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歴史編集

ケルト人ビトゥリゲス族が設けたオッピドゥム(集落)が起源であり、当時はアウァリクムラテン語Avaricum)と呼ばれていた。共和政ローマ時期のガリア戦争ではガイウス・ユリウス・カエサル率いるローマ軍ウェルキンゲトリクスらガリア軍の戦いの舞台ともなった(アウァリクム包囲戦)。

ブールジュの名前は「ビトゥリゲス族」からとも、ドイツ語で「城」を意味するBurg(フランス語:bourg)からともされる。

ガリア戦争後も引き続き発展し、道路を通じてカエサロドゥヌム(現トゥール)、ケナブム(現オルレアン)、アウグストリトゥム(現リモージュ)などと結ばれていた。3世紀より司教座がおかれ、のちに大司教座へと昇格した。

15世紀の貴族ジャック・クールや19世紀印象派の画家ベルト・モリゾはブールジュの出身である。

人口統計編集

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2011年
60 632 70 814 77 300 76 432 75 609 72 480 70 828 66 666

参照元:1962年から1999年まで人口の2倍カウントなし。自治体人口については以下の日付。1999年までEHESS[2]、2004年以降INSEE[3][4]

観光編集

1195年から1255年にかけて建設されたゴシック・スタイルのサン=テチエンヌ大聖堂があり、1992年に「ブールジュ大聖堂」の名で世界遺産に登録されている。

大学編集

関係者編集

出身者
ゆかりある人物

姉妹都市編集

ギャラリー編集

脚注編集

外部リンク編集