ベン・ハー (1959年の映画)

1959年制作のアメリカ映画

ベン・ハー』(Ben-Hur)は、1959年制作のアメリカ映画ルー・ウォーレスによる小説『ベン・ハー』の3度目の映画化作品である。ウィリアム・ワイラー監督。チャールトン・ヘストン主演。同年アカデミー賞で作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞をはじめ11部門のオスカーを受賞。この記録は史上最多記録で長期にわたりトップを維持、のちに『タイタニック』(1997年)、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003年)がアカデミー各賞でノミネートされ、11部門を受賞。本作と同様史上最多記録として肩を並べた。なお主演男優賞・助演男優賞の俳優演技部門を含む受賞は、3作品中本作のみである。21世紀の現在でも名画座の企画やTVなどでの再上映・放映・ネット配信の作品で定番リストに名を連ねる人気作品として定評を得ている。

ベン・ハー
Ben-Hur
Ben hur 1959 poster.jpg
公開時の英語版ポスター。競技場の巨像と古代遺跡の岩場を背景にクライマックスの戦車競走の白馬が疾走しているデザインが物語を象徴。
監督 ウィリアム・ワイラー
脚本 カール・タンバーグ
マクスウェル・アンダーソン(表記なし)
クリストファー・フライ
ゴア・ヴィダル(表記なし)
S・N・バーマン(表記なし)
原作 ルー・ウォーレス
製作 サム・ジンバリスト
ウィリアム・ワイラー(表記なし)
出演者 チャールトン・ヘストン
スティーヴン・ボイド
ハイヤ・ハラリート
ジャック・ホーキンス
フィンレイ・カリー
ヒュー・グリフィス
フランク・スリング
マーサ・スコット
キャシー・オドネル
テレンス・ロングドン
アンドレ・モレル
音楽 ミクロス・ローザ
撮影 ロバート・L・サーティーズ
編集 ジョン・D・ダニング
ラルフ・E・ウィンタース
製作会社 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー
配給 アメリカ合衆国の旗 MGM/ロウズ・シネプレックス・エンターテインメント
日本の旗 ワーナー・ブラザース
公開 アメリカ合衆国の旗 1959年11月18日
日本の旗 1960年4月1日
上映時間 224分(3時間42分)
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $15,000,000[1](概算)
興行収入 $74,000,000[1]
配給収入 日本の旗9億7775万7千円[2]
前作 1925年版ラモン・ノヴァロ主演「ベン・ハー」
次作 2016年版ジャック・ヒューストン主演「ベン・ハー」
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スタッフ編集

※セルジオ・レオーネが当時助監督を務めたとの説があるが、実際は戦車競争シーンの撮影に協力したイタリア人スタッフの一員であっただけであり、ポストを与えられたのではない。

概要編集

アメリカルー・ウォーレス1880年に発表した小説 "Ben-Hur: A Tale of the Christ" を原作に、1907年に15分のサイレント映画で製作され、1925年に同じサイレント映画で2度目の映画化でラモン・ノヴァロがベン・ハーを演じ、これが大ヒットとなった。そして、この2度目の時にスタッフとして参加していた若きウィリアム・ワイラーが34年後に今度は監督として70mm(MGMCamera65 )ウルトラパナビジョン・テクニカラーで撮影し3度目の映画化で完成させたのがチャールトン・ヘストン主演でもっとも著名な本作品である。

主人公ジュダ(ユダ)・ベン・ハーをチャールトン・ヘストン、メッサラをスティーヴン・ボイド、恋人エスターをハイヤ・ハラリート、他にジャック・ホーキンスヒュー・グリフィス が出演。チャールトン・ヘストンがアカデミー賞主演男優賞、ヒュー・グリフィス が助演男優賞を受賞し、ウィリアム・ワイラーはこの映画で3度目の監督賞を受賞している。悪役として迫真の演技を見せたスティーヴン・ボイドはアカデミー賞は逃したものの、その前哨戦であった第17回ゴールデングローブ賞で最優秀助演男優賞を獲得している。

帝政ローマにおけるティベリウス皇帝の時代、イエス・キリストの生涯を背景に、ローマの属州となって国を失った民族であるユダヤ人の青年ベン・ハーが、苛酷な運命に翻弄され、復讐の憎悪と絶望に陥りながら、最後には信仰への希望に回帰するまでを描く。原作の副題に「キリストの物語~A Tale of the Christ~」とあるように、キリストの生誕、受難など、ユダヤ教を起点とした信仰の時代的変遷と当時の新生思想(原始キリスト教)としての発展がこの物語の根幹として貫かれている。映画ではプロローグにおいてタイトル表示前にキリストの生誕を描き、キリストの処刑とハー家の再生でエンディングとなるが、その物語の展開で主題を考えたとき、副題「キリストの物語~A Tale of the Christ~」がオープニング「BEN-HUR」のタイトル文字直後に提示される意味合いとして然るべきものであるといえる。

1959年11月18日にプレミア公開され、224分の大作(前奏曲-プロローグ~序曲~前編-休憩~間奏曲-後編)ながら、全米公開後には瞬く間にヒットとなった。同様に全世界でも公開されてヒットした。54億円もの制作費が投入されたが、この映画1本で倒産寸前だったMGMは一気に社運を好転させ再起する事となった。ヒットの要因は主に壮大なプロモーション活動や関連グッズの販売など宣伝広報によるものであると分析する一面も否定できない。

しかし、当時まだ大スターと言えるほどの知名度がないチャールトン・ヘストンを擁しながら、1925年に大ヒットしたラモン・ノヴァロ主演の同名作品のリメイクでそれを超える作品であろうという期待感、名匠ウイリアム・ワイラーの演出力に対する安心感、1950年代までに名作を手掛けたスタッフ、アクションシーンやスタントのプロを集めた制作担当サム・ジンバリストのプロフェッショナルな交渉術、加えてサム・ジンバリストの死と功績に対する衝撃と尊敬、これまでにない70mmのワイドスクリーンでウルトラパナビジョンの大画面を採用したうえに、6チャンネルのステレオフォニックによる臨場感あふれる音響を実現したことも関心を得た理由であろう。

そして何よりアメリカの国家的心のよりどころであるキリスト教の新約聖書の内容をもとに描かれた作品であり、教会牧師や神父らが大いに信者に対して本作品を鑑賞するように新聞や機関誌、雑誌に寄稿して推奨していたことも大きく影響していた。また時代の流れから見た時に、第二次世界大戦から十数年しかたっていない時期にあって傷心癒えない人々がまだ大勢おり、大国の横暴によって弱者が滅ぼされる経験、それを見て義憤を抱いた経験、その戦いに身を投じた経験、愛する人を失った経験をした人々が自らの物語として映画をとらえていたことも特筆できる点である。かつてのナチスドイツのユダヤ人に対する迫害・虐殺、世界侵略と独裁者の横暴。すべてがこの映画の題材につながってカタルシスが得られたのも多くの人々に受け入れられた要因であると言えるだろう。

