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ホーレス・グラント

ホーレス・グラントHorace Junior Grant, 1965年7月4日 - )は、NBAの元バスケットボール選手。アメリカ合衆国ジョージア州オーガスタ生まれ。シカゴ・ブルズで3度、ロサンゼルス・レイカーズで1度の優勝経験がある。プロ時代には4度NBAオールディフェンシブセカンドチームに選出されたことのある優れたディフェンダーだった。トレードマークはゴーグル

ホーレス・グラント
Horace Grant
シカゴ・ブルズ
役職 チームアドバイザー
ポジション(現役時) PF/C
身長(現役時) 208cm (6 ft 10 in)
体重(現役時) 111kg (245 lb)
基本情報
本名 Horace Junior Grant
ラテン文字 Horace Grant
誕生日 (1965-07-04) 1965年7月4日(53歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ジョージア州オーガスタ
出身 クレムソン大学
ドラフト 1987年 10位 
選手経歴
1987-1994
1994-1999
1999-2000
2000-2001
2001-2003
2003-2004
シカゴ・ブルズ
オーランド・マジック
シアトル・スーパーソニックス
ロサンゼルス・レイカーズ
オーランド・マジック
ロサンゼルス・レイカーズ
受賞歴

経歴編集

双子の弟、ハーベイ・グラント(Harvey Grant)も元NBAの選手であった[1]クレムソン大学に入学し、1987年のNBAドラフトに全体で10番目にマイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズに指名された。6フィート10インチのパワーフォワードであり、同じフォワードのスコッティ・ピッペンと組み、ブルズの中核になるが、初めはチャールズ・オークリーの控えであった。

1989年、オークリーがニューヨーク・ニックスに放出されたため、スコッティ・ピッペンと共にスターターになった。ジョーダンは「彼にはまだ早すぎる」と懐疑的で、グラントに手厳しかったが、チームで有力なリバウンダーになり、ジョーダン、ピッペンに次ぐ得点源になった。インサイドが強いだけでなく、中距離からのジャンプショットも得意で、トライアングルオフェンスの中核を担う選手であった。また、ディフェンス面でも、高身長を有効に利用して、相手チームのインサイドプレーヤーを抑えこみ、リバウンドを着実にもぎ取る泥臭いプレーでチームの勝利に貢献した。 1990年からの3連覇に貢献し、1993年のジョーダン引退後は、チームの2番目の主力選手となった。1994年のプレイオフではニックスに3勝4敗で敗れるものの、シーズン55勝の原動力となった。オフシーズンにFAになったが、チームフロントと代理人との交渉が決裂し (グラント本人はブルズとの再契約を希望していた) 、シャキール・オニール擁するオーランド・マジックに移籍する。若いプレイヤー中心のチームを1995年のプレイオフに導き、ファイナルまで勝ち上がるものの、アキーム・オラジュワンクライド・ドレクスラー擁するヒューストン・ロケッツに1勝もあげることなく敗れている。1999年シアトル・スーパーソニックスに移籍した。2000年に3チームが絡んだトレードの1人となる。グラントがロサンゼルス・レイカーズに移り、グレン・ライスがレイカーズからニューヨーク・ニックスに移り、パトリック・ユーイングがニックスからシアトル・スーパーソニックスに移った。2000-2001シーズンのレイカーズの2連覇に貢献した後、マジックに復帰した。2002年-2003年シーズンの初めにマジックから解雇され引退を表明したが、2003年にレイカーズに復帰、1シーズンプレイしたのち引退した。

2016年4月6日、古巣シカゴ・ブルズの社長付特別アドバイザー就任が発表された[2]

脚注編集

外部リンク編集