ボーイゾーン (Boyzone) は、テイク・ザットのアイルランド版として結成されたアイルランド人男性5人で結成されたグループ。UKアジアでは絶大な人気を誇り、UKシングルチャート1位を6回記録し、現在まですべてのオリジナル・アルバムは1位を記録している。2008年までには2000万枚を売り上げたとされている。2000年に活動休止。2007年に再結成、活動を再開した。

ボーイゾーン
Boyzone
Boyzone 2009.jpg
ボーイゾーン(2009年)
基本情報
出身地 アイルランドの旗 アイルランド ダブリン
ジャンル ポップス
活動期間 1993年2000年
2007年 – 現在
レーベル ユニバーサル
公式サイト www.boyzonenetwork.com
メンバー ローナン・キーティング
マイキー・グラハム
シェーン・リンチ
キース・ダフィ
旧メンバー スティーヴン・ゲイトリー

来歴編集

ボーイゾーンは1993年ジョニー・ローガンのマネージャーとして知られているルイ・ウォルシュによってメンバーが集められた。「アイルランド・バージョンのテイク・ザットをさがせ」という企画によって集まった約300人の応募から決まった5人は、ローナン・キーティング、マイキー・グラハム、スティーヴン・ゲイトリー、シェーン・リンチそして、キース・ダフィー。結成から1994年の初期まではナイトクラブなどをまわりるなどして知名度を広げていき、とくに10代の女性からは声援を浴びた。やがてポリグラムというレーベルが彼らと契約を交わす。

躍進編集

ボーイゾーンはデトロイト・スピナーズの「Working My Way Back To You」をカバーし、アイルランド・チャート3位をマーク。この曲で彼らはたちまち有名になった。そして、次のシングル「ラヴ・ミー・フォー・ア・リーズン」がヒットし、スマッシュヒット・アワードでベスト・グループ賞に輝いた。1995年にはファースト・アルバム『セッド&ダン』をリリース。UK、アイルランド両チャートで1位を獲得した。

アルバム『ディファレント・ビート』編集

2枚目のアルバム『ディファレント・ビート』は1996年にリリースされ、同アルバムに収録されているビー・ジーズのカバー「ワーズ」がUKシングルチャートで初めて全英1位を獲得した。その他にも、「A Different Beat」が全英1位、「Isn't It a Wonder」が全英2位を記録した。このころからメンバーのローナンはグループのリード・ボーカル的存在になりつつあった。

アルバム『ホェア・ウィ・ビロング』編集

3枚目のアルバム『ホェア・ウィ・ビロング』ではメンバーが積極的に作詞にも参加し、1998年にリリースされた同アルバムはUKチャート1位を獲得。収録されている曲の中から、「All That I Need」「Baby Can I Hold You」「ノー・マター・ホワット」がシングルとしてリリースされ、3曲ともUKシングルチャート1位を記録した。

ベスト・アルバム編集

1999年にベスト・アルバム『バイ・リクエスト~ボーイズ・オン・ベスト・ヒッツ』をリリース。リリース後のツアーも予定されていた。このころ、メンバーのスティーヴンがゲイであることを公にした。また、ローナンも映画『ノッティングヒルの恋人』のメインテーマを依頼され、「When You Say Nothing At All」をソロとしてリリースした。このころにグループは活動休止することを決めていた。

2000年1月にライブを行ったのを最後に活動を休止した。

解散の理由編集

レーベルとの契約更新にメンバーは承諾していたが、ローナンだけが最後までそれにサインせず、またローナンのソロ・ツアーの楽屋を訪れたキースが追い出される事件が起こり、メンバー間に亀裂が生じた。さらに、当時のボーイゾーンのマネージャーにして、テレビ番組『Xファクター』で知られるルイ・ウォルシュがローナンのマネージャーになってしまうという事件が起こった。 ルイの発言「ボーイゾーンはローナン以外は歌が歌えない。でもウエストライフはボーイゾーンと違ってみんな歌がうまいんだ」という発言が決定的なものになり、自然消滅という形で、ボーイゾーンは7年間の活動に一旦幕をおろした。

活動休止以降編集

ボーイゾーンは同じくアイルランド出身のウエストライフに大きな影響を与え、また彼らのためにも道を開いた。活動休止後、ローナンはソロ活動をスタートさせ、5枚のアルバムをリリースしている。スティーヴンは1枚のソロ・アルバム発表後に演劇活動をし、マイキーもまた1枚のソロ・アルバムを発表したのち、音楽プロデューサーとして活躍した。キースはイギリスのドラマコロネーション・ストリート』に出演。また、アイルランド映画を製作していた。シェーンはドキュメンタリー番組『Celebrity Love Island』に出演した。