日本初公開編集

世界においてもキリスト教圏のヨーロッパやソ連、イスラエルを中心とした中東地域(ユダヤ教・およびキリスト教は同じヤハウェ神を崇拝)、日本やアジア全域でも興行成績は類を見ないものであった。キリスト教信仰は受け入れない国家も、配給側の映画興行・広報宣伝の戦略の中でキリストの説教や宗教の価値についてはあまり触れず、スペクタクル史劇の娯楽映画であり、映像がエキサイティングである点を特に強調して宣伝に臨んでいたため、観客は固定観念に縛られることなく抵抗を取り払い「ベン・ハー」の観覧に出かけ楽しむことができた。実際映画の後半45分は信仰やキリストの磔刑がメインになっていて無宗教者には退屈なシーンで余計であると公的なレビューにおいて酷評されるきらいもあるが、戦車競走シーン以降の展開の中で感情移入に没入し、主人公の友情の成り行きや家族愛とその幸せを期待する展開に目が離せなくなるという効果を作り出している。ちなみに本作品の1968年のリバイバル公開(再上映)で新聞における映画館の広告表示には「文部省特選(推薦)映画」と明記されていた。当時、実際に団体観覧=団観で、特定の学校ではあるが、中学生や高校生が教師の引率により集団でこの映画を観に映画館に足を運んだ。1959年の「ベン・ハー」が映画として最高峰であり質が高い作品である事の証左であろう。

1960年4月1日から東京はテアトル東京、大阪はOS劇場でロードショー公開され、他都市も東宝洋画系で公開された。テアトル東京では翌年61年7月13日まで469日間に渡って上映され、総入場者数95万4318人、1館の興行収入3億1673万円を記録した。全国各地の上映の後に、配給収入は最終的に15億3000万円となった[3]

日本での一般公開は1960年4月1日だが、これに先立ち同年3月30日にはテアトル東京でチャリティ上映が行われた。このとき昭和天皇香淳皇后が招かれ、日本映画史上初の天覧上映となった。ヘストン夫妻もこの場に立ち会っている[4]

プロローグのナレーション編集

本作品は、1960年代から公開初期の約十数年~二十年、冒頭のプロローグにおけるナレーション(バルサザール役のフィンレイ・カリーによる)がオリジナルの英語ではなく、下記の日本語ナレーションに吹き替えられていた。

プロローグ:日本語ナレーション 「西暦紀元のはじめ、およそ一世紀にわたってユダヤはローマの支配下にあった。アウグストゥス帝7年の時、皇帝の布告を以てユダヤ人は全て生まれた地に帰り、人口を調査し、税金を納めよと命令した。大勢の人々がこの国の都、交易の中心たるエルサレムの森に集まっていた。その古い都は、ローマの権力のはだかるアントニアの城、魂と不滅の信仰の記したる金色の大寺院に支配されている。皇帝の命令に服従しながらも人々は古くから伝わる民族的遺産を誇らしく守り、いつか、彼らの内から救いと自由をもたらす救世主が生まれるという預言者の言葉を忘れなかった。」

戦車競技編集

この作品の最大のクライマックスシーンである4頭立ての馬車レースについての詳細が次項に示されている。戦車競走チャリオットクアドリガ。参照の事。

著作権について編集

本作は作品中(オープニングタイトル、エンドロール等)に著作権表記が無かったため公開当時のアメリカの法律(方式主義)により権利放棄と見なされ、アメリカにおいてはパブリックドメインとなった[5]

あらすじ編集

前編編集

 
ジュダ・ベン・ハーを演じるチャールトン・ヘストン

西暦紀元の始めベツレヘムの星々が輝く下、厩舎でヨセフとマリアの子が誕生した。それから26年後、軍事力によって勢力を拡大していたローマ帝国が支配する辺境の地ユダヤでは、植民地の政務を統括する総督の交代が迫っていた。裕福なユダヤ人王族子孫の若者、ジュダ・ベン・ハーチャールトン・ヘストン)は、新総督赴任の先遣隊軍司令官として戻ってきた旧友メッサラスティーヴン・ボイド)との再会を喜ぶ。ユダヤの民が希望の光とする救世主の存在を、彼らの願望にすぎぬと否定する一方で、反逆の火種となりかねない恐怖をも感じていたメッサラは、王家の流れを汲み人望のある友人ジュダにローマ側に協力するよう求める。しかし、同胞の苦難に心を痛めていた彼は、口論の末その誘いとローマに反感を持つ同胞の名の密告を断り、メッサラと決別する。

新総督を迎えた日、ジュダの邸宅から瓦が滑り落ちて新総督の行列の中へ落下する。メッサラは、事故と主張するジュダに無言のまま耳を貸さない。間を置かず目配せで部下のドルサスに新総督暗殺の疑いで連行させる。混乱の中母のミリアムマーサ・スコット)、妹のティルザキャシー・オドネル)は行方知れずとなるが、自らも罪人としてタイア行きを宣告され、死ぬまでガレー船の鎖に繋がれ漕ぎ手となる運命に見舞われる。刑の執行のため港まで護送される中、ナザレ村で一切の水を与えられず、渇きに苦しみ力尽きかけたその時、罪人たちの苦しむ姿を見ていた一人の大工の男が、静かに柄杓を近づけジュダに水を与える。その恩人の顔を見つめながらジュダは生気を取り戻し、自らを見送るこのナザレ人の姿を目に焼き付けながら行進を続けた。

ローマ艦隊総司令官アリウス(ジャック・ホーキンス)は、マケドニアの海賊撃滅の戦いの前に、船底で強い眼差しを放つ奴隷に目を止めた。それは3年以上に渡り信仰と復讐の念を秘め、ガレー船の苦役を耐えたジュダだった。実の息子を失い神の姿を見失っていたアリウスは、海戦の激闘の最中彼に命を救われ、味方艦船に戻り戦勝の幸運を得て命の恩人ジュダとローマに凱旋する。

ローマ皇帝ティベリウスの恩恵によりアリウスはジュダを養子にし、戦車競争の騎手としてジュダは第二の人生を得た。自由の身となったジュダは、宴の夜、母と妹を探すため、悲願であったユダヤへの帰郷をアリウスへ伝える。帰郷の途上、救世主を探すバルサザールと出会い、偉大な道を歩む人の存在を知らされる。またイルデリムヒュー・グリフィス)の歓待を受け、幕舎の中でメッサラの存在を聞かされた。アラブの富豪でローマへの敵愾心盛んなイルデリムは、戦車競争で常勝を続ける高慢極まりないメッサラを倒す機会を狙っていた。

