ヘブライ語聖書

ヘブライ語で記されたユダヤ教の聖書

ヘブライ語聖書(ヘブライごせいしょ、ヘブライ語: תַּנַ"ך, תּוֹרָה, נביאים ו(־)כתובים‎)とは、ユダヤの聖典タナハ[1]ミクラー[注 1]とも。ヘブライ聖書と表現されることもある[3][4][注 2]

11世紀の写本
タルムード・トーラー(ユダヤ教の学び)

キリスト教の立場におけるいわゆる「旧約聖書」の原典(文脈によってはそのもの)であり、多くの部分において同一の内容(創世記出エジプト記など)で構成されている一方で、解釈や収載順などに違いがみられる。

概説 編集

聖書ヘブライ語 で記されるユダヤ教の「聖書正典」である。

最初の5書[注 3][注 4]およびタナハ全体[注 5][注 6]は、文字で記され文書を成すことから成文トーラー[注 7]と呼ばれ、これに対する当初口伝のみされた口伝トーラー[注 8][注 9]と合わせて「二重のトーラー」[注 10]とも呼ばれる[注 11][注 12]。 また、最初の5書は「フンマーシュヘブライ語版英語版[注 13]とも呼び慣わされる。キリスト教的な文脈では「モーセ五書[注 14][注 15]と表現される。

タナハは本来、セーフェルー・トーラーヘブライ語版英語版として巻物の形であった。

なお、「旧約聖書[注 16]というのはキリスト教徒や彼らの影響を受けた異教徒の呼び方、考え方であり、ユダヤ教徒、つまりユダヤ人はキリスト教徒の言う「新約聖書」を認めず、当然「古い契約」とも考えないため「旧約聖書」とは呼ばない[10]。 そもそも日本語訳の「聖書[注 17]という表現自体がすでにキリスト教的ニュアンスを含んでいる[注 18]

西暦90年頃に現在のイスラエル南西部のヤブネでユダヤ教学者たちによって行われた宗教会議であるヤムニア会議で、エステル記を含む39の書物をユダヤ教の正典と確定した[11][12]

三大区分 編集

ユダヤ教においてヘブライ語聖書は大きく以下の3つの区分に分けられる。タナハ(Tanakh、ヘブライ語: תנ״ך)とは、この各区分の頭文字に母音を付した頭字語であり、これらの聖典を統べる呼称である。

  1. 律法(トーラー / Torah ヘブライ語: תורה)5巻。モーセ五書とも。
    1. 創世記
    2. 出エジプト記
    3. レビ記
    4. 民数記
    5. 申命記
  2. 預言者(ネビーイーム / Nevi'im ヘブライ語: נביאים)8巻。
    1. 前預言者4巻。ヨシュア記士師記サムエル記列王記
    2. 後預言者3巻。イザヤ書エレミヤ書エゼキエル書
    3. 十二小預言書1巻。(ホセア書ヨエル書アモス書オバデヤ書ヨナ書ミカ書ナホム書ハバクク書ゼパニヤ書ハガイ書ゼカリヤ書マラキ書
  3. 諸書(クトビーム, カトビーム / Ketubim ヘブライ語: כתובים)11巻。
    1. 真理(エメト)3巻。詩篇箴言ヨブ記
    2. 巻物(メギロート)5巻。雅歌ルツ記哀歌伝道者の書エステル記
    3. その他3巻。ダニエル書エズラ記-ネヘミヤ記歴代誌(I, II)

律法、預言者、諸書の順に5+8+11=24巻[13]、同じく5+21+13=39書と数えることがある[13][14][15]。39を数え上げる場合は、エズラ記とネヘミヤ記は別に、また、サムエル記、列王記、歴代誌はそれぞれ2つの書物からなるとする。

古書・写本 編集

現存する古いヘブライ語聖書としては、西暦930年頃に作成された「アレッポ写本ヘブライ語版英語版[16]が著名であるが、全体の1/4が損失している。 欠損の少ない古いヘブライ語聖書としては、ユダヤ教古文書収集家が所蔵していた9世紀後半から10世紀初頭にかけて作成された「サスーン写本ヘブライ語版英語版」が知られている。創世記の初頭の12葉が欠落しているものの、ほぼ完全な形で現存しており、2023年にはオークションにかけられた際には、写本としては史上最高額の3810万ドルで落札されている[17][18]

