ボギスラフ13世 (ポメラニア公)

ボギスラフ13世ドイツ語:Bogislaw XIII., 1544年8月9日 - 1606年3月7日)またはボグスワフ13世ポーランド語:Bogusław XIII)は、ポメラニア=ヴォルガスト公(在位:1560年 - 1569年)、ポメラニア=バルト公およびポメラニア=リューゲンヴァルデ公(在位:1569年 - 1606年)、ポメラニア=シュテッティン公(在位:1603年 - 1606年)。ポメラニア公フィリップ1世の息子。

ボギスラフ13世
Bogislaw XIII.
ポメラニア公
在位 ポメラニア=ヴォルガスト公:1560年 - 1569年
ポメラニア=バルト公:1569年 - 1606年
ポメラニア=リューゲンヴァルデ公:1569年 - 1606年
ポメラニア=シュテッティン公:1603年 - 1606年

出生 (1544-08-09) 1544年8月9日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
ポメラニア公領ヴォルガスト
死去 (1606-03-07) 1606年3月7日(61歳没)
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
ポメラニア公領シュテッティン[1]
埋葬 1606年4月9日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国
ポメラニア公領、聖オットー教会
配偶者 クララ・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルク
  アンナ・フォン・シュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク
子女 本文参照
家名 グリフ家
父親 ポメラニア公フィリップ1世
母親 マリア・フォン・ザクセン
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ボギスラフ13世の棺

生涯

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ボギスラフ13世はポメラニア公フィリップ1世マリア・フォン・ザクセンの第3子、三男(成人した2番目の男子)である。グライフスヴァルト大学、ヴィッテンベルク大学およびパリ大学で学んだ[2][3]

1560年に父フィリップ1世が亡くなった後、ボギスラフは兄ヨハン・フリードリヒとともに、母と大叔父のバルニム9世敬虔公の摂政の下でヴォルガスト公領を統治した。1567年、兄弟とともに親政を開始した。1569年に大叔父のバルニム9世が政治から引退した後に、同年7月23日に兄弟の間でポメラニア公領を分割した結果、ボギスラフはヴォルガスト公領を受け取ることになっていたが、弟エルンスト・ルートヴィヒにこれを譲った[2]。ボギスラフはバルトとノボポレを含む領地を手に入れた[3][4]

1592年のエルンスト・ルートヴィヒの死後、ボギスラフはエルンスト・ルートヴィヒの未成年の息子フィリップ・ユリウスの後見人としてヴォルガスト公領の権力を掌握した。1603年にボギスラフは甥フィリップ・ユリウスに権力を譲り、もう一人の弟であるバルニム10世の死後、シュテッティン公領の統治を引き継いだ[5]。1605年に初めてレンボルクを手に入れ、弟カジミール7世の死後、ダルウォボとビトゥフの統治も引き継いだ[6]

ボギスラフはバルトの城を拡張し、1587年にはノボポレに別の城を建設しフランツブルクと改名した。ボギスラフは統治者として正義感と優れた経済能力をもち、フィリップ1世の息子の中で唯一多くの子女を残し、子供たちの教育に配慮した[2]

ボギスラフは短期間(3月4日から続いた)病にかかった後、1606年3月7日にシュテッティンで亡くなり、1606年4月9日に城内の聖オットー教会に埋葬された[7]。シュテッティン公領は長男フィリップ2世が継承した[8]

結婚と子女

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ボギスラフ13世は1571年11月以降の折衝を経て、1572年9月8日にノボポレでブラウンシュヴァイク=リューネブルクフランツとクララ・フォン・ザクセン=ラウエンブルクの娘クララと結婚し、多くの子供をもうけた。

1598年に最初の妻が亡くなった後、1601年5月31日にシュレースヴィヒ=ホルシュタイン=ゾンダーブルク公ハンスとエリーザベト・フォン・ブラウンシュヴァイク=グルーベンハーゲンの娘アンナと再婚した。夫婦は1601年6月17日にバルトに居を構えた[1]

脚注

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  1. ^ a b Rymar 2005, pp. 450–454.
  2. ^ a b c Kozłowski 1985, p. 121.
  3. ^ a b Szymański 2006, p. 127.
  4. ^ Rymar 2005, p. 450.
  5. ^ Szymański 2006, pp. 127–128.
  6. ^ Rymar 2005, pp. 450–451.
  7. ^ Szymański 2006, pp. 127–129.
  8. ^ Rymar 2005, p. 451.
  9. ^ Rymar 2005, pp. 465–476.

参考文献

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  • Kozłowski, Kazimierz; Podralski, Jerzy (1985). Gryfici. Książęta Pomorza Zachodniego. Szczecin: Krajowa Agencja Wydawnicza. ISBN 83-03-00530-8. OCLC 189424372 
  • Rymar, Edward (2005). Rodowód książąt pomorskich. Szczecin: Książnica Pomorska im. Stanisława Staszica. ISBN 83-87879-50-9. OCLC 69296056 
  • Szymański, J.W. (2006). Książęcy ród Gryfitów, Goleniów. Kielce. ISBN 83-7273-224-8 
  • Boras, Zygmunt (1996). Książęta Pomorza Zachodniego. Poznań: Wydaw. Naukowe Uniwersytetu im. Adama Mickiewicza. ISBN 83-232-0732-1. OCLC 830122949 
  • Rymar, Edward (1995). Rodowód książąt pomorskich. T. II. Szczecin. ISBN 83-902780-0-6 
  • Madsen U.. “Bogislaw XIII.” (ドイツ語). 2012年3月11日閲覧。
  • Adolf Häckermann (1876). "Bogislav XIII., Johann Friedrich, Barnim X., Casimir VII., Herzöge von Pommern". Allgemeine Deutsche Biographie (ドイツ語). Vol. 3. Leipzig: Duncker & Humblot. pp. 55–56.
  • Roderich Schmidt: Bogislaw XIII. In: Neue Deutsche Biographie (NDB). Band 2, Duncker & Humblot, Berlin 1955, ISBN 3-428-00183-4, S. 418 (電子テキスト版).
先代
フィリップ1世
ポメラニア=ヴォルガスト公
1560年 - 1569年
次代
エルンスト・ルートヴィヒ
先代
(新設)
ポメラニア=バルト公
1569年 - 1606年
次代
フランツ
先代
(新設)
ポメラニア=リューゲンヴァルデ公
1569年 - 1606年
次代
ボギスラフ14世
ゲオルク2世
先代
バルニム10世
ポメラニア=シュテッティン公
1603年 - 1606年
次代
フィリップ2世