ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス

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ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」(英語: While My Guitar Gently Weeps)は、ビートルズの楽曲である。1968年に発売されたオリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』に収録された楽曲。作詞作曲はジョージ・ハリスンで、歌詞はビートルズのメンバー内で生じた不和についての言及とされている。本作のリードギターはハリスンの友人であるエリック・クラプトンが演奏しており、雰囲気の悪さを緩和する役割も果たしたが、クレジットには表記されていない[5]

ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
ビートルズ楽曲
収録アルバム ザ・ビートルズ
英語名 While My Guitar Gently Weeps
リリース 1968年11月22日 (1968-11-22)
録音
ジャンル
時間 4分44秒
レーベル アップル・レコード
作詞者 ジョージ・ハリスン
作曲者 ジョージ・ハリスン
プロデュース ジョージ・マーティン

ビートルズ シングル 日本 年表
ザ・ビートルズ 収録曲
ザ・コンティニューイング・ストーリー・オブ・バンガロー・ビル
(A-6)
ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス
(A-7)
ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン
(A-8)
ミュージックビデオ
「While My Guitar Gently Weeps」 - YouTube
音源

ハリスンは、中国の易経の書籍に触発されて本作を書いた。1968年7月にアコースティック・ギターハーモニウムを主体としたデモ音源を録音され8月から9月にかけてバンド形態でのレコーディングを行った。1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』には前述のデモ音源が収録され、2006年に発売されたシルク・ドゥ・ソレイユのショーのサウンドトラック盤『LOVE』には前述のデモにジョージ・マーティンがアレンジしたストリングスがオーバー・ダビングされた音源が収録された。

イギリスやアメリカではシングル・カットされていないが、日本、ヨーロッパ、オーストラリアではシングル『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』のB面曲としてシングル・カットされた。リリース後、音楽評論家から称賛を受け、「サムシング」や「ヒア・カムズ・ザ・サン」と並んでハリスンの代表曲のひとつとされ、解散後のソロライブの定番曲となった。「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」では136位にランクインした。

背景編集

ハリスンは、イングランド北部のウォーリントンにある母親の家で、「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を書いた。本作は中国の易経の書籍に触発されて書かれており、ハリスンは「僕は易経の写しを持っていた。中国にはすべてが必然であり、偶然というものは存在しないという考えがある。一方、西洋では偶然のことをまれにあるものだと考えられている[6]。本を開いたときに見えたのが『gently weeps(そっと泣いている)』だった。僕は本を閉じて、曲を書き始めた」と語っている[7][8]

歌詞は、そこに眠っている愛がありながらも、それに気づけていない人類の哀歌となっている[9][10][8]と同時に、インドから帰国後のメンバー間の不和が反映されており[11]、同じくハリスン作の「ノット・ギルティ」でもハリスンがメンバーを率いて、マハリシに会いにリシケーシュに行った際のトラブル[12]や、アップル・コアの設立によって生じたメンバー間での対立などへの言及がなされている[13]。本作のリードギターのレコーディングには、グループの雰囲気の悪さを少しでも緩和することを目的にエリック・クラプトンが招かれた[14]

1968年5月にイーシャーにある自宅でデモ音源が録音されたが、初期の草稿にあった「I look at the trouble and hate that is raging(僕は猛り狂うトラブルと憎悪を見る)[15]」と「The problems you sow are the troubles you're reaping(君が撒く問題は君が収穫するトラブルだ)」というフレーズが差し替えられた[16][8]。また、EMIスタジオでレコーディングされた最初のバージョンでも、最後のヴァースの歌詞がリリースされたものと異なっており、「I look from the wings at the play you are staging / While my guitar gently weeps / As I'm sitting here, doing nothing but aging / Still my guitar gently weeps(僕は君が演じているのを舞台の袖から見る / 僕のギターはそっと泣いている / ここに座って、歳をとるだけ / それでも僕のギターはそっと泣いている)」と歌われていた[15][8]。この日にレコーディングされた音源は、1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録され、2006年に行なわれたシルク・ドゥ・ソレイユのミュージカル『ザ・ビートルズ LOVE』では、この音源をベースにジョージ・マーティンがスコアと編曲を手がけたオーケストラが加えられた音源が使用された[17][18][19][8]ミュージカルのサウンドトラック盤にもこのアレンジが収録されている。このアレンジについて、ハリスンの未亡人のオリヴィアは「心の底から音楽に共感してくれるんです。彼はジョージがあの曲で伝えたかったことを完全に理解していました」と称賛している[8]。なお、マーティンがビートルズの曲に対してストリングス編曲を手がけたのは、これが最後となった[17][18]