活動再開編集

2003年からボーイゾーンの活動開始が噂され始めた。同じく、2005年に1990年代に活躍したテイク・ザットが10年ぶりの再結成をし、多数のツアーを成功させ、10年ぶりのシングル「ペイシェンス」がUKで4週連続1位、アルバム『ビューティフル・ワールド』も1位を獲得し、見事な復活を遂げたのを目の当たりにし、2007年2月にボーイゾーンが活動を再開することが報じられた。3月8日には元マネージャーのルイ・ウォルシュが「これから私にとって最も忙しい人生が始まるだろう。それはウエストライフ、シェイン・ワード、そしてボーイゾーンの活動再開である」と語っていた。

2007年11月16日、BBC主催のチャリティ番組『Children In Need』で約8年ぶりのグループとしてのパフォーマンスを行い、その際ツアー活動をすることを発表した。

2008年5月25日から同年8月23日までに29回UK・アイルランドでライブを行い、チケットは3時間で20万枚を売り上げた。

シングル「Love You Anyway」とアルバム『Back Again...』編集

2008年9月29日にニュー・シングル「Love You Anyway」がリリースされ、UKチャート5位を記録。17曲連続でUKチャートトップ5を記録した。 その後ボーイゾーンは、「Love You Anyway」も収録されたアルバム『Back Again... No Matter What - The Greatest Hits』をリリース。そこに収録された新曲「Better」はシングル化され、イギリスで22位、アイルランドでは26位を記録。同アルバムはイギリスで4位、アイルランドで3位と好成績を記録した。

スティーヴンの死と4thアルバムの発表編集

2009年10月10日、メンバーのスティーヴンが33歳の若さでマジョルカ島で休暇中に急死。原因は「自然に起きた肺水腫」とされる。 スティーヴンの死によりニューアルバムの発売中止が噂されたがローナンがそれを否定し、2010年にスティーヴンに捧げるためにも4枚目となるニュー・アルバムを発売することを発表した。 2010年1月17日に新曲「Gave It All Away」をラジオを通じて発表。これはスティーヴンが最後にリード・ボーカルを務めた曲である。同曲は2010年3月1日に発売しUKチャート9位、アイルランド・チャートで1位を獲得した。またニュー・アルバム『Brother』は3月8日に発売され両国アルバム・チャートで1位。セカンド・シングルの「Love Is A Hurricane」はUKチャート44位、アイルランド・チャート39位にとどまる。

アルバム『Brother』編集

『Brother』はボーイゾーンの4枚目のオリジナル・アルバムである。このアルバムはUKおよびアイルランドで1位を記録。なお、これまでのところこのアルバムを含むオリジナル・アルバム4枚すべてがUKとアイルランドで1位を記録している。 ボーイゾーンのスタイルとして、ローナン・キーティングとスティーヴン・ゲイトリーのツイン・ボーカルに、ほかの3人がコーラスを重ねる、というスタイルをとっていた。そのため、『Brother』以前の曲には、キース、マイキー、シェーンのソロパートはなかった。 そんな重要人物スティーヴンの死を受けて、ローナンは「ボーイゾーンはボーイゾーンで、自分のアルバムじゃない」とインタヴューで語り、『Brother』にはマイキーがリード・ボーカルを務める曲を2曲、最初のパートをシェーンが務める曲を1曲、そして「Love Is Hurricane」のシングル・ヴァージョンではキースにもソロ・パートが与えられている。なお、アルバムではキースのパートはローナンが歌っている。

アルバム『BZ20』編集

ボーイゾーンは「Brother Tour」以降、解散こそ宣言していなかったものの、ローナンがソロとして活躍する一方、グループとしての活動は控えていた。 しかし、ボーイゾーンは2013年のヴァレンタインデイ、UKとアイルランドを回るツアーのチケットを発売した。彼らのグループとしての興行収入はワン・ダイレクションに勝るとも劣らないものになるだろうと言われている。 そしてついに10月、11月の下旬にニューアルバム『BZ20』をリリースすると発表。併せて「BZ20ツアー」のライブCDを年末に「Brother Tour DVD」とセットで発売することも発表した。 数日後、ローナンがジャッジを務める『Xファクター オーストラリア』にて久々の再結成を果たし、新曲「Love Will Save The Day」を披露した。 なお、詳細こそ発表していないものの、ボーイゾーンはオーストラリアで初のツアーを敢行することを発表。また非公式ではあるものの、ローナンは自身のニュー・アルバム『Fires』のツアー「Fires Tour」のニュージーランド公演にて「今年はボーイゾーン20周年だから大きいことをやる。もちろん、ニュー・アルバムを引っさげてニュージーランドにも来る!!」と宣言している。

アルバム『Dublin to Detroit』編集

モータウンのカバー・アルバムを緊急リリースしたが、カラオケ・アルバムと評され、10万枚のセールスを記録するも、過去のアルバムの売り上げを大きく下回り、過去最低のチャートアクションを記録。しかしメンバーはレコーディングを楽しんだようで、大コケも気にしないと明言している。 このアルバムにともなうツアーは、現時点では発表されていない。 そして現時点では今後のバンドの活動についてはいっさい明かされていない模様。

