メインメニューを開く

ブルーノ・ラトゥール (Bruno Latour1947年6月22日 - ) は、フランスの哲学者、人類学者、社会学者。専門は、科学社会学科学人類学アクターネットワーク理論(Actor–network-theory、ANT)に代表される独自の科学社会学の構想によって知られる。パリ国立高等鉱業学校での教授経験を経て、2006年からパリ政治学院教授。翌2007年から同学院の副学長を務める。なお、その名前は英語圏ではブルーノと発音されるが、本来はブリュノ・ラトゥールである。

ブルーノ・ラトゥール
ブルーノ・ラトゥール(2015年)
人物情報
別名 ブリュノ・ラトゥール(仏語読み)
生誕 (1947-06-22) 1947年6月22日(72歳)
フランスコート=ドール県
居住 フランス・パリ
学問
時代 21世紀哲学
学派 大陸哲学
研究分野 アクターネットワーク理論
研究機関 パリ国立高等鉱業学校
パリ政治学院
学位 博士(哲学)
主要な作品 『実験室の生活』
『科学が作られているとき』
『虚構の近代』
『社会的なものを組み直す』
『存在様態の探究』
影響を
受けた人物
ミシェル・セール
A・J・グレマス
ハロルド・ガーフィンケル
ガブリエル・タルド
A・N・ホワイトヘッド
エリック・フェーゲリン
リチャード・パワーズ
影響を
与えた人物
ダナ・ハラウェイ
グレアム・ハーマン
E・V・カストロ
ティム・インゴルド
ジョン・アーリ
主な受賞歴 ホルベルク賞 (2013年)
公式サイト
Web site of Bruno Latour
テンプレートを表示

人物編集

1947年、フランス・コート=ドール県ボーヌに生まれる。ミシェル・セールの影響を受けて哲学アグレジェとなった後、人類学に興味をもち、コートジボワールフィールドワークを行う。その後、民族誌的記述を応用して実験室内の科学者について記述する科学社会学的実践に取り組み、1979年スティーヴ・ウルガーとの共著『実験室の生活――科学的事実の社会的構成』を発表。

科学社会学において当初社会構築主義の立場に立っていたとされるが、1980年後半ごろからアクターネットワーク理論へ移行した。アクターネットワーク理論は、人とモノを同位のアクター(アクタン)と位置づけ、その相互連関によって事象を記述しようとする社会科学理論である。今日まで、ミシェル・カロンやジョン・ローなどとともに理論的洗練に取り組んでいる。

2007年には、タイムズ・ハイアー・エデュケーション社による人文社会科学分野の被引用回数ランキングでベスト10入りし[1]、その後も、アクターネットワーク理論の関連論文数でみても、2007年の年間1,510件から2017年には年間5,520件に達するなど、21世紀における人文社会科学分野で最も大きな影響力をもつ一人になっている[2]

2013年にはホルベルク賞を受賞。ホルベルク賞委員会は、受賞理由として、「ブリュノ・ラトゥールは、野心的な分析を行い、近代について新たな解釈を示すことで、近代と前近代、自然と社会、人間と非人間の区分などといった基本的な考え方に疑問を投げかけてきました。……その影響は、万国に広がり、科学史の研究を超えて、美術史学、史学、哲学、人類学、地理学、神学、文学、法学に及んでいます」としている[3][4][5]

思想編集

ラトゥールの人類学・社会学の中心に位置するのは、「主体‐客体」(「社会‐自然」)という近代的二分法からの脱却である。ラトゥールによれば、近代としてくくられている時代は、この二分法に回収されないハイブリッド(主体とも客体とも呼べないもの)がひたすら産出されてきたのだが、「近代」という概念装置によってそれらは巧みに覆い隠されてきた(よって、「われわれはモダンであったことなどない」となる)。この構図を検証し直し、あらたな可能性を開こうというのがラトゥールの論の眼目である。

ラトゥールは、この近代的二分法からの脱却という問いに対して、プレモダンに回帰するのでもポストモダンに回避するのでもなく、「人間‐非・人間」によるアクター・ネットワーク理論という「ノン」モダンの決着法を提案する。このアイディアは、ミシェル・セールの「準主体、準客体」概念などからヒントを得ており、人間は純然たる「主体」ではなく、非-人間もまた純然たる「客体」ではない。ある行為/作用は、主体にも客体にも還元できず、さまざまな準主体、準客体の連関のなかで生まれているのである。

この着想は、科学社会学のみならず、経験的な地平から「主体の脱中心化」とともに「客体の脱中心化」に取り組むジョン・アーリスコット・ラッシュらの社会学にきわめて強い影響を与えるとともに、さらには、都市社会学環境社会学家族社会学医療社会学などでも受容されるにいたり、「科学」としての社会学の方法論全般の再審を迫るものとなっている。