仇敵の名を耳にして痛み消え止まぬ憎悪を感じるジュダだったが、はやる気持ちを抑えられず母と妹に会うためその足で急いでユダヤへ戻った。荒れ果てた我が家には家宰のサイモニデスサム・ジャッフェ)と娘のエスターハイヤ・ハラリート)がひそかに暮らしていた。拷問により足が不自由な身となっても誠実なままの友との再会を喜ぶが、母ミリアムと妹ティルザの姿はそこにはなかった。ジュダの帰郷はメッサラの知るところとなり、母と妹を地下牢に閉じ込めたユダヤ総督府の役人は、生死を確かめるため牢に行き、惨い光景を目のあたりにする。


業病に冒された母ミリアムと妹ティルザは、牢を追放され人里離れた「死の谷」へ向かう足で、一目でもジュダを見ようと夜の物陰に隠れ屋敷前で我が家を懐かしんでいた。そのとき偶然にエスターと出会う。エスターの、ジュダとサイモニデスに対する優しい思いを気遣いつつも、ミリアムは自分たちが死んだ事にするようエスターに約束させる。

二人の愛と切ない思いに応えるため、エスターはミリアムとティルザが既に死んでいるとジュダに伝える。あまりの衝撃で動揺隠せないジュダに、メッサラを忘れローマへ戻り心の平安を得て生き直すことを望むエスター。そんな彼女への愛情を抱きながらも、ジュダはエスターを突き放し、箍の外れた復讐の念を抑えることは出来なかった。


後編編集

 
戦車競争(右がベン・ハ―)

巨大な戦車競技場で両者は対決の日を迎えた。神の許しを請い、復讐に燃えるジュダは、イルデリムのアラブ種の白馬四頭を戦車に繋ぎ、大観衆が見守る中でメッサラとの闘いに挑む。壮絶なレースの末ジュダは勝利した。レース後の英雄を囲む観衆たちの熱狂の傍らで、メッサラは砂上に肉引き裂かれ苦痛にもがき倒れていた。

復讐を遂げたジュダは、迫る死の床で無残な姿となって横たわるかつての親友を目前に、微塵も憐れむ事なく冷やかに見下ろすだけだった。だがメッサラから母と妹が実はまだ生きており業病の者が隠れ住む「死の谷」にいる、と知らされ、驚きと悲しみで胸が張り裂ける。怒り冷めやらぬジュダは、ユダヤ総督ピラトのもとに出向き、親友が傲慢なままで死んだ上に、母と妹を不幸にしたローマを憎み、養父のアリウス家後継の証である指輪を総督ピラトに突き返した。そしてローマ市民権をも拒絶した。


サイモニデスと共にローマのユダヤ支配を終わらせるため策をはかろうとするジュダに、エスターは「汝の敵を愛せ」とのイエスの言葉を伝える。しかし彼の心は憎悪に支配され、ローマへの反逆の剣を握ることに囚われる。そしてジュダは密かにエスターの後を追い、死の谷の洞穴で生きながらえる母と妹に再会した。拒む母と妹を救出し、エスターのすすめに従って四人でイエスのもとへと向かう。ヨッパの門をくぐり街中に入ると目の見えぬ物乞いの老人がいた。街の閑散とした様子を不思議に思い、訳を聞くとイエスが裁判にかけられて磔にされるという。

ジュダは、すがる思いで母と妹を連れて裁判が行われている街に繰り出すが、十字架を背負ったイエスを見て、かつて罪人にされナザレ村で死にかけたとき、水を恵んでくれたあの人であることに気づき愕然となる。衝動のままに母と妹をエスターに委ね、彼は十字架の行進を追う。そして倒れたイエスに一杯の水を差し出す。その時のイエスの眼差しからは言葉で言い表せない威光と慈愛が溢れていた。


ついにゴルゴタの丘でイエスは磔の刑に処せられる。ときが迫りイエスの息が途絶えたとき、激しい嵐が起きる。閃光瞬く落雷と雨がイエスの体をつきさしイエスの流した血が大地を流れ、ゴルゴタの丘の木々の根に深く染み入っていく。嵐の暗雲が去ると、陽の光は木々のすき間から宝石の輝きのごとく差し込んでいく。


雨雫のおちる邸宅に戻ったジュダは、帰りを待っていたエスターに、十字架上のイエスが『父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです』と言っていたと話す。そしてジュダは「その声が私の手から剣や憎しみをも取り去ってくれた」と告げる。 穏やかな目とささやく声。エスターは憎しみが消えた素顔のジュダを温かく迎えた。導かれるまま屋上へ向かう階段を見上げると、そこにミリアムとティルザの姿があった。嵐の中でエスターと共に風雨をしのいだ二人は不治の病が癒えていたのである。ジュダは母や妹に愛おしく寄り添い、魂の安らぎを取り戻した喜びを皆でいつまでもかみしめる。


夕暮れ迫る丘の上。羊飼いが群れをなす羊たちを連れて平地を歩いていく。 その向こうには、木柱だけになった十字架がとばりの落ちかけた空の影となり、まだ静かに立っているのだった。

