーズン20得点を記録。チェルシーの4シーズンぶりのプレミアリーグ制覇に貢献した。

2012年4月9日に行われたフラム戦で1得点を挙げ、このゴールでプレミアリーグ通算150得点を記録。これはプレミアリーグのミッドフィールダーでは史上初の記録である[5]。また、2月26日に行われたボルトン戦の得点でプレミアリーグ連続2桁得点記録を9に伸ばしている。2012年4月18日にスタンフォード・ブリッジで行われたUEFAチャンピオンズリーグ準決勝FCバルセロナ戦1stレグでは、ラミレスへのパスを通しこれがディディエ・ドログバの決勝点の起点となった。4月24日の2ndレグでは、2-0とリードされた前半ロスタイムにマスチェラーノのプレスを弾き飛ばしラミレスへ絶妙なアシストを決め、決勝進出へ大きく貢献した。5月19日にアリアンツ・アレーナで行われたUEFAチャンピオンズリーグ2011-12決勝では、出場停止のジョン・テリーに代わりキャプテンマークを巻いた。PK戦の末にバイエルン・ミュンヘンを破り、悲願のビッグイヤーを掲げた。自身もPK戦では3人目のキッカーを務め、成功させている。

2013年2月2日のニューカッスル戦でプレミアリーグ10季連続2桁得点を達成。3月17日のウェストハム戦では、チェルシーでの通算200得点目を記録。さらに5月11日のアストン・ヴィラ戦で2得点を決め、チェルシー歴代最多得点記録となる通算203得点を達成した。このシーズンはUEFAヨーロッパリーグ優勝を果たした。

2014年4月2日のパリSG戦でチャンピオンズリーグ出場100試合を達成、4月5日、ストーク戦でチェルシーでの250ゴールを達成した。2014年6月、2013-14シーズン限りで13年間所属したチェルシーを退団する事を発表。

 
ランパードはマンチェスター・シティFCプレミアリーグでの生活を締めくくった。(2015年)

2014年7月24日、2015年からメジャーリーグサッカーに創設されるニューヨーク・シティFCへの加入が決定[6]

マンチェスター・シティ 編集

8月5日にマンチェスター・シティFCへシーズン開幕までの間、レンタル移籍することが発表された[7]

2014年9月13日、エミレーツ・スタジアムでのアーセナル戦に先発し、移籍後初出場。前半のみでの途中交代となった。9月21日に行われたチェルシー戦では途中出場し、貴重な同点ゴールをあげたが、古巣への敬意から喜びの表情は見せなかった[8]

2014年12月31日、マヌエル・ペレグリーニ監督の希望より、ニューヨークシティFCと本人とのシーズン終了までのレンタル延長が合意した。2015年1月8日、ニューヨーク・シティと契約を交わした上で、レンタルの形でマンチェスター・シティに加わったとされていたが、プレミアリーグの出した声明により、ランパードはニューヨーク・シティと契約を交わしていなかったことが明らかになった[9]。夏の移籍市場で正式にニューヨークシティFCの移籍が決定した。

2015年3月15日、バーンリー戦でプレミアリーグ600試合出場を達成、5月24日、リーグ最終節のサウサンプトンFC戦ではキャプテンとしてプレーしプレミアリーグ177点目となるゴールを決め77分までプレーした。シティではトータル38試合8ゴールの成績を残した。2015年6月、大英帝国勲章OBEを受ける。

ニューヨーク・シティ 編集

2016年7月31日のコロラド・ラピッズ戦でニューヨーク・シティの選手として初めてとなるハットトリックを成し遂げた。2016年11月14日、2016年シーズンの契約満了をもって、ニューヨーク・シティを退団することを発表[10]

2017年2月2日、自身のFacebookで現役を引退することを発表した[11]。ラストシーズンは19試合に出場し13ゴール3アシストを決めた。

代表経歴 編集

1999年10月10日のベルギー戦でデビューを果たす。デビュー後しばらくは目立った活躍をすることはできず、2002年の日韓ワールドカップではメンバー選考から外れた。しかし、チェルシーの躍進と共に自身もコンスタントに出場機会を得るようになると、EURO2004ではレギュラーとして出場し、準々決勝で敗退するが、自身は3得点を挙げ、大会ベスト11にも選出された。