ビブリア・ヘブライカ 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ヘブライ語: מִקְרָא‎、Miqra’、読誦を意味する[2]
  2. ^ 「ヘブライ」の表現のゆれからヘブル語聖書[5]へブル聖書[6]とも。
  3. ^ ヘブライ語: חֻמָשׁ‎、Pentateuch
  4. ^ 狭義のトーラー[7][4]
  5. ^ ヘブライ語: תּוֹרָה
  6. ^ 広義のトーラー。単に「トーラー」とも[7]
  7. ^ ヘブライ語: תּוֹרָה שֶׁ(־)בִּכְתָב‎、: Written Torah, Written Law、成文律法とも。
  8. ^ ヘブライ語: תּוֹרָה שֶׁ(־)בְּעַל־פֶּה‎、: Oral Law
  9. ^ 口伝トーラーは「タルムード(「学び」)」の代名詞でもある。
  10. ^ : Dual Torah
  11. ^ 「トーラー(ヘブライ語: תּוֹרָה‎)」は教え、指図、理論学説の意味であり、算術(תּוֹרַת הַ(־)חֶשְׁבּוֹן)、論理学תּוֹרַת הַ(־)הִגָּיוֹן)、認識論תּוֹרַת הַ(־)הַכָּרָה)、のように一般名詞としても使われる。
  12. ^ 最も広い捉え方として、狭義のトーラーを含むヘブライ語聖書(成文トーラー)に口伝トーラー(タルムード)を加えた全体をトーラー(律法)とする考え方もある[8][7][4]
  13. ^ ヘブライ語: חֻמָשׁ‎、: Chumash、humash[9]
  14. ^ : Five Books of Mosesヘブライ語: חֲמִשָּׁה חֻמְשֵׁי תוֹרה
  15. ^ あるいは単に「五書(Pentateuch)」とも。
  16. ^ : Παλαιά Διαθήκηヘブライ語: הברית הישנה‎、: Old Testament
  17. ^ ヘブライ語: ביבליה
  18. ^ ヘブライ語で「ヘブライ語: קֹדֶשׁ, קָדוֹשׁ, קִדּוּשׁ‎)」とは、「特別な、特殊な、他と違う、献呈された、献納された、捧げられた、費やされた」といった意味になる。

出典 編集

参考文献 編集

  • 日本聖書協会 編『口語旧約聖書について』日本聖書協会、1955年。CRID 1130000796625541504https://www.bible.or.jp/wp-content/uploads/2021/03/jc_old_testament.pdf 
  • Kuntz, John Kenneth (1974) (英語). The People of Ancient Israel: an introduction to Old Testament Literature, History, and Thought. Harper and Row. ISBN 0-06-043822-3 
  • Johnson, Paul (1987) (英語). A History of the Jews (First, hardback ed.). London: Weidenfeld and Nicolson. ISBN 0-297-79091-9 
  • 学習研究社 編『ユダヤ教の本—旧約聖書が告げるメシア登場の日』学習研究社〈ブックス・エソテリカ〉、1995年。ISBN 4-05-600925-2 
  • 中見利男『面白いほどよくわかる聖書のすべて—天地創造からイエスの教え・復活の謎まで』ひろさちや監修、日本文芸社〈学校では教えない教科書〉、2000年。ISBN 4-537-25021-6 
  • アリスター・マクグラス 著、神代真砂実 訳『キリスト教神学入門』教文館、2002年2月、851頁。ISBN 4764272032 
  • 手島勲矢『わかるユダヤ学』日本実業出版社、2002年9月。ISBN 4534034490 
  • 小田賢二ヘブル語聖書写本について」『ぱるらんど』第266号、国立音楽大学附属図書館、2010年4月。 
  • 『図解 世界の宗教』渡辺和子監修、西東社、2010年5月。ISBN 978-4791617227 

関連項目 編集

外部リンク 編集