ペトラ・マンデュラ

この項目では、印欧語族風に、名前を名姓順で表記していますが、ハンガリー語圏の慣習に従いマンドゥラ・ペトラと表記することもあります。

ペトラ・マンデュラPetra Mandula, 1978年1月17日 - )は、ハンガリーブダペスト出身の女子プロテニス選手。WTAツアーでシングルスの優勝はないが、ダブルスで7勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス30位、ダブルス13位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

ペトラ・マンデュラ
Petra Mandula
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基本情報
国籍  ハンガリー
出身地 同・ブダペスト
生年月日 (1978-01-17) 1978年1月17日(43歳)
身長 178cm
体重 66kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1993年
引退年 2005年
ツアー通算 7勝
シングルス 0勝
ダブルス 7勝
生涯通算成績 457勝293敗
シングルス 284勝189敗
ダブルス 173勝104敗
生涯獲得賞金 $991,024
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(2004)
全仏 ベスト8(2001)
全英 2回戦(2001・03)
全米 2回戦(2002・03)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 ベスト4(2003)
全仏 ベスト8(2002)
全英 ベスト8(2003)
全米 3回戦(2003)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 30位(2004年5月17日)
ダブルス 13位(2003年5月5日)

来歴編集

1993年にプロ入りし、1994年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップハンガリー代表選手になる。マンデュラは女子テニスツアー下部組織の大会での下積み生活が長く、1998年全米オープン4大大会の予選会に初挑戦したが、しばらく予選敗退が続いた。2000年全豪オープンで4大大会本戦にデビュー。同年のシドニー五輪で、オリンピックのハンガリー代表選手として初出場を果たす。女子シングルスでは1回戦でスペイン代表コンチタ・マルティネスに完敗したが、カタリン・マロシとのダブルスで準々決勝に進出した。2001年全仏オープンで、マンデュラは4大大会シングルスの自己最高成績を出し、ベスト8まで勝ち進んだ。予選から勝ち上がったマンデュラは、本戦1回戦で日本杉山愛を破り、3回戦で第15シードのエレナ・ドキッチ(当時セルビア・モンテネグロ国籍)を破って勝ち進み、準々決勝でベルギーキム・クライシュテルスに 1-6, 3-6 で完敗した。

マンデュラはシングルスよりもダブルスで好成績の多いタイプの選手で、最も頻繁にパートナーを組んだ選手はオーストリアパトリシア・ワーツシュであった。彼女がWTAツアー大会で獲得したダブルス「7勝」のうち、5勝がワーツシュとのペアで獲得したものである。マンデュラとワーツシュは、2002年日本の「トヨタ・プリンセス・カップ」でダブルス準優勝もあった。この決勝戦で、2人はアランチャ・サンチェス・ビカリオ&スベトラーナ・クズネツォワ組に 2-6, 4-6 で敗れた。トヨタ・プリンセス・カップは、この2002年大会を最後に開催中止となり、マンデュラとワーツシュは“最後のダブルス準優勝ペア”になった。

2004年、マンデュラは全豪オープンで自己最高の3回戦に進出し、アテネ五輪で2度目のオリンピックにも出場した。全豪オープン3回戦では、ハンガリーの同僚選手アニコ・カプロスに 6-3, 3-6, 10-12 で競り負けている。オリンピックでは、単複とも1回戦で敗退した。2004年5月、マンデュラはシングルスで自己最高位の「30位」をマークした。しかし、2005年から慢性の背筋痛に悩まされ、同年の全仏オープン1回戦敗退が最後の試合出場になった。マンデュラは2004年までフェドカップのハンガリー代表選手を務め、通算勝利数でチーム歴代1位記録となる「28勝8敗」の成績を残し、当地の往年の名選手アンドレア・テメシュバリの「27勝20敗」を上回った。

WTAツアー決勝進出結果編集

ダブルス: 11回 (7勝4敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2000年2月13日   ボゴタ クレー   リタ・クチ=キス   ラウラ・モンタルボ
  パオラ・スアレス
4–6, 2–6
準優勝 2. 2000年10月29日   ブラチスラヴァ ハード (室内)   パトリシア・ワーツシュ   カリナ・ハブスドバ
  ダニエラ・ハンチュコバ
不戦敗
優勝 1. 2001年6月17日   タシケント ハード   パトリシア・ワーツシュ   タチアナ・ペレビニス
  タチアナ・ポウチェク
6–1, 6–4
優勝 2. 2002年6月16日   ウィーン クレー   パトリシア・ワーツシュ   バルバラ・シュワルツ
  ヤスミン・ヴェール
6–2, 6–4
優勝 3. 2002年7月14日   カサブランカ クレー   パトリシア・ワーツシュ   ヒセラ・ドゥルコ
  コンチタ・マルティネス・グラナドス
6–2, 6–1
準優勝 3. 2002年9月22日   東京 ハード   パトリシア・ワーツシュ   スベトラーナ・クズネツォワ
  アランチャ・サンチェス・ビカリオ
2–6, 4–6
準優勝 4. 2003年2月2日   アカプルコ クレー   パトリシア・ワーツシュ   エミリー・ロワ
  アサ・スベンソン
3–6, 1–6
優勝 4. 2003年4月13日   エストリル クレー   パトリシア・ワーツシュ   マレット・アニ
  エマニュエレ・ガグリアルディ
6–7(3), 7–6(3), 6–2
優勝 5. 2003年4月20日   ブダペスト クレー   エレナ・タタルコワ   コンチタ・マルティネス・グラナドス
  タチアナ・ペレビニス
6–3, 6–1
優勝 6. 2003年5月4日   ボル クレー   パトリシア・ワーツシュ   エマニュエレ・ガグリアルディ
  パティ・シュナイダー
6–3, 6–2
優勝 7. 2004年5月2日   ブダペスト クレー   バルバラ・シェット   ヴィラーグ・ネーメト
  アグネシュ・サバイ
6–3, 6–2

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A P WG Z# PO G S SF-B NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, P=開催延期
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, SF-B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 通算成績
全豪オープン LQ A LQ 1R LQ 2R 2R 3R 2R 5–5
全仏オープン A A LQ 2R QF 1R 4R 2R 1R 9–6
ウィンブルドン A A A 1R 2R 1R 2R 1R A 2–5
全米オープン A LQ LQ 1R 1R 2R 2R 1R A 2–5

外部リンク編集