2006年ドイツワールドカップ予選では5得点を挙げ、イングランドの本大会出場に貢献。

2010年南アフリカワールドカップ決勝トーナメント1回戦の対ドイツ戦では、1点リードされて迎えた前半38分に放ったシュートがクロスバーに当たりゴールラインを越えたがゴールと認められず、1-4でイングランドは敗戦。「幻の同点ゴール」と言われ[12]、科学的な判定の導入を求めた[13]。イングランドは1966年イングランドワールドカップ決勝戦で起こった「疑惑のゴール」とは逆の「誤審」を味わうこととなり、英メディアの憤激を呼び起こした[14]他、たまたま開催中だった2010年サミットの合間に共にテレビ観戦していたアンゲラ・メルケル独首相デーヴィッド・キャメロン英首相に謝罪する一幕もあった[12]。2014年8月26日、代表引退を表明した。ランパードは、「代表引退を決めた。ワールドカップ以降、深く考えてきたし、すごくタフな決断だった。国を代表することはいつも、すごく誇らしいことだったし、振り返れば、イングランドのシャツを着ている時はいつでも楽しかった」とコメントしている。

指導者経歴 編集

ダービー・カウンティ 編集

2018年5月31日、ダービー・カウンティFCの監督に就任した[15]。9月25日、EFLカップ3回戦で現役時代に指導を受けたモウリーニョ監督率いるマンチェスター・ユナイテッドと対戦し、PK戦の末勝利した[16]。10月31日、EFLカップ4回戦で古巣のチェルシーに敗れた[17]。このシーズン、リーグ戦を6位で終えて昇格プレーオフに進出した[18]リーズ・ユナイテッドとの昇格プレーオフ準決勝では、1stレグは0-1で敗れたものの2ndレグを4-2で勝利し決勝に進出した[19]。決勝のアストン・ヴィラ戦は1-2で敗れ、プレミアリーグ昇格を逃した[20]。シーズン終了後の6月25日、ダービーはチェルシーとランパード監督が交渉を行う許可した[21]

チェルシー 編集

2019年7月4日、古巣であるチェルシーFCの監督に就任した[22]。2019-20シーズン、リーグ戦では第4位にチームを導き、来季のチャンピオンズリーグ出場権を獲得した[23]。しかし、2020-21シーズンは、カイ・ハフェルツティモ・ヴェルナーなどを、総額2億4700万ユーロを費やし獲得しながらも、金額に見合う活躍をしているとは言えず、チームもリーグ戦19節消化時点で9位に沈むなど、成績不振に陥り、サポーターからランパードの解任を求める声が高まっていた。またマンチェスター・ユナイテッドFCの復活やエヴァートンFCアストン・ヴィラFCなどの躍進にも押され、更にアントニオ・リュディガーエンゴロ・カンテオリヴィエ・ジルーらとの確執も取り沙汰されていた。そして2021年1月24日のFAカップルートン・タウンFC戦に勝利した翌日に、オーナーのロマン・アブラモヴィッチが、ランパードの解任を決断した[24][25][26][27]

エヴァートン 編集

1年間仕事から遠ざかっていたランパードは、2022年1月31日、プレミアリーグのエヴァートンFCの監督に就任した。エヴァートンFCは成績不振によりラファエル・ベニテスを解任、ランパード就任時には16位と、プレミア創設以来の降格危機に晒されていた[28]。2021-22年シーズン最終戦であり残留を掛けた試合となるクリスタル・パレスFC戦において、前半で0-2と厳しい状況に追い込まれるも、後半より攻撃的なフォーメーションをとって、逆転に成功。チームに勝利をもたらし、残留を決めた[29]。ランパードはその夜を「キャリア最高の夜の1つ」と表現した[30]

しかし翌 2022-23年シーズン、クラブは再び降格争いに巻き込まれ、11試合で1勝しかできず、1月にはリーグで19位となった。エヴァートンFCのオーナーのファルハド・モシリは、インタビューでこの状況にも関わらずクラブでのランパードの地位が安定していることを示唆した[31]。しかし2023年1月23日、ウエストハムに2-0で敗戦した後、解任された[32]