Hallelujah Chorus & The End

受賞編集

  • 第32回アカデミー賞
    • 作品賞 - サム・ジンバリスト ■MGM企画責任者。制作費と制作活動を含めた総元締め。題材の決定並びに脚本案の取捨選択。キャスティング。
    • 監督賞 - ウィリアム・ワイラー ■映画演出総指揮。助監督指導。妥協ない演技追求。キャストの演技指導力と選出力。撮影環境の選択・構想と指示。
    • 主演男優賞 - チャールトン・ヘストン ■喜怒哀楽の生きた感情表現。視線。勤勉さ。乗馬技術。タフなガレー船漕ぎ演技など重労働。
    • 助演男優賞 - ヒュー・グリフィス ■人物表現のユニーク性。功労。映画の緩急のアクセントを醸し出すユーモアセンス。
    • 美術賞 - ウィリアム・A・ホーニング エドワード・C・カーファグノ ■ローマ総督府先遣隊の砦の内部(槍の間)古代ローマ帝国の市内建造物創作。アリーナ(戦車競技場)、コース中心建造の島、高さ9mの4個の彫刻巨像(ローマ神話の神々)、9台の戦車、古代のイスラエル地区(ユダヤ・ベツレヘム・エルサレム)の岩石積上げ型民家や豪邸、アリウス邸の噴水の間。ガレー船の船底の奴隷座板とオールの配置、
    • 撮影賞 - ロバート・L・サーティース ■映像の美的完成度。65mmフィルムを活かした構図。スタジオ・ロケーション両環境に沿う映像作り。戦車競走。
    • 衣装デザイン賞 - エリザベス・ハフェンデン ■創作的美の実現。十字架とイエスの衣服、ユダヤ人衣服、ローマ人衣装、民衆衣服、装飾品、軍甲冑、武器。
    • 編集賞 - ラルフ・E・ウィンタース ■場面切替、ストーリーの連続性、アクションシーンのカット割り。ショット、ショットの細分化による緊張感の効果。戦車競走の展開の場面的整合性とリアル性追求。ガレー船の戦闘ミニチュアと実物大のシーンで差異のないつなぎと展開の組み立て。クロスフェイド。
    • 劇映画音楽賞 - ミクロス・ローザ ■時代考証で古くはヘブライの民族音楽の旋律にならい、現イスラエル・中東各地の音楽を再現またはアレンジ。ローマ帝国時代の題材で作られたレスピーギ作曲「ローマの噴水」「ローマの松」「ローマの祭り」の3部作など、クラシック音楽の研究を行い、独創的な音階で斬新な交響・管弦楽曲を創作した。古代楽器の作製・再現と活用も特筆に値する。近年全世界においてサウンドトラックの各テーマを組曲(Suite)としてまとめた楽譜を使用し様々な楽団が20~50分前後で演奏を披露している。演奏でメインになる曲は、ベン・ハー序曲・ベツレヘムの星・愛のテーマ・砂漠の行進・ガレー船の奴隷・母の愛・戦車のパレード・十字架の行進・奇蹟とフィナーレ等。カバーで吹奏楽、ピアノ、弦楽重奏があるが、交響・管弦楽が秀逸である。
    • 音響賞 - フランクリン・E・ミルトン ■フルレンジ6ch立体音響の実現、槍の飛翔音、軍隊行進、馬の蹄音とギャロップ、ガレー船の槌音、鎖の擦れる音、海戦での剣の戦闘音や浸水音、群衆の歓声や騒音、戦車の衝突・車輪破壊・轟音、鞭の音、雷鳴と地響きや豪雨。風吹と枯葉や塵や屑の飛び流れる音。
    • 視覚効果賞 - A・アーノルド・ギレスビー ■マットペインティング、スクリーン・プロセス、ベツレヘムの星、戦闘シーン・衝突シーン・ミニチュア高速撮影・軍行列の複製と合成・戦車競走のコマ削除でスピード感創出、キリスト裁判の広場の光景、ゴルゴタの丘処刑時の稲妻の光。
    ノミネートされたが受賞を逃したのは脚色賞(『年上の女』が受賞)。

ミクロス・ローザの音楽編集

ミクロス・ローザの手掛けた音楽にはクラシックにならう芸術音楽と映画音楽がある。映画音楽については劇映画音楽賞受賞の本作品以外にも歴史劇を題材とした映画では「バクダッドの盗賊」「黒騎士」「クォ・ヴァディス」「悲恋の王女エリザベス」「円卓の騎士」「ジュリアス・シーザー」「キング・オブ・キングス」「エル・シド」「ソドムとゴモラ」「シンドバッド黄金の航海」などが代表的である。

「ベン・ハー」オリジナルサウンドトラックの楽曲編集

映画ではローザの1952年制作の代表作「クォ・ヴァディス」の影響が色濃く、実際に※ローマ大火や※ガルバ総督の行進の音楽はほぼ原形を残して本作品にてアレンジを加え活用・転用している。この映画の制作もMGMで壮大なスペクタクルを売りにして皇帝ネロの迫害に耐えるキリスト教徒の試練を描いた力作である。ローザはこの作品の楽曲制作の記憶を活かしつつ他の歴史劇作品の新感覚も取り入れながら1959年版「ベン・ハー」の楽曲作りと編成に着手した。

当然ながら(クォ・ヴァディスからの)幾つかの曲を除いては、新たなインスピレーションとヘブライの時代のユダヤの民族音楽を起点にしつつ、ローマの楽曲の研究も並行して作曲活動を始めるが、MGMの命運を立て直す意味あいの元での制作活動であったため、気合の入れようは半端ではなかった。ときにインスピレーションが湧きローマ郊外の丘の散歩時に口笛でイメージを鳴らしていると、すれ違いの女性二人から怪訝そうな視線を受けたこともあるという。その結果数々の親しまれる名曲を生み出すこととなる。オリジナル楽曲名を以下に紹介する。ここではメロディ・旋律が他曲に比して独自性ある曲のみを表示する。従って初めから各オリジナルの旋律をいくつもつなげたメドレー形式の前奏曲・間奏曲・穴埋め式にBGMとして断片的に使用されていた小曲は割愛する。

