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ベーブラ - フルダ線 (ドイツ語: Bahnstrecke Bebra-Fulda) は複線化・電化されたヘッセン州の幹線鉄道路線である。この路線はベーブラ - ハーナウ鉄道の一部として建設され、ドイツの統一以後フランクフルト - ベーブラ線に統合された。ドイツ分断時代にこの路線は西ドイツの南北線の一部としてドイツ連邦鉄道の一番重要な路線中の一つだった。

基本情報
現況 営業中
ドイツ
所在地 ヘッセン州
起点 ベーブラ駅
終点 フルダ駅
駅数 7駅
路線記号 3600
路線番号 610
開業 1866年1月22日
全通 1866年10月1日
所有者 ドイツ鉄道
運営者 ドイツ鉄道、カントゥス鉄道
使用車両 「運行形態」参考
路線諸元
路線距離 56.0 km
軌間 1435 mm (標準軌)
線路数 2
複線区間 全区間
電化区間 全区間
電化方式 15 kV 16.7 Hz (交流)
架空電車線方式
最高速度 160 km/h
線路等級 D4
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目次

沿線概況編集

Bebra–Fulda
 
ゲーティンゲン - ベーブラ線
 
ベーブラ - バウナタール・グンタースハウゼン線
 
166.6 ベーブラ
 
ハレ - ベーブラ線 ゲルストゥンゲン方面
 
ベーブラ操車場
 
Bebra Lämmerberg (Abzw)
 
ベルリン連結線 ゲルストゥンゲン方面
 
Bebra Ost (Abzw) nach Bebra Rbf Berg
 
Blankenheim (Abzw)
 
von Bebra Rbf Berg
 
Blankenheim (Abzw)
 
フルダ川
 
Blankenheim (Abzw)
 
160.1 メクラー
 
156.8 フリードロス
 
旧ヘルスフェルト環状線
 
153.2 バート・ヘルスフェルト
 
クニュルヴァルト線 ニーダーラウラ方面
 
フルダ川
 
アウトバーン4号
 
148.0 オーバーハウン
 
140.1 ハウネタール・ノイキルヒェン
 
踏切 L 3471
 
Tarifgrenze NVV/RMV
 
ブルクハウントンネル (236 m)
 
131.2 ブルクハウントンネル (ヒュンフェルト郡)
 
旧ヒュンフェルト - ヴェニゲンタフト=マンスバッハ線
 
127.1 ヒュンフェルト
 
120.3 マルバッハ (フルダ郡)
 
117.2 シュタイナウ (フルダ郡)
 
旧ゴェツェンホーフ - ヴュステンザクセン線
 
アウトバーン7号
 
115.2 ゴェツェンホーフ
 
ハノーファー-ヴュルツブルク高速線 カッセル方面
 
Fulda SFS Nord (Abzw)
 
Vogelsbergbahn von Alsfeld
 
110.6 フルダ
 
108.2 フルダ貨物駅
 
Bahnstrecke Fulda–Gersfeld
 
ハノーファー-ヴュルツブルク高速線 ヴュルツブルク方面
 
キンツィヒ谷線 ハーナウ方面

ベーブラ - フルダ線はベーブラ駅からフルダ川に沿って、すぐベルリン連結線(Berliner Kurve)と合流する。バート・ヘルスフェルト駅からクニュルヴァルト線が分岐し、この路線はハウネ川辺に方向を転換して続く。フルダまでの経路で列車は50 m垂直距離の傾斜とブルクハウントンネルを通過している[1]。ハノーファー - ヴュルツブルク高速線とヴォーゲルスベルク線はこの路線に合流すると、列車はフルダ駅に到着する。

この路線にはいくつかの踏切が残って、高架道路などに起き変われる予定である。その理由には頻繁な車両通行に因る長い待機時間だけではなく、フルダ川上の橋梁改築もある。

歴史編集

ベーブラ - ハーナウ鉄道の建設作業は、ヘッセン選帝侯領の憲法委員会 (Kurhessische Ständeversammlung) は関連法案を公布したあと[2]、1863年から可能となった。ベーブラは既にフリードリヒ・ヴィヘルムス北部鉄道でカッセルと結ばれていた。ベーブラからハーナウまでの鉄道敷設計画は進み、プロイセン時代の初期までベーブラ - ハーナウ鉄道と名つけられた。建設当時にはフルダ川辺はヘッセン大公国に属したため、経路はヘッセン選帝侯領から外れないように選定された。そのため経路は曲線が多い形をもつ事になった。ベーブラ - ヘルスフェルト間は1866年1月22日開通された。ヘッセン選帝侯とプロイセンの併合以後、ベーブラ - バーナウ鉄道は1866年10月フルダまで開通された。