チェルシー再任 編集

2023年4月6日、今シーズン終了までの暫定監督として、約二年ぶりにチェルシーFCに就任した。低迷に喘ぐチェルシーではすでにトーマス・トゥヘルグレアム・ポッターを解任しており、チームの立て直しが期待されていた[33]。就任後しばらくは1つも勝ち点を上げることができず、ほぼ唯一となるトロフィー獲得の希望であったチャンピオンズリーグ準々決勝(レアル・マドリード戦)2連敗[34]を含む6連敗を喫した。またチームの順位も12位まで落とした。その後のボーンマス戦で再任後初勝利をあげ、連敗を阻止した[35]ものの、その後はチームを勝利に導くことはできず、2023年5月29日のシーズン最終戦をもって予定通り暫定監督を退任した[36]

2022-2023シーズン、エヴァートンFC、チェルシーFCと指揮を執ったプレミアリーグの29試合では、4勝8分け17敗と厳しい1年を送ったランパードだが、今後も監督を続けていく意欲を示している[37]


プレースタイル 編集

  • 中盤を統率する司令塔[2]4-2-3-1などのダブルボランチを主戦場としていたが[38]、戦術によってはアンカーのポジションを務めることがある[39]
  • 高精度のミドルシュートや職人技であるPKのほか、絶妙なタイミングで前線へ飛び込む場面は、その後もチェルシーで長く攻撃陣の黄金パターンとされてきた[40]

私生活 編集

 
ランパード(2007年)

エピソード 編集

  • 2008年4月、母親が病に倒れ、リーグ戦を欠場して看病にあたっていたランパードだったが、24日に母は他界。その精神的なショックから、30日のチャンピオンズリーグ準決勝2ndレグのリヴァプール戦を欠場するとの見方もされていたが、練習に復帰して気丈に振る舞うとクラブ初のファイナル進出をかけた重要な一戦に出場、先制点につながるスルーパスや、延長戦でのPKを決めるなど見事なパフォーマンスを見せた。PKを沈めた瞬間には左腕の袖下に隠していた喪章に口づけし、感極まった表情で天国の母にゴールを捧げた[43]。以降、ゴールを挙げた際には両手で空を指差すパフォーマンスを行っている。

個人成績 編集

クラブ 編集

クラブ シーズン リーグ FAカップ EFLカップ 国際大会 その他 通算
ディビジョン 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ウェストハム・ユナイテッド 1995-96 プレミアリーグ 2 0 0 0 0 0 2 0
1996-97 プレミアリーグ 13 0 1 0 2 0 16 0
1997-98 プレミアリーグ 31 5 6 1 5 4 42 10
1998-99 プレミアリーグ 38 5 1 0 2 1 41 6
1999-00 プレミアリーグ 34 7 1 0 4 3 10 4 49 14
2000-01 プレミアリーグ 30 7 4 1 3 1 37 9
通算 148 24 13 2 16 9 10 4 187 39
スウォンジー・シティ 1995-96 ディビジョン2 9 1 2 0 11 1
チェルシー 2001-02 プレミアリーグ 37 5 8 1 4 0 4 1 53 7
2002-03 プレミアリーグ 38 6 5 1 3 0 2 1 48 8
2003-04 プレミアリーグ 38 10 4 1 2 0 14 4 58 15
2004-05 プレミアリーグ 38 13 2 0 6 2 12 4 58 19
2005-06 プレミアリーグ 35 16 5 2 1 0 8 2 1 0 50 20
2006-07 プレミアリーグ 37 11 7 6 6 3 11 1 1 0 62 21
2007-08 プレミアリーグ 24 10 1 2 3 4 11 4 1 0 40 20
2008-09 プレミアリーグ 37 12 7 3 2 2 11 3 57 20
2009-10 プレミアリーグ 36 22 6 3 1 0 7 1 1 1 51 27
2010-11 プレミアリーグ 24 10 3 3 0 0 4 0 1 0 32 13
2011-12 プレミアリーグ 30 11 5 2 2 0 12 3 49 16
2012-13 プレミアリーグ 29 15 4 2 3 0 10 0 4 0 50 17
2013-14 プレミアリーグ 26 6 1 0 1 1 11 1 1 0 40 8
通算 429 147 58 26 34 12 117 25 10 1 648 211
マンチェスター・シティ 2014-15 プレミアリーグ 32 6 2 0 1 2 3 0 38 8
ニューヨーク・シティ 2015 MLS 10 3 10 3
2016 MLS 19 12 0 0 2 0 21 12
通算 29 15 0 0 2 0 31 15
総通算 647 193 73 28 51 23 130 29 14 1 915 274