オリジナルサウンドトラック各テーマ曲編集

  • プロローグ(Anno Domini)テーマ ●ベン・ハーのオープニングテーマからユダヤの民族的楽曲につながる。
  • ベツレヘムの星 ●夜空を仰ぐ博士らをとらえ救世主の生誕をもたらす星がベツレヘムへ向かう。女性コーラスが静かで清らかな雰囲気漂う曲。
  • 救世主の誕生 ●優しい女性のコーラスがマリアを包み込み、この世界を変える初子の誕生を祝いそして見守る。
  • ベン・ハー序曲(映画テーマ曲)●歯切れ良い金管の高らかなファンファーレで開幕、キリストとベン・ハーのテーマが勇ましく響き渡り愛のテーマへ。
  • ローマ帝国軍の行進 ●ユダヤのナザレ村。平穏な村にものものしい威圧的雰囲気が漂う。スネアドラム・金管の音で華やかでありつつ高慢で重苦しい曲。
  • ナザレのイエス ●穏やか。ハープとバイオリンの音が細くひたすら穏やかで優しさ奏でる旋律である。
  • 友情と再会 ●切ない感情と喜びに包まれた懐かしさを低音弱起の少数音から次第に緩やかだが各楽器総出の音響に盛り上げて感動に満ちた二人の再会を表現。
  • エスターとの再会 ●オーボエやクラリネット。ひたすら健気で恥じらいの隠せないエスターの性格を表現し、彼女の魅力へのときめきを演出している。
  • 愛のテーマ ●フルートの優しい音色。ベン・ハーが美しく成長したエスターと語り合う。互いの恋の葛藤をバイオリンの艶やかな高音の響きで切なく表現。
  • 新総督グレイタスのユダヤ入城 ●金管の低い音によるものものしさ。ティンパニや太鼓など打楽器のテンポ良い響きの調和で軍の高慢さや緊張感を醸し出す。
  • 砂漠の行進 ●タイア行きの罪人がよろめきつつ行進。高低音が交互に入り乱れ。コントラバス、トロンボーン、バイオリンの響きとスラーの多用で苦を表現。
  • キリストのテーマ ●ナザレ村の苦難。エレクトーンの穏やかで優しい響き。ベン・ハーが水を与えられ生気を取り戻す。別れで高揚感に移り感情揺さぶる曲。
  • ガレー船の奴隷 ●アリウスがベン・ハーの闘争心を揺さぶる。コントラバスと槌の低音が不気味。スローからアップに上昇。太鼓を打つ槌の音と、奴隷が漕ぐオールのリズムがマッチ。同フレーズの繰り返しに金管の音層が重ねられていく曲の作りは非常に特異なもので、ローザの手腕が光る一曲である。
  • 海戦 ●硬軟・強弱・遅速入り乱れる曲想の編曲が素晴らしい。スピード感に満ちており戦闘の迫力と緊張感を盛り上げる。
  • ローマ勝利の行進 ●華やかなローマ帝国の凱旋パレードの高揚感や歓喜に満ちた群衆の盛りあがりを迫力ある打楽器・管楽器等主導で高らかに奏でる曲。
  • ファティリティダンス(アリウスの宴のダンス)●アリウス邸のパーティーでのアフリカ系のダンサーの踊り。マラカス、ボンゴ、ピッコロやフルートを多用。
  • アリウスのパーティー ●宴の場。小楽団のバックミュージックで流れた親しみある曲。鈴、オーボエ、ファゴット、タンバリン、クラリネット、ハープ。
  • さらばローマ ●アリウスはパーティーから離れ一人ベランダに出たベン・ハーのユダヤ帰郷を望む気持ちを察する。父の愛。ビオラ・チェロの響きが切ない。
  • ユダヤに帰る ●4年間願い続けた母妹との再会のため船に乗り込むベン・ハー。短調のバイオリンとオーボエで哀愁が漂い、ハー家とユダヤの悲劇を暗示。
  • 地下牢の悲劇 ●母と妹の捜索をした地下牢の役人と総督府の軍人ドルサスは恐れおののく。曲は大音響。トロンボーンの荒い低音が衝撃を表現。
  • 母の愛 ●死の谷の旋律の後に母の愛の曲になる。チェロ・ビオラ・コントラバスの短調の低音とファゴット・チェロ・バイオリンの旋律が母の思いを描く。
  • 復讐(Intermission)●ユダヤの旋律の後ベン・ハーの動作に合わせ曲調が変化する。憎しみで立ち去るシーンでは悲哀と憎悪の激情を大音響で締めくくる。
  • パンとサーカス ●馬のギャロップを想像させる軽快でにぎやかな曲。シンバルを多用。トランペットがメインを務める。
  • 競技前のファンファーレ ●数種類あるが、どれも独特で聞いていて面白さがある。競技進行の段階的な合図。御者は合図に合わせ集合する。金管楽器中心。
  • サーカスパレード ●最も人気のある楽曲。金管楽器の高音・低音の重奏が巧みである。連符が3~5拍続いて部分的に頻出し、マーチとして華やかで効果的。
  • 死の谷 ●打楽器でスローリズムを取り、弱く金管が主旋律に絡みカップミュート音も間に入る。恐怖・悲哀が入り混じり、暗く業病患者の運命を表している。
  • 山上の垂訓 ●川を越えた山頂にキリストが立つ。大勢の民衆が彼を見上げ彼が民の前に歩むとこの曲が流れる。チェロ・ビオラ・バイオリンが繊細で象徴的。
  • 十字架の行進 ●ティンパニ・コントラバス・ビオラ・チェロ・トロンボーンが重々しい。十字架を負うイエスの姿が悲劇的。バイオリンが感傷的に優しくも悲しい音を奏でる。トランペットやホルンが少しづつ前面に出、痛々しさやイエスを慕う人々の突き上げる激情を表しドラマティックである。水の場面はハープ。
  • ゴルゴタの丘 ●ベン・ハーの各テーマ曲が複数次々と奏でられるが登場人物の心情とうまくリンクした流れになっているので項目に挙げた。重々しい。
  • 奇蹟 ●明るさと希望や喜びの混じったキリストのテーマが主として使われており、壮大な盛り上がりになっている。編曲あるいは変奏曲である。
  • フィナーレ ●ベン・ハーのテーマ・キリストのテーマ・友情・愛のテーマ・キリストのテーマ・愛のテーマ・母の愛・コーラス~愛のテーマ。特にキリストのテーマと愛のテーマの交差が多い。
  • hallelujah chorus ●ハレルヤの言葉通りキリストの賛美で終わる曲。素地となっているメロディはキリストのテーマである。

「奇蹟」はキリストのテーマが主軸・「フィナーレ」はストーリー全体の総括・「ハレルヤコーラス」はキリストのテーマが主軸である。音楽の側面から見るとやはり「ベン・ハー」は内に秘めた本当の主題「キリストの物語~A Tale of the Christ~」なのだという事が見えてくる。

日本語吹替版編集

長年チャールトン・ヘストンの吹き替えを務めてきた納谷悟朗は、ラジオ番組『癒されBar若本シーズンZwei』に出演時、吹き替えのキャリアにおいてベン・ハーを思い入れの深い作品の一つとして挙げている。番組のパーソナリティーである若本規夫も当時、「傭兵1」としてほんの一瞬出演していたと語っており(フジテレビ版なのかテレビ朝日版なのかは不明)、若本も納谷も揃って「ベン・ハーを今の声優で吹き替えるにしても最近の声優ではアニメチックになる可能性が高く、自分たちの世代の役者じゃないとベン・ハーの吹き替えは出来ない」と語っている。

納谷悟朗と羽佐間道夫が共に務めているフジテレビ版とテレビ朝日版ではカットされている箇所が異なっている。フジテレビ版には後半のベン・ハーが死の谷で母と妹を探すシーンやピラトにアリウスからの指輪を返すシーン、ユダヤ人への差別的な発言が多い台詞はカットされているが、テレビ朝日版には存在する。

日本テレビ旧版は企画段階で、チャールトン・ヘストンの声には納谷悟朗以外の役者を起用するように、という要請が出ていたため、演出の壺井正と水曜ロードショーの番組プロデューサーが相談した結果、石田太郎をヘストンの吹替に起用する事となった。石田はこのキャスティングを不思議に思っており、後日、壺井と再会した際に「どうしてあの時、自分を『ベン・ハー』で起用したんだ?」と話したという。[6]

テレビ東京版は2013年4月5日にBSジャパンの「シネマクラッシュ 金曜名画座」でノーカット放映された際、初回放送時にカットされた箇所が同一声優で追加録音された。その際、ピラト役の佐古正人とバルサザー役の小林勝彦は既に他界していたため、この2人の追加録音部分はそれぞれ世古陽丸と小島敏彦が担当した。この追加録音版はWOWOWでは2014年2月2日、BS-TBSでは2015年6月13・14日の2夜連続で「完全版」と銘打って放送された。

