フランダースの犬
『フランダースの犬』(フランダースのいぬ、英: A Dog of Flanders)は、イギリスの作家ウィーダが19世紀に書いた児童文学であり、美術をテーマとした少年の悲劇として知られる。
フランダースの犬 A Dog of Flanders and Other stories |
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著者 | ウィーダ (Marie Louise de la Ramée) | |
発行日 | 1872年 | |
発行元 | Chapman & Hall | |
ジャンル | 児童文学 • 悲劇 | |
国 | ![]() |
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言語 | 英語 | |
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目次
概要編集
『フランダースの犬』の舞台は19世紀のベルギー北部のフラーンデーレン(フランドル)地方。現在ではアントワープ(蘭語・アントウェルペン)に隣接するホーボケン (Hoboken) が舞台となった村のモデルと考えられている。ウィーダはこの作品を執筆する前年にアントワープを旅行で訪れてホーボケンにもやって来ており、寒村のこの村にまだ当時の領主、オレンジ公ウィリアムの風車小屋が存在していた事が1985年にアントワープ市観光局のヤン・コルテールによって突き止められ、以来この発見から物語に登場する風車小屋はこれをもとに描写されたものと見られている。さらに物語に登場するアロアのモデルと思しき12歳の娘が領主にいた事や物語の最後にネロを葬った教会が現存する事も確認されている。これらの事は昭和60年3月22日付の朝日新聞夕刊で風車小屋の写真とともに報道された。しかしコルテールの言葉によると、ネロが葬られた教会はあっても100年前のことなため墓所ばかりは現存していないと言う。物語ではネロの祖父が半世紀以上昔のナポレオン戦争で兵士として戦い片足に障碍を得ていたり、金の巻き毛に血色の良い黒目がちなアロアの容姿にスペイン統治時代の混血の面影があったりと、当地の複雑な歴史的社会背景を根底に忍ばせている。
原作が書かれたのは1872年。英国の "Lippincot's Magazine" に発表され、後に "A Dog of Flanders and Other stories" の一冊にまとめられたものが初出とされる。日本語版は1908年(明治41年)に初めて『フランダースの犬』(日高善一 訳)として内外出版協会から出版された。西洋人の固有名詞が受容されにくいと考えられたためか、ネロは清(きよし)、パトラッシュは斑(ぶち)、アロアは綾子(あやこ)、ステファン・キースリンガーは木蔦捨次郎(きつた・すてじろう)などと訳された。さらに昭和初期には、1929年(昭和4年)の『黒馬物語・フランダースの犬』(興文社、菊池寛 訳)、1931年(昭和6年)の『フランダースの犬』(玉川学園出版部、関猛 訳)など他の訳者によって出版された。これら旧訳はパブリックドメインとしてウェブ上で読むことができる(→フランダースの犬#外部リンク)(→フランダースの犬(国立国会図書館図書館デジタルコレクション))。
1950年(昭和25年)以降は、童話文庫・児童向け世界名作集の作品として多くの出版社から出版されている。
活字以外にも1975年(昭和50年)に日本でテレビアニメシリーズ・世界名作劇場で製作された。詳細は「フランダースの犬 (アニメ)」または「フランダースの犬_ぼくのパトラッシュ」を参照のこと。
あらすじ編集
アントワープ(フラーンデーレン地方アントウェルペン)郊外の小さな農村の外れに住むアルデネン地方出身の15歳の少年ネロ (Nello) [1]は、正直な寝たきりの祖父イェーハン・ダース老人 (Jehan Daas) 、忠実な老犬パトラッシュ[2] (Patrasche) (黄色の毛並み、立ち耳の大型犬。金物屋にこき使われたあげく捨てられていたところを、イェーハンと幼少のネロに保護され、以来飼育されている。)とともに暮らす。ネロは貧しいミルク運搬業で糊口をしのぎながらも、いつか画家になることを夢見ており、アントワープの聖母大聖堂の二つの祭壇画を見たいと心に望んでいた。それはアントワープはもとよりベルギーが世界に誇る17世紀の画家ルーベンスの筆によるもので、見るためには高価な観覧料を必要とするため、貧しいネロには叶わぬものであった。
