ボトトート男爵

イギリスの男爵位、イングランド貴族爵位

ボトトート男爵(: Baron Botetourt[ˈbɒtətɔːrt]/BOT-ə-tort)はイギリスの男爵位、イングランド貴族爵位。ジョン・ボトトート英語版1305年に議会招集されたことを端緒とするが、度々長期の保持者不在に陥っており、1984年以降は3度目の停止状態にある。

ボトトート男爵
Coronet of a British Baron.svg
K-046-Coat of Arms-BOTETOURT-John Botetourt ("Johans Boutetourte").png
創設時期 1305年
創設者 エドワード2世
貴族 イングランド貴族
初代 初代男爵ジョン・ボトトート英語版
最終保有者 10代男爵ヘンリー・サマセット
推定相続人 本文を参照。
相続資格 初代男爵の両系男子
現況 停止
断絶時期 1984年2月5日

歴史編集

 
第4代ボトトート男爵
 
10代男爵ヘンリー・サマセット。彼の死によって爵位は停止した。

ジョン・ボトトート英語版(?-1324)スコットランド独立戦争におけるイングランド王国側の指揮官を務めた武人である[1][2]。彼は1305年に貴族院よりボトトート男爵(Baron Botetourt)として議会招集を受けて、その死まで貴族院議員を務めた[2][3]。彼の長男は早世していたため、その孫ジョンが爵位を襲った[2]

2代男爵ジョン(?-1385)エドワード3世治世下の百年戦争に従軍している[3]。彼もまた長男に先立たれていたことから、孫娘ジョイスが爵位を継承した[3]

しかし3代女男爵ジョイス(?-1406)には子がなかったため、彼女の3人の叔母の間で爵位停止となった[3]

その後、子孫にあたるノーボーン・バークリー英語版が爵位回復の請願を行った結果、1764年に停止解除となった[註釈 1][3][4]。しかし爵位を回復したのも束の間、彼がバージニア植民地総督在任のまま急死すると、生涯未婚であったことから爵位は彼の死とともに再び停止状態に陥った[3][4]

これを奇貨として、バークリーの甥にあたる第5代ボーフォート公爵ヘンリー・サマセット(1744-1803)は爵位回復の請願を行ったところ、1803年6月4日に彼に帰属する旨の裁定が下って停止解除となった[註釈 2][3][5][6]。これ以降は6代181年にわたって、ボーフォート公爵位の従属爵位としてその歴史を歩むこととなる。

その玄孫にあたる第10代ボーフォート公爵ヘンリー・サマセット(1900-1984)が男子なく死去すると、彼の妹の子孫間で優劣がつかず、爵位は三度停止となって現在に至っている[註釈 3][6][7]

なお、アメリカ合衆国バージニア州に位置するボトトート郡は、4代男爵にちなんで命名された[4]

ボトトート男爵(1305年)編集

 
初代男爵の用いた印璽

爵位の共同推定相続人編集

ボトトート男爵位は次に掲げる者に対して、以下の持分によって停止している[8]。なお、すべての推定相続人は10代男爵(10代公)の上妹ブランシェの子孫にあたっている。

ボトトート男爵(1305年)
共同推定相続人 生年月日 爵位相続分
フレデリカ・サマンサ・メアリー・トマス 1998年 - 1/4
アレクサンドラ・ペイロネル 1951年 - 1/4
第19代ハーバート男爵デイヴィッド・サイフリード=ハーバート英語版 1952年 - 1/2

脚注編集

註釈編集

[脚注の使い方]
  1. ^ ノーボーン・バークリーは2代男爵の次女キャサリンの子孫にあたっている。
  2. ^ 彼の母エリザベス・バークリー(1719-1799)は4代男爵ノーボーンの妹にあたる。
  3. ^ 現在の爵位の共同推定相続人は次項を参照のこと。

出典編集

  1. ^ Botetourt, John, first Lord Botetourt (d. 1324), admiral” (英語). Oxford Dictionary of National Biography. オックスフォード大学出版局. doi:10.1093/ref:odnb/9780198614128.001.0001/odnb-9780198614128-e-2966;jsessionid=9b978dfefe23addc7fc9939e2d5c8a4e. 2020年5月2日閲覧。
  2. ^ a b c Hunt, William (1886). "Bottetourt,Johnde" . In Stephen, Leslie (ed.). Dictionary of National Biography (英語). 05. London: Smith, Elder & Co. p. 447.
  3. ^ a b c d e f g Arthur G.M. Hesilrige (1921). Debrett's peerage, and titles of courtesy, in which is included full information respecting the collateral branches of Peers, Privy Councillors, Lords of Session, etc. Wellesley College Library. London, Dean. pp. 102-103. http://archive.org/details/debrettspeeraget00unse/page/102 
  4. ^ a b c BERKELEY, Norborne (?1717-70), of Stoke Gifford, near Bristol, Glos. | History of Parliament Online”. www.historyofparliamentonline.org. 2020年5月2日閲覧。
  5. ^ No.15589”. The Gazette 31 May 1803. 2020年5月2日閲覧。
  6. ^ a b Beaufort, Duke of (E, 1682)”. www.cracroftspeerage.co.uk. 2020年5月2日閲覧。
  7. ^ 森護『英国の貴族 遅れてきた公爵』大修館書店、1987年、109頁。ISBN 978-4469240979
  8. ^ Paul Theroff. "Descendants of King Henry VII of England" Retrieved 26 September 2007. [1]

関連項目編集