2017年1月25日発売[7]の「吹替の力」シリーズ『ベン・ハー 日本語吹替音声追加収録版 ブルーレイ』にはフジテレビ版と、従来ソフト収録されているテレビ東京版に追加録音したBSジャパン版が収録された。

DVDおよびBlu-ray(若しくはそれを活用したTV放送)の日本語吹替版では、サウンドトラックの音楽でところどころオリジナルに被さるように別曲を差し替えている。 例1:前奏曲直後、中東地域の地図を示してローマ支配を説明するオープニングのナレーター(バルサザール役のフィンレイ・カリー)のバックで流れる曲。 例2:磔刑のシーンでベン・ハーとバルサザールが木の幹の側で話すシーンの音楽など。例3:ラストシーンでベン・ハーがエスターにキリストの言葉を伝え「憎しみが消えた」と告げるときに流れている音楽、ほか多数の箇所に散見される。元がTV版の吹替であるため、日本語音声の録音のためサウンドトラックを消去せざるを得なかった可能性もある。またTV放映に合わせて映画短縮の為カットシーンが多々あり、それにともなって番組CMが挿入される部分やつなぎとの整合性をカムフラージュするために生成されたサウンドトラックの音響編集の可能性もある。

キャスト編集

役名 俳優 日本語吹替
フジテレビ 日本テレビ旧版 テレビ朝日 日本テレビ新版 テレビ東京
(追加録音版)
ジュダ・ベン・ハー チャールトン・ヘストン 納谷悟朗 石田太郎 納谷悟朗 玄田哲章 磯部勉
メッサラ スティーヴン・ボイド 羽佐間道夫 佐々木功 羽佐間道夫 大塚芳忠 山路和弘
クインタス・アリウス ジャック・ホーキンス 島宇志夫 内田稔 鈴木瑞穂 渡部猛 稲垣隆史
エスター ハイヤ・ハラリート 鈴木弘子 吉野佳子 武藤礼子 松岡洋子 日野由利加
族長イルデリム ヒュー・グリフィス 相模太郎 立壁和也 内海賢二
ミリアム マーサ・スコット 寺島信子 中西妙子 谷育子 吉野佳子
ティルザ キャシー・オドネル 塚原恵美子 小山茉美 勝生真沙子 幸田夏穂
ポンティウス・ピラトゥス フランク・スリング 小林清志 家弓家正 小林修 佐古正人
世古陽丸
サイモニデス サム・ジャッフェ 松村彦次郎 矢田稔 宮内幸平 大木民夫
バルサザール フィンレイ・カリー 宮川洋一 金内喜久夫 北川米彦 小林勝彦
小島敏彦
ドルーサス テレンス・ロングドン 富山敬 幹本雄之 諸角憲一
セクスタス アンドレ・モレル 大木民夫 石井敏郎 廣田行生
皇帝ティベリウス ジョージ・レルフ 高島忠夫[8] 仲木隆司 内田稔
フレビア マリナ・ベルティ
ローマ人 ジュリアーノ・ジェンマ
イエス・キリスト クロード・ヒーター
ナレーション フィンレイ・カリー 小林清志 矢島正明 小林修
配役不明 - 北村弘一 寺田誠
飯塚昭三
村松康雄
石井敏郎
北村弘一
増岡弘
山田礼子
上田敏也
幹本雄之
石森達幸
梶哲也
沢木郁也
斉藤茂
大山高男
山口健
広瀬正志
鈴木れい子
斎藤志郎
水野龍司
大滝寛
清水敏孝
すずき紀子
安井邦彦
楠見尚己
演出 - 春日正伸 壺井正 山田悦司 左近允洋 佐藤敏夫
翻訳 岡枝慎二(字幕) 飯嶋永昭 進藤光太 額田やえ子 たかしまちせこ
調整 - 山田太平 飯塚秀保 山田太平
効果 - 東上別符精
P.A.G
スリーサウンド リレーション
プロデューサー - 奥田誠治
制作担当 - 中島孝三 吉田啓介
制作 - 日米通信社 グロービジョン ムービー・テレビジョン[9]
解説 - 高島忠夫 水野晴郎 淀川長治 水野晴郎 木村奈保子
初回放送 - 1974年4月5日12日
21:00-22:55
ゴールデン洋画劇場
(約190分)
1979年4月25日5月2日
水曜ロードショー
1981年5月10日17日
日曜洋画劇場
1990年6月15日22日
金曜ロードショー
(約178分)
2000年3月30日4月6日
21:02-22:54
木曜洋画劇場
(約189分)
追加録音版
2013年4月5日
『シネマクラッシュ 金曜名画座』

脚本のクレジット問題編集

脚本のクレジットは映画ではカール・タンバーグ1人になっているが、実は彼とクリストファー・フライ、ゴア・ヴィダルマクスウェル・アンダーソン、S・N・バーマンの5人で執筆したものである。ヴィダルはMGMが契約を2年残して彼を自由にするという条件で、フライと共に脚本を再執筆することに合意したのだが、プロデューサーのサム・ジンバリストが死去したことで、クレジットの問題が複雑化してしまう。そこで全米脚本家組合は『ベン・ハー』の脚本のクレジットをタンバーグのみとし、ヴィダルとフライの両名をクレジットしないことで問題を解決した。

これについて、『ベン・ハー』の主演俳優チャールトン・ヘストンは、ヴィダルが執筆したと主張する(注意深く慎重に隠された)同性愛の場面に満足せず、ヴィダルが脚本に大きく関与したことを否定した[10]。しかし、『映画秘宝』が2011年にヴィダルに行ったインタビューによれば、ヴィダルは脚本を盗まれてコピーされ、ノンクレジットにされたため、裁判沙汰に持ち込んだと主張している[11]