ネロの唯一の親友は、風車小屋の一人娘である12歳の少女アロア (Alois) [3]であったが、アロアの父であるバース・コジェ (Baas Cogez) は家柄の低いネロのことを快く思わず、遠ざけようとする。さらにネロは新しく街から通いはじめたミルク買い取り業者に仕事を奪われた上、風車小屋の外縁部と穀物倉庫を全焼する火事(風車と居住区は無事)の放火犯の濡れ衣を着せられ、そしてクリスマスを数日後に控えた日に優しかった祖父を亡くし、楽しいはずのクリスマスの前日に家賃を滞納していた小屋からも追い出されることになってしまった。
クリスマス前日は、街で開かれている絵画コンクールの結果発表日でもあった。倒木に腰掛ける木こりのミシェル老人 (Michel) を白墨で描いた渾身の力作で応募していたネロは、優勝すればきっと皆に認めてもらえるようになるとコンクールに全ての望みを賭けていたが、結果は落選だった。
傷心のネロは厳しい吹雪の中、村へ向かう道でパトラッシュが見つけた財布を持ち主の風車小屋に届けるが、それは風車小屋一家の全財産であった。ネロはパトラッシュを一家に託すと再び雪夜の闇の中に飛び出して行ってしまう。財布が見つからずに絶望して帰宅したバース・コジェは今まで行った数々のひどい仕打ちを悔やみ、翌日ネロの身元を引き受けに行くと決心[4]する。さらに翌日には、コンクールでネロの才能を認めた著名な画家が彼を引き取って養育しようとやって来た。だが、何もかもが既に手遅れだった。
全てを失ったことで自分の生にも絶望したネロは極寒の吹雪によってその命を奪われ続ける中、最期の力を振り絞って大聖堂へ向かい、パトラッシュもネロを追って風車小屋から大聖堂へ駆けつける。するとこの時、雲間から射した一筋の月光が祭壇画を照らし出し、ネロの念願は果たされるとともにネロは神に感謝の祈りを捧げた。かくてクリスマスを迎えた翌朝、アントワープ大聖堂(聖母大聖堂)(Onze-Lieve-Vrouwekathedraal)に飾られた憧れのルーベンスの絵の前で、愛犬を固く抱きしめたままともに冷たくなっている少年が発見される。村人たちは悔いつつも、教会の特別な計らいの下に犬とともに少年を祖父の墓に葬ったのだった。
各国での評価編集
- ベルギー
- 『フランダースの犬』は出版されているが、作品の舞台になっているとはいえ原作者が英国人のイギリス文学ということもあってあまり有名ではなく、日本での評価とは対照的に地元での評価はさほど高くはない[5]。2007年には、ベルギー人監督により「なぜベルギーでは無名の物語が日本で非常に有名になったか」を検証するドキュメンタリー映画 (A Dog of Flanders -made in Japan- A Documentary by Didier Volckaert & An van. Dienderen) が制作された。
- 日本人観光客からの問い合わせが多かったこともあり、1986年にはホーボケン[6]にネロとパトラッシュの銅像が建てられた[7]。また、2003年にはアントワープ・ノートルダム大聖堂前の広場に記念碑が設置された。
- アメリカ
- 『フランダースの犬』は出版されているが、「こんな結末では、主人公たちが可哀想過ぎる」という出版関係者の意向により[8]、ハッピーエンドを迎えるように改変が加えられている。具体的には「ネロとパトラッシュは聖堂で死なない」「ネロの父親が名乗り出る」などがある。
派生作品編集
アニメーション編集
- 1975年(昭和50年)1月5日から同年12月28日まで、日本アニメーションによって制作された全52話がフジテレビ系列の『世界名作劇場』(当時は『カルピスまんが劇場』)枠で放送された。詳細は「フランダースの犬 (アニメ)」を参照。
- 1976年(昭和51年)12月9日に、『まんが世界昔ばなし』の中の1話として放送された。
- 1992年(平成4年)に、東京ムービーによって制作された全24話が日本テレビ系列で放送された。詳細は「フランダースの犬_ぼくのパトラッシュ」を参照。
