フランシス・スコット (第2代バクルー公爵)

第2代バクルー公爵フランシス・スコット: Francis Scott, 2nd Duke of Buccleuch, 1694年/1695年1月11日 - 1751年4月22日)は、スコットランドの貴族。アザミ勲章受勲者(KT)、王立協会フェロー(FRS)。

フランシス・スコット
Francis Scott
第2代バクルー公
在位 1732年 - 1751年

出生 1694年/1695年1月11日
死去 1751年4月22日
埋葬 グレートブリテン王国の旗 グレートブリテン王国イートン・カレッジチャペル
配偶者 ジェイン・ダグラス
  アリス・パウエル
子女 一覧参照
家名 スコット家
父親 ダルキース伯ジェームズ・スコット
母親 ヘンリエッタ・ハイド
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生涯編集

初代モンマス公爵ジェイムズ・スコットと初代バクルー女公アン・スコットの息子であるダルキース伯爵ジェームズ・スコットと、初代ロチェスター伯爵英語版ローレンス・ハイドの娘であるレディ・ヘンリエッタ・ハイドの間に生まれた[1][2]

誕生時は祖母アンがバクルー公爵であり、はじめは公爵位の次々代の継承者として「エクスデイル卿」の、1705年に父が死去してからは次代の継承者として「ダルキース伯爵」の儀礼称号を称した。

1724年3月12日王立協会フェローとなる[3]。また1725年2月2日アザミ勲章を授けられた[1][4][5][2]

アンが1732年に死去すると、第2代バクルー公爵となった[1][4][5][2]1734年スコットランド貴族の中から貴族代表議員に選出され、グレートブリテン王国貴族院に列する[1][4][5]1743年に、祖父モンマス公爵が叙位されていた爵位のうち「ドンカスター伯爵」と「タインデイルのスコット男爵」がイギリスの議会によって回復され、イングランド貴族の爵位も帯びた[1][4][5][2]

1751年4月22日に死去し、4月26日イートン・カレッジチャペルに葬られた[1][4]。長男のフランシスに先立たれていたため、その子で孫にあたるヘンリーが爵位を相続した。

人物編集

フリーメイソンであり、1723年6月から1724年6月までイングランドのプリミア・グランドロッジ英語版のグランドマスターを務めた[6]。また、貧民街に出掛けてはそこに住まう女性を漁った挙句に手を出す悪癖があり、後妻アリス・パウエルもウィンザー出身の雑役婦であったことから、貴族社会の面汚しと非難されて爪弾きにされた[7]。そのため、フランシスは「前妻との間に子がなければ間違いなくバクルー公爵家を御家断絶に追い込んだ人物」と評されている[7]

家族編集

バクルーの最初の妻は第2代クイーンズベリー公爵ジェイムズ・ダグラスの長女であるレディ・ジェイン・ダグラスで、1720年4月5日に結婚した[1][4][5][2]。これにより後にクイーンズベリー公爵位がバクルー公爵家へもたらされた[4]

彼女との間に以下の二男三女をもうけた[4][2]

  • ダルキース伯爵フランシス・スコット (1721年 - 1750年)
  • レディ・ジェイン・スコット (1723年 - 1779年)
  • レディ・アン・スコット (1724年 - 1737年)
  • レディ・メアリー・スコット (1725年 - 1743年)
  • チャールズ・スコット卿 (1727年 - 1747年)

ジェインと死別した後、1744年9月4日にアリス・パウエルと結婚した[1][4][5]。遺言によればバクルーはサラ・アトキンソンとの間に六子があり、またエリザベス・ジェンキンスとの間にも一男三女が生まれていたらしい[1]

出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i Lundy, Darryl. “Francis Scott, 2nd Duke of Buccleuch” (英語). thepeerage.com. 2011年9月27日閲覧。
  2. ^ a b c d e f   Douglas, Robert, Sir, bart.,, ed. (1764). "SCOT Duke of BUCCLEUGH". The peerage of Scotland (英語). Edinburgh: R. Fleming. p. 104. 2011年9月27日閲覧
  3. ^ "Scott; Francis (1695 - 1751); 2nd Duke of Buccleuch". Record (英語). The Royal Society. 2014年8月20日閲覧
  4. ^ a b c d e f g h i   Paul, James Balfour, Sir, ed. (1911). "SCOTT, DUKE OF BCCLEUCH". The Scots peerage (英語). 2. Edinburgh: David Douglas. pp. 240–241. 2011年9月30日閲覧
  5. ^ a b c d e f   Doyle, James William Edmund, ed. (1886). "1743. Francis Scott". The official baronage of England, showing the succession, dignities, and offices of every peer from 1066 to 1885 (英語). 1. London: Longmans. pp. 602–603. 2011年9月27日閲覧
  6. ^ “Freemasons and the Royal Society: Alphabetical List of Fellows of the Royal Society who were Freemasons.” The Library and Museum of Freemasonry. Library and Museum Charitable Trust of the United Grand Lodge of England, 2014. Web. 6 July 2014.
  7. ^ a b 森護『英国の貴族 遅れてきた公爵』大修館書店、1987年、125頁。ISBN 978-4469240979
フリーメイソン
先代:
初代ウォートン公爵
イングランドのプレミア・グランドロッジ
におけるグランドマスター
英語版

1723–1724
次代:
第2代リッチモンド公爵
スコットランドの爵位
先代:
アン・スコット
バクルー公爵
第2期
1732–1751
次代:
ヘンリー・スコット
イングランドの爵位
空位
(1685年爵位剥奪)
最後の在位者
ジェイムズ・スコット
ドンカスター伯爵
1742/1743–1751
次代:
ヘンリー・スコット