レコーディング編集

ファースト・バージョン 〜 ベーシック・トラック編集

「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」のレコーディングは、1968年7月25日にEMIスタジオの第2スタジオで開始された[1]。この日のセッションは、ハリスンがアコースティック・ギターギブソン・J-200)で弾き語り、それに対してポール・マッカートニーが曲に合うようにハーモニウムでコードを弾くという形式で行われた[20][1]。この日にレコーディングされたテイク1が『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』、テイク2が2018年に発売された『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)〈スーパー・デラックス・エディション〉』に収録された[1]

8月16日にバンド編成でのレコーディングが開始され、ヘヴィなアレンジが施された[1]。レコーダーのトラック1にマッカートニーのベース、トラック2にハリスンのアコースティック・ギター、トラック3にレノンのオルガン、トラック4にリンゴ・スタードラムスが録音された[1]。14テイク録音されたなかから、最終テイクがベストとされ、2本目のテープにリダクション・ミックスする際に、ドラムスとベースがトラック1、オルガンとアコースティック・ギターがトラック2にまとめられた[1]。なお、この過程でギターの音にフランジャーがかけられ、テープの回転速度が通常よりも遅くなった[1]。このためテンポが落ちて、キーも1音半低くなった[1]

9月3日のセッションでは初めて8トラック・レコーダーが導入され[21][20]た。この日のセッションで、テイク15が8トラック・レコーダーに移されてテイク16となり、これに対してハリスンは、2年前に「アイム・オンリー・スリーピング」のセッションで行ったように逆回転のギターソロが加えられたが、このテイクは破棄された[21][1]。5日に8月22日のセッションを最後に離脱していたスターが復帰[注釈 1][27][1]。この日もオーバー・ダビングが行われたが、2番目のバージョンも没となった[1]。その後、3番目のバージョンの制作が開始された際、テイク数は17となっていたが、ハリスンはこれを「テイク1」と称した[1]。その後27テイク録音された中から、テイク25がマスターに選ばれた[1]。なお、最終テイクとなったテイク27は、2018年に発売された『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)〈スーパー・デラックス・エディション〉』のCD5に収録された[1]

リードギターのオーバー・ダビング編集

 
クラプトンがレコーディングで使用されたギブソン・レスポール。クラプトンはこのギターをハリスンにプレゼントした。

9月6日にサリーからロンドンへ向かう車の中で、ハリスンはエリック・クラプトンに「レコーディングに参加してギターソロを弾かないか?」と声をかけた。当初クラプトンは「僕がビートルズのセッションに参加するなんて無理だ」と断っていたが[28]、ハリスンは「これはビートルズの曲じゃなくて僕の曲だ。僕の曲の演奏を僕がやってくれって頼んでるんだから、気にしないでいいんだ」と説得した。

クラプトンは、「ルーシー」と名付けたギブソン・レスポールでギターソロを演奏し[5][29]、このギターソロはレコーダーのトラック2に録音され、トラック1にはドラムス、トラック3にマッカートニーのオルガンとピアノ、トラック4にハリスンのボーカルとアコースティック・ギター、マッカートニーのハーモニー・ボーカルが録音された[1]。なお残されたテープから、クラプトンはテイク17からテイク45までの大半で共演していたことが判明している[1]

ミキシング編集

クラプトンのギターソロを後から聴き直したハリスンは、「ビートルズっぽさが足りない」と判断し[1]、エンジニアに対して「ビートルズっぽさを出してくれ」と要求した[30][31]。このため、1968年10月14日にモノラル・ミックスとステレオ・ミックスが作成された際に、ギターソロとオルガンにADTがかけられた[1]。音楽学者のウォルター・エヴェレット英語版はレノンが弾いたトレモロをかけたギターのパートは、曲のコーダで弾いたフレーズのみ残されたとしている[32]

リリース編集

「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」は、1968年11月22日にアップル・レコードから発売されたオリジナル・アルバム『ザ・ビートルズ』のA面7曲目に収録された[33]。現在、この曲以降のジョージ作のビートルズ・ナンバーはジョージの個人楽曲出版社ハリソングス・リミテッドが保有しているが、この曲と同アルバムに収録されている「ピッギーズ」「ロング・ロング・ロング」「サボイ・トラッフル」の4曲は最初アップル・パブリッシング[注釈 2]が保有していた。イギリスやアメリカではシングル・カットされなかったが、日本、ヨーロッパ、オーストラリアなどの国でシングル『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』のB面曲としてシングル・カットされた[34][35]。ちなみに日本でシングル発売された時のタイトルは「マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」と、何故か「ホワイル」が抜け落ちていた。