- 1997年(平成9年)春に、日本アニメーションによってリメイクされた映画が松竹配給により全国公開された(タイトルは『THE DOG OF FLANDERS 劇場版 フランダースの犬』)。「世界名作劇場を劇場映画としてリメイクする」と銘打たれたシリーズ。キャストはテレビ版とは異なる。
- 2015年(平成27年)4月に、DLEのFROGMANによって世界名作劇場のキャラを使ったアニメ映画が東映配給により全国公開された(タイトルは『天才バカヴォン 蘇るフランダースの犬』)。
実写映画編集
アメリカで過去4度ほど実写化された。なお、香港映画『フランダースの犬』はウィーダ原作ではなく[要出典]、『ほえる犬は噛まない』(2001年、韓国)は原題が『フランダースの犬』の意であるが、本作からタイトルだけ取ったものでウィーダ原作ではなく、内容もウィーダ作品とは全く関係ない。
- 1914年版
- 監督 - ハウエル・ハンセル、主演 - マーガレット・スノー
- 1935年版
- 監督 - シャルル・スローマン、主演 - フランキー・トーマス
- 1960年版
- 監督 - ジェームズ・B・クラーク、主演 - デイヴィッド・ラッド、配給 - 20世紀FOX
- 1999年版
- 監督 - ケビン・ブロディ、主演 - ジェレミー・ジェームズ・キスナー、製作 - ワーナー・ブラザース、配給 - ギャガ・コミュニケーションズ
- アメリカでは上述の通り、原作が「ネロは大聖堂で救われるハッピーエンド」と改訂されているため、いずれの映画にも死亡シーンはない。ただし、日本公開版ではネロとパトラッシュは原作通り死んでしまう。また、1999年版ではパトラッシュ役にブーヴィエ・デ・フランドル種の犬(後述)が使われたことも話題となった。
- スノープリンス 禁じられた恋のメロディ
漫画編集
- 『ネロ〜Noir〜』(宮脇明子、2012年、Bbmfマガジン、ISBN 978-4766335781)
- 生存し、成長したネロが自分らを死に追いつめたコジェ氏らに復讐するというピカレスク漫画。全1巻。番外編と読切作品あり。
パトラッシュの犬種編集
パトラッシュは原作では次のように描写されている。全体に黄色 (yellow) もしくは褐色 (tawn (e) y) の、がっしりとした立ち耳の大型犬である。
Patrasche was a big Fleming.(中略)A dog of Flanders--yellow of hide, large of head and limb, with wolf-like ears that stood erect, and legs bowed and feet widened in the muscular development wrought in his breed by many generations of hard service.
(中略)
the green cart with the brass flagons of Teniers and Mieris and Van Tal, and the great tawny-colored, massive dog, with his belled harness that chimed cheerily as he went,
(中略)
until the doors closed and the child perforce came forth again, and winding his arms about the dog's neck would kiss him on his broad, tawney-colored forehead, and murmur always the same words:"If I could only see them, Patrasche!—if I could only see them!"
(中略)
and felt many and many a time the tears of a strange, nameless pain and joy, mingled together, fall hotly from the bright young eyes upon his own wrinkled yellow forehead.
