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プラニツァ谷
左からレタウニツァ、K=40、スカカウニツァヴェリカンカの助走路もわずかに見える

プラニツァ(Planica)はスロベニア北西部のジュリア・アルプス山脈にある谷のひとつ。世界最大級のスキージャンプ競技場があることで知られている。

概要編集

クランスカ・ゴーラの西約11kmのRateče集落にあり、トリグラウ国立公園に含まれる。イタリア及びオーストリアとの国境から2キロメートルほど離れている。

例年3月にスキージャンプ・ワールドカップの最終戦シリーズが行われるほか、スキーフライング世界選手権が過去8回行われている。このスキージャンプ大会には毎年数万人が観戦に訪れる。

レタウニツァ・ブラトウ・ゴリシェク(FH: K=200・HS=225)をはじめとし、ブロウトコヴァ・ヴェリカンカ(NH K=95・HS=104/LH K=125・HS=139)、ノルマルナ・ブロウトコヴァ・スカカウニツァ(MH K=60・HS=66/K=78・HS=84)、そのほかK=40、K=30、K=8のジャンプ台が設置されている。

1930年、ポンツァ山の斜面に最初のジャンプ台が建設された。1934年にはブロウトコヴァ・ヴェリカンカ、1969年にはレタウニツァ・ブラトウ・ゴリシェクが建設され、スキージャンプの世界記録の多くがここで樹立された。 2005年3月20日、ノルウェービヨーン・アイナール・ローモーレンが239mを飛んで世界記録としたが、2011年2月、ノルウェーに完成した世界最大、HS225mのヴィケルスンジャンプ競技場のフライングヒルでヨハン・レメン・エベンセンが246.5mを記録してこれが世界記録となった。

そのほかプラニツァオリンピックスポーツセンターがあり、登山スキーなど山岳スポーツの拠点・トレーニングセンターとなっている。

★参考資料★

ジャンプ小林陵侑、ノルウェー紙が「どうかしてる」と絶賛 2019年3月26日に帰国したスキージャンプ日本代表の小林陵侑(22)。ワールドカップ参戦4年めの今季は、昨年11月に自身初勝利をあげて以降、立て続けに優勝を飾り、シーズン13勝とワールドカップ史上2位タイの快挙を達成。 今季のワールドカップでは日本人初の個人総合優勝も果たし、日本人通算勝利数でも葛西紀明の17勝、船木和喜の15勝に次ぐ、3位まで一気に躍り出た。 スキージャンプのワールドカップは、札幌での1試合を除き、遠い北欧やドイツなどでの転戦ばかり。小林の活躍は日本でもたびたび報道されているが、本場のメディアはどのように『日本の若武者』を見ているのだろうか。

2019年3月22日、スロベニアのプラニツァでおこなわれたワールドカップ最終戦で252mのジャンプで優勝を飾った小林。 それについて、スキージャンプを含む「ノルディックスキー」の発祥国・ノルウェーの「ヴェルデンス・ガング」紙の電子版は、「モンスター級のジャンプでプラニツァのジャンプ台記録を破った」と評した。

小林のジャンプに衝撃を受けた元スキージャンプ選手がこう称えたという。 「小林は完璧なジャンプの『形』を持っている。ジャンプの際、ほかの選手たちが地面に近づき始めるところで、なぜか彼のジャンプはまっすぐ進み続ける。そんなジャンプができるなんて、どうかしているよ」

スキージャンプ強豪国・オーストリアの「ホイテ」紙の電子版も、「今季(2019年)現われた『新星』はプラニツァの地でスキージャンプの世界記録に迫る伝説的な優勝を手にした。スロベニアの『化け物のように大きな山』で、彼は252mを飛んだ」と報道している。

★参考資料★(世界記録)

1994年3月17日にフィンランドのトニ・ニエミネンが史上初めて200mを超えるジャンプを成功させた。 現在の最長記録はオーストリアのシュテファン・クラフトが記録した253.5mである。

★参考資料★

今季のスキージャンプ界を大騒ぎさせた小林。帰国時には、「最初から最後まで高いレベルで戦えた。出来すぎた。今季はこれで戦わなくていいと思うと気が抜けました」と語り、来季以降、プラニツァの252mで迫った「253.5m」の世界最長記録更新の目標を掲げた。

外部リンク編集