ビートルズ研究家のエリン・トルケルソン・ウェバーは、1969年に発売された「サムシング」や「ヒア・カムズ・ザ・サン」とともに、「多くの聴衆がジョージの作品を、レノン=マッカートニーの作品と互角ともいえるほどに素晴らしいと考えるようになった時期の始まり」としており[36]、コラムニストのマーク・ハーツガード英語版は自身の著書で「ジョージのキャリアでは初の素晴らしい楽曲で、おそらく『ホワイト・アルバム』で最も印象的な楽曲の1つ」と評している[37]

ローリング・ストーン(Rolling Stone)』誌が選んだ「オールタイム・グレイテスト・ソング500」と「オールタイム・グレイテスト・ギター・ソングス100」、さらに「グレイテスト・ビートルズ・ソングス100」に於いて、それぞれ136位[38]と7位[39]、10位[40]にランクイン。

ハリスンによるライブでの演奏編集

 
1987年のコンサートでの演奏時のハリスンとクラプトン

ハリスンは、解散後のソロライブで毎回「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」を演奏しており、1971年のチャリティーコンサートや、1991年の来日公演でも演奏している。当時の演奏は『バングラデシュ・コンサート』や『ライヴ・イン・ジャパン』などのライブ・アルバムに収録された。

なお、1987年のプリンス・トラストで演奏した際には、ハリスンとクラプトンのほかに、スターがドラムスで参加した[41]

カバー編集

カナダのギタリスト、ジェフ・ヒーリーが1990年に発売されたアルバム『Hell to Pay』で本作をカバーしており、ハリスンがアコースティック・ギターとバッキング・ボーカルで参加した[42]。ヒーリーのカバー・バージョンは後にシングル・カットされ、ニュージーランドのシングルチャートで最高位25位、カナダのシングルチャートで最高位27位[43]全英シングルチャートで最高位85位[44]を獲得した。

2002年6月3日、バッキンガム宮殿で行われた、女王エリザベス2世戴冠50周年記念コンサートで、マッカートニーがクラプトンと共に本作を演奏した。同年11月29日に行われたハリスンの追悼コンサート『コンサート・フォー・ジョージ』では、マッカートニーとスター、クラプトンに加え、ダーニ・ハリスンマーク・マン英語版の5人で演奏した[45]

このほか、トッド・ラングレン[46]トム・ペティ[45]ピーター・フランプトン[47]マーク・リボー[48]TOTO[49]らによってカバーされ、日本ではTHE WILLARD吉田兄弟[50]らによってカバーされた。

ミュージック・ビデオ編集

2016年に『ザ・ビートルズ LOVE』の初舞台から丸10年を迎えるのを記念し、このアレンジでのミュージック・ビデオが公開された[51]。映像はミュージカルの世界観を表現したものとなっており、ミラージュ・ホテル(ラスベガス)公演での映像やネヴァダで撮影が行なわれたインサート映像で構成されている[52]

演奏編集

※出典[1]

最初のバージョン
2番目のバージョン
3番目のバージョン

収録シングル/アルバム編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 8月22日に行われた「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」のリハーサル時にリンゴ・スターの演奏に納得いかなかったマッカートニーが度々注文をつけたことにより、スターが激怒してスタジオを飛び出して一時的に脱退することとなった[22][23][24][25]。テレビシリーズ『ザ・ビートルズ・アンソロジー』で、スターは「確かに僕は脱退した。もうやっていられなかったから。そしたら『君は世界一のロックンロール・ドラマーだ。帰って来い。愛してる』という電報が届いた。スタジオに戻ったら、ジョージがスタジオのあちらこちらに花で飾ってくれていた。あのちょっとした危機を乗り越えたところで、『ホワイト・アルバム』が本格的にスタートした」と振り返っている[26][1]
  2. ^ ビートルズが設立したアップル・コアの傘下企業でジョン・レノンポール・マッカートニー以外の作品の版権を管理する会社。現在は解散している。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v White Album 2018, p. 16.
  2. ^ MacDonald 2005, p. 300.
  3. ^ Riley 2002, p. 268.
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  5. ^ a b Lewisohn 2005, p. 154.
  6. ^ Harrison 2002, p. 120.
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  8. ^ a b c d e f White Album 2018, p. 15.
  9. ^ Greene 2006, p. 110-111.
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  17. ^ a b Watson, Greig (2006年11月17日). “Love unveils new angle on Beatles”. BBC. http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/6159426.stm 2020年1月23日閲覧。 
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  50. ^ Cool Spiral/While My Guitar Gently Weeps - Yoshida Brothers | Songs, Reviews, Credits - オールミュージック. 2020年9月14日閲覧。
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  52. ^ “ビートルズ、『LOVE』の10周年を記念して“While My Guitar Gently Weeps”の映像を公開”. NME Japan (BandLab UK Limited.). (2016年6月29日). https://nme-jp.com/news/22177/ 2020年1月23日閲覧。 

参考文献編集

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外部リンク編集