代表 編集


イングランド代表国際Aマッチ
出場得点
1999 1 0
2000 0 0
2001 3 0
2002 3 0
2003 9 1
2004 13 6
2005 9 3
2006 13 2
2007 9 2
2008 6 0
2009 10 6
2010 7 0
2011 7 3
2012 3 3
2013 10 3
2014 3 0
通算 106 29

代表でのゴール 編集

# 開催年月日 開催地 対戦国 スコア 結果 試合概要
1. 2003年8月20日   イプスウィッチポートマン・ロード   クロアチア 3-1 3-1 親善試合
2. 2004年6月5日   マンチェスターシティ・オブ・マンチェスター・スタジアム   アイスランド 1-0 6-1 FAサマートーナメント
3. 2004年6月13日   リスボンエスタディオ・ダ・ルス   フランス 0-1 2-1 UEFA EURO 2004
4. 2004年6月21日   クロアチア 2-4 2-4
5. 2004年6月24日   ポルトガル 2-2 2-2
(PK:6-5)
6. 2004年9月4日   ウィーンエルンスト・ハッペル・シュターディオン   オーストリア 0-1 2-2 2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
7. 2004年10月9日   マンチェスターオールド・トラッフォード   ウェールズ 1-0 2-0
8. 2005年3月26日   北アイルランド 4-0 4-0
9. 2005年10月8日   オーストリア 1-0 1-0
10. 2005年10月12日   ポーランド 2-1 2-1
11. 2006年6月3日   ジャマイカ 1-0 1-0 親善試合
12. 2006年8月16日   ギリシャ 2-0 4-0
13. 2007年8月22日   ロンドンウェンブリー・スタジアム   ドイツ 1-0 1-2
14. 2007年11月21日   クロアチア 1-2 2-3 UEFA EURO 2008予選
15. 2009年3月28日   スロバキア 3-0 4-0 親善試合
16. 2009年6月6日   アルマトイアルマトイ・オルタリク・スタディオン   カザフスタン 0-4 0-4 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
17. 2009年6月10日   ロンドン、ウェンブリー・スタジアム   アンドラ 2-0 6-0
18. 2009年9月5日   スロベニア 1-0 2-1 親善試合
19. 2009年9月9日   クロアチア 1-0 5-1 2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
20. 3-0
21. 2011年3月26日   カーディフミレニアム・スタジアム   ウェールズ 0-1 0-2 UEFA EURO 2012予選
22. 2011年6月4日   ロンドン、ウェンブリー・スタジアム   スイス 1-2 2-2
23. 2011年11月12日   スペイン 1-0 1-0 親善試合
24. 2012年9月7日   キシナウスタディオヌル・ジンブル   モルドバ 0-1 0-5 2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
25. 0-2
26. 2012年9月11日   ロンドン、ウェンブリー・スタジアム   ウクライナ 1-1 1-1
27. 2013年2月6日   ブラジル 2-1 2-1 親善試合
28. 2013年3月23日   セラヴァッレサンマリノ・スタジアム   サンマリノ 0-5 0-8 2014 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選
29. 2013年5月29日   ロンドン、ウェンブリー・スタジアム   アイルランド 1-1 1-1 親善試合

監督成績 編集

2023年5月29日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
ダービー・カウンティ   2018年5月31日 2019年7月4日 57 24 17 16 042.11
チェルシー   2019年7月4日 2021年1月25日 84 44 17 23 052.38
エヴァートン   2022年1月31日 2023年1月23日 44 12 8 24 027.27
チェルシー(暫定監督)   2023年4月6日 2023年5月29日 11 1 2 8 009.09
合計 196 81 44 71 041.33

