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ベルファスト (軽巡洋艦)

ベルファスト (HMS Belfast, C35) は、イギリス海軍タウン級軽巡洋艦。艦名は北アイルランドの首府ベルファストに因む。退役後の1971年に陳列艦として大英帝国戦争博物館分館となり、テムズ川南端のプール・オブ・ロンドンで展示されている。

ベルファスト
ダズル迷彩を施したベルファスト (テムズ川ロンドン投錨地)
ダズル迷彩を施したベルファスト
テムズ川ロンドン投錨地)
基本情報
建造所 ハーランド・アンド・ウルフ造船所
運用者  イギリス海軍
艦種 軽巡洋艦
級名 タウン級
艦歴
起工 1936年12月10日
進水 1938年3月17日
就役 1939年8月5日
退役 1963年8月24日
現況 1971年10月21日より大英帝国戦争博物館陳列艦
要目
排水量 11,553トン
全長 613 ft 6 in (187 m)
69 ft (21 m)
吃水 19 ft 9 in (6.1 m)
主缶 海軍式三胴型重油専焼缶4基
主機 パーソンズ式1段ギヤードタービン4基、4軸推進
出力 80,000shp
速力 32ノット (59 km/h)
乗員 750 - 850名(旗艦時)
兵装 (1939年就役時)
Mk XXIII 6インチ(15.2cm)三連装砲4基
Mk XVI 4インチ(10.2cm)連装高角砲4基
2ポンド6連装ポムポム砲2基・同8連装砲2基
12.7mm四連装機銃2基
53.3cm三連装魚雷発射管2基
(1959年改修後)
Mk XXIII 6インチ三連装砲4基
Mk XVI 4インチ(10.2 cm)連装高角砲4基
ボフォース 40mm連装機関砲6基
装甲 舷側:4.5インチ (114 mm)
甲板:3インチ (76 mm)
搭載機 スーパーマリン ウォーラス2機(第二次世界大戦後期に撤去)
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目次

艦歴編集

タウン級軽巡洋艦はワシントン海軍軍縮条約によって排水量が10,000トン未満に制限された。本来の設計では4連装6インチ砲塔を装備する予定であったが、建造上の問題により同級初期の艦には改良型3連装砲塔が装備された。この砲塔は設計案よりも軽量であったため、節約できた重量は船体装甲および対空兵装に回された。

ベルファストは1936年12月10日ハーランド・アンド・ウルフ造船所で起工する。1938年の聖パトリックの祝日に、アンネ・チェンバレン(当時の首相ネヴィル・チェンバレンの妻)によって進水した。建造費の総額は£2,141,514に上り、そのうち£75,000が火砲に、£66,500が搭載機に費やされた。1939年8月に艦長G・A・スコット大佐の指揮下就役し、第18巡洋艦戦隊に配属された。

第二次世界大戦編集

1942年12月25日、スカパ・フローで本国艦隊の第10巡洋艦戦隊に加わる。1943年2月から3月にかけてソ連へ向かうJW53船団とソ連から戻るRA53船団の護衛に従事した。続いて哨戒任務に従事し、その次は機雷敷設作戦に参加した。7月、ハスキー作戦の陽動としてノルウェー沖で実行されたカメラ作戦に参加。8月から9月にかけてはソ連へ向かう駆逐艦の護衛やスバールバル諸島の調査、敵の封鎖突破船の捜索にあたった。10月、アメリカの空母レンジャーによるノルウェー沿岸での船舶攻撃作戦(リーダー作戦)、次いで12月26日、北岬沖海戦にも参加。 1945年4月 対空兵装を極東の日本の神風攻撃に対抗するために火器管制を2ポンド砲8門更新で対応。 1945年8月7日オーストラリアのシドニーにてイギリスの太平洋艦隊の第2巡洋艦戦隊の旗艦に就任。 40mmボフォース対空砲にて近距離武装を補う。ダウンフォール作戦に参加すると予想されていたが、1945 年8月15日の日本の降伏によって実現されず。

戦後編集

1959年に砲撃用及び対空用レーダー搭載における重量過多につき魚雷管を撤去しこれを調整。朝鮮戦争に参加した後、1963年8月24日に退役し、1971年に陳列艦として大英帝国戦争博物館分館となり現在に至っている。

外部リンク編集