(中略)
In answer, Patrasche crept closer yet, and laid his head upon the young boy's breast. The great tears stood in his brown, sad eyes:not for himself—for himself he was happy. — [11]
東京ムービー版アニメ・実写映画版・ホーボケンに建てられた銅像には、フランドル原産のブーヴィエ・デ・フランドルという黒い毛むくじゃらの犬がモデルとして採用されている[12]。 さらにトリビアの泉によれば、原作のパトラッシュは、この犬種であるとしている[8]。
世界名作劇場版アニメでは、立ち耳の白い斑犬に改変されている。
また「皺だらけの (wrinkled) 黄色い額」などの表現から、同地方原産の、現在のベルジアン・シェパード・ドッグ、特にその中のマリノアに近い犬種と言う説もある。この作品が執筆された当時は、まだ犬種として完全に固定されていなかったが、同地方では一般に使役目的で同様の犬が飼われていた。ただし、ブーヴィエ・デ・フランドル種にも明るい褐色の毛並みを持つ個体が存在するため、一概に断じることはできない。
日本語訳編集
- ウイダ(ルイス・デ・レミイ) 日高善一(柿軒)訳 内外出版協会、1908年11月
- 菊池寛訳 興文社、1929年
- 関猛訳 玉川学園出版部、1931年
- 林芙美子著 新潮社、1950年
- 村岡花子訳 新潮文庫、1954年
- 畠中尚志訳 岩波少年文庫、1957年
- 堀寿子訳 黎明社、1960年
- 矢崎源九郎訳 角川文庫、1961年
- 前田三恵子訳 旺文社、1967年
- 新訳 岡上鈴江訳 文研出版、1970年
- 松村達雄訳 玉川大学出版部、1976年8月(のち講談社青い鳥文庫)
- 榊原晃三訳 集英社、1994年3月
- 野坂悦子訳 岩波少年文庫、2003年11月
- 雨沢泰訳 偕成社文庫、2011年4月
- 高橋由美子訳 ポプラポケット文庫、2011年11月
- 和田今日子訳 WIPジャパン監修 ゴマブックス、2013年11月
- 中村凪子訳 角川つばさ文庫、2014年11月
関連書籍編集
- フランダースの犬その愛と涙 「フランダースの犬」を愛する会編.JTB, 2004年1月
- ディディエ・ヴォルカールト、アン・ヴァン・ディーンデレン編著「誰がネロとパトラッシュを殺すのか -日本人が知らないフランダースの犬- 」、岩波書店、2015年11月26日。
脚註編集
- ^ 製作会社が平田ファンタジーの本ではネルロと表記されてある。なお Nello は愛称で、本名はニコラースあるいはニコラ(蘭:Nicolaas, Nicolaes 、英・仏:Nicolas)。作中では血色良く豊かな髪の黒目がちな美しい少年 (a little rosy, fairly hair, dark-eyed child) と描写されている
- ^ パトラッシェやパトラシエなどと表記されている訳書もある
- ^ アロアの姓コジェ (Cogez) は北部フランス系の出自を示す(同音異形:Cogé, Coger, Coget 。ある種の魚にちなむあだ名、もしくは舟を意味するオランダ系の姓コヘ (Cogge) から。参考:Origines principales:Nord / Pas-de-Calais, Vendée - ÉTYMOLOGIE DES PATRONYMES 、Nom de famille Batelier - GeneaNet)が、フランス語で Alois といえばドイツ系の男性名アーロイスであって、アロアという女性名として用いられることは通例ない。しかし、フランス語化したアロイース (Aloïs) もしくはアロイーズ (Aloïse) ならば男女両性の名として用いられることはある(語形上、後者の方が女性的な印象が強い)。現に、1999年の実写映画版での彼女の名はアロイーズ (Aloise) である。また、1997年のアニメ映画版の英語吹き替えでは、アロア、コゼツなど人名のいくつかが日本語版に準拠した発音になっている。
- ^ 一家はネロが無宿である事実を知らなかった。
- ^ フランダースの犬は地元では不人気? - エキサイトニュース 2007年5月10日
- ^ ネロとパトラッシュの銅像は、カペル通りの歩道に設置されている。
- ^ 井上英明「日本人の『フランダースの犬』」、『明星大学研究紀要』第13巻、明星大学 、2005年3月25日、 NAID 110004622749。
- ^ a b 『トリビアの泉』より[信頼性要検証]。
- ^ スノープリンス公式サイトのニュース
- ^ 森本慎太郎初主演映画25カ国からオファー(asahi.com、2009年12月13日)
- ^ 使用テキストサイト
- ^ トリビアの泉2003年09月10日放送
外部リンク編集
- Project Gutenberg eBook
- 『フランダースの犬』:新字新仮名 - 青空文庫(菊池寛訳)
- 『フランダースの犬』:新字新仮名 - 青空文庫(荒木光二郎訳)
- PATRASCHE.NET
- 『フランダ−スの犬』 - 国立国会図書館 - 日高善一(柿軒)訳、内外出版協会、1908年(明治41年)11月
- ワールドドッグ図鑑 ブービエ・デ・フランダース
- アニマルプラネット 犬種図鑑 ブーヴィエ・デ・フランドル
- ベルギー・フランダース政府観光局
- 《フランダースの犬》情報センター
- 和田今日子訳.WIPジャパン監修.2013.11.ゴマブックス