タイトル 編集

選手時代 編集

クラブ 編集

ウエストハム・ユナイテッド
チェルシーFC

個人 編集

脚注 編集

  1. ^ “Frank James Lampard - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/lampard-intlg.html 
  2. ^ a b 「メッシはコピーしたのかも」 イングランドが誇る司令塔の鮮やかなループ弾に再脚光”. FOOTBALL ZONE (2019年3月23日). 2024年2月9日閲覧。
  3. ^ Frank Lampard has 'higher IQ than Carol Vorderman'”. Daily Telegraph. 2009年3月5日閲覧。
  4. ^ Lampard agrees new Chelsea deal
  5. ^ Chelsea midfielder Frank Lampard's 150 Premier League goals a hollow landmark after Fulham draw
  6. ^ ランパード、ニューヨーク・シティ加入が正式決定
  7. ^ ランパードのシティ移籍が正式発表
  8. ^ [1] Goal.com 2014年9月22日閲覧
  9. ^ 代理人:「ランパードは7月にニューヨークへ行く」 Goal.com 2015年1月9日閲覧
  10. ^ “サッカー=ランパード、MLSニューヨークシティー退団へ”. ロイター. (2016年11月15日). http://jp.reuters.com/article/mls-idJPKBN13A09F 2016年11月15日閲覧。 
  11. ^ Officiel : Frank Lampard annonce sa retraite !”. footmercato.net (2017年2月2日). 2017年2月2日閲覧。
  12. ^ a b “「幻のゴール」独首相、英首相に「申し訳ない」” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). https://web.archive.org/web/20100630050007/http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/etc/news/20100628-OYT1T00373.htm 2010年6月28日閲覧。 
  13. ^ “誤審?当事者ランパード「科学判定導入」求める” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). https://web.archive.org/web/20100701075717/http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/tournament/news/20100628-OYT1T00404.htm 2010年6月28日閲覧。 
  14. ^ “誤審「へまな審判見落とした」英メディア怒り” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月28日). https://web.archive.org/web/20100701075732/http://www.yomiuri.co.jp/wcup/2010/news/tournament/news/20100628-OYT1T00433.htm 2010年6月28日閲覧。 
  15. ^ Frank Lampard Joins Derby County As New Manager” (英語). www.dcfc.co.uk (2018年5月31日). 2019年9月16日閲覧。
  16. ^ マンU、早くもカップ戦から姿消す…ランパード監督率いる2部チームに敗戦”. サッカーキング (2018年9月26日). 2019年9月16日閲覧。
  17. ^ チェルシーがシーソーゲーム制す! ランパード監督率いる2部撃破”. サッカーキング (2018年11月1日). 2019年9月16日閲覧。
  18. ^ ランパード率いるダービー、6位を死守し2年連続のプレーオフ進出決定”. サッカーキング (2019年5月6日). 2019年9月16日閲覧。
  19. ^ ランパード率いるダービーが下剋上で2部プレーオフ決勝へ!対するは古豪アストン・ヴィラ”. Goal.com (2019年5月16日). 2019年9月16日閲覧。
  20. ^ アストン・ヴィラが3年ぶりにプレミア復帰! ダービーとの熱戦を制す”. サッカーキング (201905-28). 2019年9月16日閲覧。
  21. ^ Club Statement Frank Lampard” (英語). www.dcfc.co.uk (2019年6月25日). 2019年9月16日閲覧。
  22. ^ Frank Lampard returns to Chelsea” (英語). ChelseaFC (2019年7月4日). 2019年9月16日閲覧。
  23. ^ “Mason Mount and Olivier Giroud sink Wolves and seal fourth place for Chelsea”. www.theguardian.com. https://www.theguardian.com/football/2020/jul/26/chelsea-wolves-premier-league-match-report 2020年7月27日閲覧。 
  24. ^ フランク・ランパード監督に関する声明”. チェルシーFC (2021年1月25日). 2021年1月25日閲覧。
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  41. ^ Frank Lampard tells Elen Rivas ‘don’t use children in reality TV show’ (英語) メトロ 2011.2.20付記事
  42. ^ Jessica Satherley and Lis Thomas Christine Bling-ley! Frank Lampard's new fiancée shows off engagement ring as they arrive back in London (英語) デイリー・メール 2011.6.18付記事
  43. ^ Frank Lampard has grown up

外部リンク 編集