逸話編集

 
『アダムの創造』
  • タイトルでミケランジェロフレスコ画アダムの創造』が効果的に使用されている。旧約聖書の創世記に記された人間の始祖の起源を描いた絵。上空は神、下方は人類の始祖アダム。神がアダムに命を授けている場面である。映画はロングショットからズームインをしながらこの絵画をバックにクレジットを表示する。映画の趣旨との関連性については聖書の物語が基盤にあるという暗示、もしくは人間は神とのつながりや契約を以て存在するというユダヤ教~キリスト教の教義の表現である。
  • チャールトン・ヘストン主演の本作は1925年ラモン・ノヴァロ主演作に比べ宗教色を抑えて制作されている。ワイラー監督を含めた制作側スタッフの脚本選定と検討作業の中で、より広い観客層に受け入れられるようにする為、「家族愛」を物語の中心に据え宗教は背景とするに留めた。特にキリストの奇跡に関しては1925年作品ではキリストが直接母と妹に対面して病を治すのに対し、本作では落雷と大雨の中のキリストの映像と、母と妹の避難した洞穴の映像が繰り返し交互に編集されていて、奇跡かそうでないかは観客の主観に委ねる手法がとられている。キリストの通った道に這いつくばりキスするシーンもカット。ジュダ・ベン・ハーが散歩途中に何回か出会うシーンもカット。
  • 砂漠の行進後、罪人たちがナザレ村で休憩するシーンがある。水を飲む罪人たちの中でベン・ハーだけが一人の百卒隊長からの虐待を受け絶命寸前となる。そこにキリストが百卒隊長の制止を聞かずベン・ハーに水を与えるが、百卒隊長は水を与えるキリストの行為をやめさせようと乱暴に近づく。しかしキリストが真っ向から百卒隊長を見つめ立ち上がり動じない姿を見て百卒隊長は凍り付いたように動かなくなる。キリストに目を合わせにくくなった百卒隊長は何度も躊躇し振り向いてキリストの顔を窺うが、結局何も言えない。★このシーンは大変有名である。この役者の選出では当初採用担当者の面接で不合格だった(彼がギャラを吊り上げてきたから)。しかしワイラー自身は彼を呼び戻して百卒隊長役に抜擢した。撮影後「彼を使ったのは正解だった」と述べたという。無名俳優でありながら、今も語り草になるほど彼の演技の評価は高い。彼の目の動きや表情を通じてキリストの顔を見た感覚になる観客は多かったという。
  • 大工ヨセフの作業場に入る友人の老人が入り口近くで傍らにある札のようなものに触れて指に口づけするシーンがある。同様に、ジュダ・ベン・ハーの邸宅の入り口にも埋め込み式で縦長の筒のようなものに同じ動作で触れてから屋敷に入る。あれは護符=メズザメズーサまたはメズーサーメズーザ―)である。古くは旧約聖書の出エジプト記の過ぎ越しの儀式で羊の地を門柱に塗り付けて悪運を寄せ付けない(エジプト人に下す目的の神の怒りと罰をへブル人【ユダヤ人】が避ける)ための行為であったが、伝承により形を変えて紀元1世紀の時代にも受け継がれていた行為である。一番印象的なのは、アリウスのもとを離れ、イルデリムの歓待も遠慮して母と妹に会いたいためにジュダ・ベン・ハーがいち早く邸宅に帰ってくるときのシーンである。邸宅の門のメズサに触れた指を口に当てるだけの習わしなのに、ジュダ・ベン・ハーは変わり果てた我が家への積年の切ない思いを届けるように門へ倒れかかり、メズザに頬をすり寄せてキスをする。心に響き共感を得る名シーンである。
  • ベン・ハーの母親と妹が患う病について、日本語字幕の表記は現在「業病」、吹き替えでは「疫病」であるが、日本初公開当時から十数年近くにわたり、字幕に関しては「癩病」と表記されていた。英語で同義語Leper(癩病患者の意)は国連総会本会議では「差別用語」にあたるとして排除勧告されている病名である。日本でも近年らい予防法違憲国家賠償訴訟において国策の誤りとして国民への人権擁護意識を促す判決が確定し、原告患者へ国家賠償が成立している。感染力は非常に低く、触れただけでは病はうつらないという。映画ではエスターとジュダ・ベン・ハーがミリアムとティルザに愛情深く寄り添っている。石を投げた人々は当時の人々の業病についての認識がどの程度だったのかの示唆。詳しくは「ハンセン病」参照の事。
  • Who are they?」=そいつらは誰だ?(そいつの名は?)と密告を迫られると、ベン・ハーは唖然とし口論となる。そしてメッサラは「ローマ皇帝こそ神だ」と崇め叫びながら空中を指さし「not that」=あれじゃ無い!と吐き捨てる。あれ=ユダヤ教の唯一絶対神ヤハウェ(ヤーウェ・エホバ)である。これは親友の信仰を蔑んでいる証で、後のストーリー展開の暗示である。
  • 約8分間の戦車競走の2~10秒ショットごとの場面編集で競技場に落ちる太陽光の影の角度が一定ではない。(ベン・ハーがイエスと初めて会うナザレ村のシーンも同様。)レースの撮影では競技場のコースを一周させず、片方の直線コースから一つ目のコーナーまでを使用している。
  • カエサル(シーザー。当時の古代ローマ皇帝の敬称・称号・代名詞として使われた。この映画の時代ではティベリウスを指している。)に対してのローマ式敬礼(後世、ナチス式敬礼として利用)が描かれたが史実に基づいた演出である。戦車競走が開始される直前にユダヤ総督ピラトが敬礼と共に「ヘイル、シーザー!(ハイル・シーザー)」と宣言するシーンも見られる。
  • 本作の二輪戦車の疾走するレースシーンの演出は第二班監督のアンドリュー・マートンと同じく第二班監督で、ウェスタンの名作『駅馬車』のスタントで名を馳せた元スタントマンのヤキマ・カヌートが担当、ワイラーは総合監督の立場で、受賞の際のスピーチも「オスカーが増えてうれしい」という短いものだった。
  • ヤキマ・カヌートの息子ジョー・カヌートは、父親の演出と指導に従いスタントマンとして戦車競走シーンに出演している。いくつかのコーナーを曲がるシーンと戦車が障害物を越えてベン・ハーが放り出される危険シーンでは、命がけのスタントを見せた。しかしこれはジョーが護身のベルトをつけ忘れたことによるミス。編集ではジョーの戦車の跳ね上がり・落下と、ヘストンが片足をかけて戦車に這い上がるシーンをつなげ、本当にヘストンが放り出されたように見える映像効果を実現している。本番前、父親のカヌートはベルトを締めるように忠告したあと、不安ながら息子の演技を見守ったが、落下事故になり当然ながら肝を冷やした。なおジョーは轢かれず戦車の真下をくぐれたのであごの傷一つで済んだ。
  • ジョー・カヌートが戦車の御者としてヘストンの代役を務めているのが分かるシーンがある。ロングショットなので判別しにくいが、散乱した戦車の残骸を飛び越える寸前、カメラは彼の真横を映しているが、まとまりあるヘストンの髪型と違って、彼の後ろ髪は少し長めになびいているのが分かる。
  • ジュダ・ベン・ハーが駆った戦車の白馬四頭(アルタイル・アルデバラン・リゲル・アンタレス)は4組が調教された(全16頭)。戦車競走は本番だけでなく俳優やスタントマンの練習でも走らせなけらばならなかったため労わる必要があった。また16頭は場面ごとに出演目的を分け、イルデリムの幕舎の馬、練習用の馬、撮影用の馬というように役割を分担させた。
  • 戦車競走の序盤、グリーンの戦闘衣装を着たコリント代表の御者がメッサラの卑劣な攻撃により戦車から落下する。その後態勢を戻そうとする瞬間、瞬く間に後続の戦車に正面から激突されて轢かれ、体幹ごと身体をへし折られて即死する残酷シーンがある。もちろんダミー人形を使っているが、編集技術により、実際の人身事故のように見える。一方制作過程の競走シーンの撮影では戦車がMGMCamera65に突っ込み大破させてしまう事故もあった。
  • 戦車競走が終了した後に歓喜した観衆がベン・ハーの戦車の元へとアリーナからコースに多人数なだれ込むが、あれは担当撮影監督の演出ではない。実はイタリア人エキストラの突発的行為である。敗れたメッサラの兜を拾い上げて高く掲げるエキストラの演技もアドリブである。
  • 本編中に3カ所コマ落ちが見られる。1.ナザレ村で大工のヨセフ(イエスの父)の言動に呆れた友人が立ち去るシーン。2.ガレー船の指揮官室で会話するアリウスとベン・ハーのシーン。3.アリウスとの養子縁組発表の宴の場で階段を下りる召使い(給仕)の歩行シーン。但し2のアリアスとのシーンはセリフを省略するため意図的に大きくコマをカットしているので「コマ落ち」と言うより「編集」が適しているとも言える。
  • 水を与えられたベンハーを見送るイエスの袖や肩にMGMCamera65の影が入っている。また戦車競走シーンで第一カメラで撮影中、おなじく別箇所で撮影中の第二カメラが入り込んでいる。その後修正を試みはじめ編集で6コマをカットして入り込んだカメラの像を省く作業をしたが、映像が飛び過ぎて見栄えが良くなかったのでそのままにした。
  • マケドニアの海賊との戦闘シーンで突撃を受けたベン・ハーのガレー船の奴隷たちが怪我をしながら次々脱出するが、本当に手首(足首)がないエキストラが出演している。一方マケドニアのガレー船の攻撃用先端突起部が、ベン・ハーの船の船腹横を突き破るとき、漕ぎ手を巻き込んで破壊されるが、突撃による罪人の負傷者は全てダミーである。
  • イエスの裁判のときに、盆に入った水で手を洗う総督ピラトの向こう側にイエスが立つ。だが顔に影が落とされ顔がはっきり見えない。同じ方向を向く他の罪人の顔は見えている。
  • ベン・ハー役はポール・ニューマン、マーロン・ブランド、バート・ランカスター、カーク・ダグラス、ロック・ハドソンなどにオファーされたが、諸事情からヘストンに役が回ってきた。ニューマンは「スクリーンに堪えうる下半身じゃない」という理由で出演を断った。
  • ローマ艦隊総司令官アリウス役のジャック・ホーキンスは、撮影途中、声帯のガンで部位を切除手術していたので声が出せなかった。代わりに他の何人かの俳優の吹き換えで演技を続けた。
  • ハイヤ・ハラリートは徴兵制によるイスラエル軍兵士出身で射撃の経験がある。本作品の出演後インターン(1963年)やアトランタイド(1965年)などの作品に出演。その後イギリス人監督ジャック・クレイトン(「華麗なるギャツビー」監督)と結婚。俳優業は引退した。2020年時点も健在で御年89歳。俳優を早期引退した理由は諸説あるが、ベン・ハー特別版DVDにあるヘストン氏の音声解説によると、ワイラー監督との仕事で完璧な演技を求められることの精神的プレッシャーもあったのだろうと述べている。
  • バルサザール役のフィンレイ・カリーは年長者のベテラン俳優だったため、ワイラー監督の完璧を目指す演出・指導があっても自分の演技を変える事がなかった。そのたびにワイラーは注文を付けたが、全く変わらなかった。カリーにこだわりや悪気はなく御年80代で演技に限界があったのだろうという制作秘話もある。
  • 当時ほぼ無名だったアイルランド出身でメッサラ役のスティーブン・ボイドは、本作出演後に1962年ミュージカル「ジャンボ」にも出演し、美声とダンスを披露している。悪役メッサラとのギャップが感じられる点で特異な作品であり、彼の多彩な才能が垣間見られる。その他「オスカー」「ローマ帝国の滅亡」「天地創造(ニムロデ役)」「ミクロの決死圏」等に出演した。
  • テレビ放映を前提に画面両端がスタンダードサイズにトリミングされていた80年代以前は問題にならなかったが、90年代に入りソフト化(主としてレーザーディスク)がノートリミングで行われるようになると、幅のある65mmカラーフィルムオリジナルネガの経年劣化が第一にある上、ニュープリント現像の技術的問題で画面端が褐色に変色する状態が顕在化。その後フィルムの損傷や劣化は公開50年を記念した2009年のブルーレイ化の際にデジタル修復(4K解像度)によって改善されている。
  • オリジナルサウンドトラック盤は、本編の音源と異なるカルロ・サヴィーナ指揮によるローマ交響楽団の演奏が長年公式盤とされ、作曲者のミクロス・ローザも数回再録音を行ったが、1996年にミクロス・ローザ自身の指揮による本編の音楽と未採用音源が収録された2枚組CDセットが、当時MGM作品の配給を行っていたTurnerから発売された。同音源から選曲によりCD1枚に集約された日本語版も1999年に発売。2017年10月20日にリリースされたニック・レイン指揮、プラハ・シティフィルハーモニックオーケストラ&コーラス演奏版は、最新のオリジナルサウンドトラック盤である。