さらには、人類学はもとより、経営学地理学組織論会計学社会心理学教育学など社会科学全般に広がるとともに、哲学思弁的実在論)や建築学、アートなどでも幅広く参照されている。また、原子力発電地球温暖化人新世などといった環境問題を扱う科学者や行政担当者の間でも積極的に取り上げられるようになっている[6]

批判と応答編集

批判編集

いわゆる「ソーカル事件」によって、ポストモダン思想における科学の濫用を告発したソーカルとブリクモンは、その著書『「知」の欺瞞』のなかで、ラトゥールについても、「科学の論争の結果を決めるのは研究者間の権力闘争である」と主張している者として取り上げ[7]、ラトゥールの「科学」理解がデタラメであることを批判している(疑似科学)。

その上で、ソーカルらは、ラトゥールが『科学がつくられているとき』(1987年)のなかで「科学論の方法の第三規則」と名付けたものに対して批判を浴びせる。この「第三規則」は、「論争の決着は自然の表象の原因であって帰結ではないのだから、結果として得られる自然を、論争がどのようになぜ決着したのかの説明に用いることはできない」というものである[8]

これに対して、ソーカルらは、こう批判している。「かりに後半の『自然』も『自然の表象』に置き換えてこの文章を読み直せば、科学者による自然の表象(つまり科学の理論)は社会的なプロセスによって到達されるものであり、単にその結果を使って、そのプロセスがどう進行しどういう結果にいたったかを説明することはできないという自明な話になってしまう。他方、後半での『自然』を文字通りに受け取り、そこにあるとおりに『結果』という言葉と結びつけるとすると、外的な世界は科学者の談合によって創られるという主張になる」[9]。つまり、外的な世界(「自然」)が科学者の談合(「社会的なもの」)によって「構築」されるという「かなり奇怪な過激観念論」を唱えているというわけである。

応答編集

こうした科学者からの批判の焦点は、科学社会学におけるストロング・プログラムにあった。つまり、誤った信念のみならず、正しい信念もまた、社会的な原因を含むさまざまな原因によって同じように生成されるのであって、科学社会学は、誤った信念も正しい信念も対称的に扱わなければならないというものである[10]。ラトゥールは、こうしたストロング・プログラムに対する科学者からの批判について、「私たち〔科学社会学者〕が原因として用いている社会的な力の結果として、私たちが説明しようとしていた客観的な事実が生まれる可能性はわずかばかりもない」[11]ことに気づかせてくれたと評価する一方で、自らの主張については「社会的な力」を持ち出すような単純なものではないとして、自身の方法論を「アクターネットワーク理論」として明確化することになる。

ラトゥールが「科学的事実が社会的に構築される」と言う場合には、「社会的」の語と「構築」の語の意味に注意しなければならない[12]。まず、ここでの「社会的」とは、人間と非人間の連関(つながり)を指すものであって、権力や階級、イデオロギーを指すものではない。そして、「構築」とは、何もないところから何かが人為的に作り出されることなどではなく、これらの人間と非人間が組み合わさって作り出されることを指す。「ビルが構築されている」などと同様に、「構築されている」とは「実在している」と同義語なのである。

そして、ラトゥールが問題にするのは、「上手く構築されているのか、下手に構築されているのか」である。ここでの「上手い構築」とは、多くのアクターを引き付ける物語を書くことを意味しているのではない。構築される事実の堅固さを問題にしているのである。そして、この問題に対して、外的な世界である「自然」を持ち出す説明ではうまくいかない。外的な世界(客観的な世界)そのものが、人間と非人間による堅固な構築の結果であって原因ではないからである。ラトゥールが行おうとしていたのは、「『どちらかに決めよ! 事実は実在するのか、作り上げられるのか、どちらだ!』という、この上なく馬鹿げた二者択一のあいだで揺れ動くことでは決してなかった」のである[13]

主な著書編集

単著編集

  • 1984, Les Microbes : guerre et paix, Paris, Métailié.

 (改題)Pasteur : guerre et paix des microbes, suivi de Irréductions, Paris, La Découverte.

 (英訳)The Pasteurization of France, Harvard University Press, Cambridge Mass., USA, 1988.

  • 1987, Science In Action: How to Follow Scientists and Engineers Through Society, Harvard University Press, Cambridge Mass., USA.

 (仏訳)La Science en action, Paris, La Découverte, 1989.

 (邦訳)川崎勝高田紀代志訳『科学がつくられているとき――人類学的考察』産業図書 1999年

  • 1991, Nous n'avons jamais été modernes : Essai d'anthropologie symétrique, Paris, La Découverte.