1868年12月にベーブラ - バーナウ鉄道はハーナウまで全通され、フランクフルト行き列車はフランクフルト - ハーナウ線とフランクフルト連結線の経由し西駅まで運行された。1914年ベーブラ南側にベルリン連結線は開通され、フランクフルト発ライプツィヒ及びベルリン行きの列車はベーブラで停車せず進むことが可能だった。

第2次世界大戦前にこの路線はフラクフルト(マイン)- ライプツィヒ区間の運送で重要な地位を持ったが、ドイツの分断のため東西線ではその地位を失った。ベルリン連結線の廃止でベルリン行きの列車はこの路線を経由して、ベーブラ駅で機関車と運行方向が変わらねばならなかった。しかしフランクフルト - ハノーファー区間には輸送量は著しく増加して、この路線もドイツ連邦鉄道として重要な南北線の一部になった。この路線は1963年電化された。

1989年ドイツ内境界の崩壊と1991年ハノーファー - ヴュルツブルク高速線の開通で状況は変わった。ハノーファー行き列車はフルダ駅から高速線を経由することになった。エアフルト - フランクフルト区間にIC列車は1992年から120分間隔で、2000年からはICE列車が120分間隔で運行されることになった。2006年12月私設鉄道のカントゥス鉄道は地域輸送の部門を引き受けた。

運行形態編集

この路線に下記の系統が運行されている。ベーブラ - ハウネタール・ノイキルヒェン区間は北ヘッセン運輸連合(Nordhessische Verkehrsverbund、NVV)の領域に属する[3]。ブルクハウン - フルダ間はライン=マイン運輸連合(Rhein-Main Vehrkehrsverbund、RMV)の管轄下にある[4]。貨物輸送の部門にはこの路線は相変わらず南北軸の主要経路で、輸送量も多い。

  • ICE50: ドレスデン - リーザ - ライプツィヒ - エアフルト - ゴータ - アイゼナッハ - バート・ヘルスフェルト - フルダ - フランクフルト (マイン) - フランクフルト空港 - マインツ - ヴィースバーデン。120分間隔。
  • 普通 (RB R5) : カントゥス鉄道所属。カッセル - カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ - メルズンゲン - ベーブラ - バート・ヘルスフェルト - ヒューンフェルト- フルダ。60分間隔。使用車両はFLIRT。

参考文献編集

  • Eisenbahn in Hessen. Kulturdenkmäler in Hessen. Denkmaltopographie Bundesrepublik Deutschland, hrsg. vom Landesamt für Denkmalpflege Hessen, Theiss Verlag Stuttgart, 2005, 3 Bände im Schuber, 1.448 S., ISBN 3-8062-1917-6, Bd. 2.1, S. 309ff (Strecke 019). (ドイツ語)
  • Lutz Münzer: Zur Entwicklung der Bebra-Frankfurter Eisenbahn zwischen 1866 und 1880 - von den Anfängen einer hochrangigen Fernbahn. In: Fuldaer Geschichtsblätter 2006, S. 139-177. (ドイツ語)

脚注編集

  1. ^ Wolfgang Klee: Nord-Süd. Eine Hauptstrecke im Wandel der Zeit, Motorbuch Verlag Stuttgart 1990, Kapitel Bebra–Elm, Seite 65ff
  2. ^ Beschluss des Kurhessischen Landtages v. 19. März 1863. In: Kurhessischer Landtagsabschied v. 31. Oktober 1863. Nachweis: Die deutschen Eisenbahnstrecken in ihrer Entwicklung 1835–1935. Berlin 1935 = Handbuch der deutschen Eisenbahnstrecken. ND Mainz 1984, S. 62f (Nr. 2).
  3. ^ NVVの鉄道路線 NVVの資料
  4. ^ RMVの鉄道路線 RMVの資料

外部リンク編集