脚注編集

  1. ^ a b Ben-Hur (1959)” (英語). Box Office Mojo. 2011年6月2日閲覧。
  2. ^ キネマ旬報.1965年8月下旬号
  3. ^ 「映画を知るための教科書 1912~1979」132~133P参照 斉藤守彦 著 洋泉社 2016年3月発行
  4. ^ ヘラルドポニーレーザーディスク1989年発売)の解説文より。この解説文を書いた日野康一は当時MGM東京支社の宣伝担当だった。
  5. ^ このため、英語版のウィキペディアおよびウィキメディアコモンズには高解像度のスクリーンショットがある。また、英語版ウィキクォートには台詞の抜粋が収録されている。関連項目を参照。
  6. ^ 『刑事コロンボ 完全捜査ブック』228P 宝島社
  7. ^ 当初は2016年12月21日に発売を予定していたが、制作の都合により、発売日を延期する事になった。
  8. ^ 吹替の力 ベン・ハー”. 2016年10月21日閲覧。
  9. ^ 追録版は現名義の「ブロードメディア・スタジオ」でクレジットされている。
  10. ^ GORE VIDAL IN HIS OWN WORDS "OUR GREATEST LIVING MAN OF LETTERS."”. Beliefnet. 2001年11月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年1月12日閲覧。
  11. ^ 『映画秘宝』ゴア・ヴィダルインタビュー”. Homage to Gore Vidal ゴア・ヴィダルを讃えて. 2016年1月12日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集