 (英訳)We have never been modern, Harvard University Press, Cambridge, Mass., USA, 1993.

 (邦訳)川村久美子訳『虚構の「近代」ーー科学人類学は警告する』新評論 2008年

  • 1992, Aramis ou l'Amour des techniques, Paris, La Découverte.

 (英訳)Aramis, or the love of technology, Harvard University Press, Cambridge Mass., USA, 1996

  • 1993, La clef de Berlin et autres leçons d'un amateur de sciences, Paris, La découverte.
  • 1996, Petites Leçons de sociologie des sciences, Paris, Le Seuil.
  • 1999, Pandora's Hope: Essays on the Reality of Science Studies, Cambridge, Mass., Harvard University Press.

 (仏訳)L'espoir de Pandore. Pour une version réaliste de l'activité scientifique, Paris, La Découverte, 2001.

 (邦訳)川崎勝・平川秀幸訳『科学論の実在――パンドラの希望』産業図書 2007年

  • 1999, Politiques de la nature : Comment faire entrer les sciences en démocratie, Paris, La Découverte.
  • 2002, Jubiler ou les Tourments de la parole religieuse, Paris, Les Empêcheurs-Le Seuil.
  • 2002, La Fabrique du droit : Une ethnographie du Conseil d'État, Paris, La Découverte.

 (英訳)The Making of Low. An Ethnography of the Conseil d'Etat, Polity Press, 2010.

 (邦訳)堀口真司訳『法が作られているとき――近代行政裁判の人類学的考察』水声社 2017年

  • 2005, Reassembling the social: An introduction to Actor-Network-Theory, Oxford, OUP.

 (仏訳)Changer de société, Refaire de la sociologie, Paris, La Découverte, 2006.

 (邦訳)伊藤嘉高訳『社会的なものを組み直す――アクターネットワーク理論入門』法政大学出版局 2019年

  • 2009, Sur le culte moderne des dieux faitiches, suivi de Iconoclash, Paris, La Découverte.

 (英訳)On the Modern Cult of the Factish Gods, Duke University Press, 2010.

 (邦訳)荒金直人訳『近代の〈物神事実〉崇拝について――ならびに「聖像衝突」』以文社 2017年

  • 2012, Enquête sur les modes d'existence. Une anthropologie des Modernes, Paris, La Découverte.

 (英訳)An Inquiry into Modes of Existence, Harvard University Press, 2013.

  • 2015, Face à Gaïa. Huit conférences sur le Nouveau Régime Climatique, Paris, La Découverte.

 (英訳)Facing Gaia. Eight Lectures on the New Climatic Regime, Polity Press, 2017.

共著編集

  • 1979, Laboratory Life: the Social Construction of Scientific Facts, with Steve Woolgar, Sage, Los Angeles, USA.

 (仏訳)La vie de laboratoire. La production des faits scientifiques, avec Steve Woolgar, tr. Michel Biezunski, La Découverte, 1988.

  • 2003, Un monde pluriel mais commun: Entretiens avec François Ewald, with François Ewald, l'Aube.

その他編集

  • Michel Serres, 1992, Éclaircissements: Cinq entretiens avec Bruno Latour, François Bourin.
(邦訳)梶野吉郎・竹中のぞみ訳『解明 M.セールの世界――B.ラトゥールとの対話』法政大学出版局, 1996年

脚注編集

  1. ^ The most cited authors of books in the humanities”. timeshighereducation.co.uk (2009年3月26日). 2009年11月16日閲覧。
  2. ^ ラトゥール『社会的なものを組み直す』p.518
  3. ^ Bruno Latour wins the 2013 Holberg Prize, Holberg Prize
  4. ^ L'anthropologue français Bruno Latour reçoit le prix Holberg en Norvège”. Le Monde.fr. 2018年5月17日閲覧。
  5. ^ Holbergprisen til Bruno Latour”. 2018年5月17日閲覧。
  6. ^ http://www.h-ito.sakura.ne.jp/latour2017.html
  7. ^ ソーカル&ブリクモン『「知」の欺瞞』p.144
  8. ^ ラトゥール『科学が作られているとき』p.171
  9. ^ ソーカル&ブリクモン『「知」の欺瞞』p.141
  10. ^ ソーカル&ブリクモン『「知」の欺瞞』p.131
  11. ^ ラトゥール『社会的なものを組み直す』p.188
  12. ^ ラトゥール『社会的なものを組み直す』p.165
  13. ^ ラトゥール『社会的なものを組み直す』p.170

参考文献編集

  • アラン・ソーカル、ジャン・ブリクモン 『「知」の欺瞞――ポストモダン思想における科学の濫用』 田崎晴明、大野克嗣、堀茂樹訳、岩波書店、2000年。

関連項目編集

外部リンク編集