将来にむけて編集

シェーン・リンチは亡きスティーヴン・ゲイトリーが生前レコーディングした数曲を指して「いくつかの曲では彼は確実に生きている。しかし契約の関係でかれの声を使うことは出来ないんだ。ことはそんなに純粋じゃないんだよ」と憤りを示し、「でもこれは仕方が無いんだ。おれたちは解散しない。4人でいっしょにいるのが似合ってるんだ。つぎの20周年も祝えたらいいね」とグループの結束が過去最高にあることをあらためて示すとともに、前を見据えた発言をしている。

メンバー編集

 
左からキース・ダフィー、マイキー・グラハム、スティーヴン・ゲイトリー、ローナン・キーティング、シェーン・リンチ
マイキー・グラハム
本名:マイケル・クリストファー・チャールズ・グラハム (Michael Christopher Charles Graham)
1972年8月15日生まれ。身長170cm。ボーイゾーンのメンバーになる前はエンジニアをしていた。
2000年にソロ活動を始め、2001年までにシングル3枚、アルバム1枚をリリースしている。アルバムの不発により、ソロとしての経歴は諦めたと思われるが、グループ内ではたびたびローナンとツイン・ボーカルを取るなど、その歌唱力の高さを示している。
2004年に長く付き合っていたカレン・コッラディと結婚。娘もいる。
2010年にはEurovision Song Contestの「Baby, Nothing's Wrong」というオリジナル曲を引っさげてアイルランド予選に出場。結果としては2位にとどまり、Eurovision Song Contestへの出場権こそ逃したものの、シンガーソングライターとしての才能、そして根強い人気をあらためて示すことになった。
シェーン・リンチ
本名:シェーン・イーモン・マーク・スティーブン・リンチ (Shane Eammon Mark Stephen Lynch)
1976年7月3日生まれ。身長189cm。ボーイゾーン活動休止後、バイク・レーサーとして活躍。2006年に1枚シングルをリリースしているが、チャートにははいらず、散々な結果に終わった。なお、キースとラップバンドを組んだこともあったが、散々な結果に終わった。グループでソロパートを取ることこそほぼないものの、彼のファルセットはたびたび全面にフィーチャーされている。
キース・ダフィー
本名:キース・ピーター・トーマス・ジョン・ダフィー (Keith Peter Thomas John Duffy)
1974年10月1日生まれ。身長185cm。彼の好みの歌手はトニー・ブラクストン。俳優としてではあるが、解散時のボーイゾーンではローナンのつぎに名をあげた。
1998年6月ラス・ベガスでリサ・スミスと結婚。息子・娘もいる。息子は俳優としても活躍中。ローナンの成功と自身を比較され「自分の声はローナンほど力強くなかった」と認め、バック・ボーカルに徹している。
ローナン・キーティング
本名:ローナン・パトリック・ジョン・キーティング (Ronan Patrick John Keating)
1977年3月3日生まれ。身長173cm。ボーイゾーン活動休止後、すぐに歌手としてソロ活動を始めた。詳しくはローナン・キーティングを参照のこと。
スティーヴン・ゲイトリー
本名:スティーヴン・パトリック・デイヴィッド・ゲイトリー (Stephen Patrick David Gately)
1976年3月17日生まれ。身長165cm。1999年にゲイであることを公表。解散直後にはソロ・アルバムを発表。シングルはUKチャートで最高3位を記録するが、アルバムはUKチャート9位にとどまる。その後、2006年には共通の友人であるエルトン・ジョンの紹介で交際していた実業家アンドリュー・カウルスと、シビル・パートナーシップを結ぶ。ローナンとはツイン・ボーカルで活躍した。甘く高い声が特徴。
2009年10月10日、休暇中で滞在していたマヨルカ島にて急死を遂げる。33歳の若さだった。詳しくはスティーヴン・ゲイトリーを参照のこと。

ディスコグラフィ編集

アルバム編集

タイトル アルバム詳細 チャート最高位 認定
IRE
[1]
AUS
[2]
AUT
[3]
FRA
[4]
GER
[5]
NLD
[6]
NZ
[7]
SWE
[8]
SWI
[9]
UK
[10]
1995 セッド&ダン
Said and Done
  • 発売日: 1995年8月21日
  • レーベル: Polydor
  • フォーマット: CD, cassette
  • 全英売上: 90万枚[11]
1 49 68 41 44 1
1996 ディファレント・ビート
A Different Beat
  • 発売日: 1996年10月27日
  • レーベル: Polydor
  • フォーマット: CD, cassette
  • 全英売上: 90万枚[11]
2 74 40 11 47 78 44 21 1
  • UK: 3× プラチナ[11]
1998 ホェア・ウィ・ビロング
Where We Belong
  • 発売日: 1998年5月25日
  • レーベル: Polydor
  • フォーマット: CD, cassette
  • 全英売上: 150万枚[11]
1 31 40 35 14 1 1 8 8 1
2010 Brother
  • 発売日: 2010年3月5日
  • レーベル: Polydor
  • フォーマット: CD, digital download
  • 全英売上: 39.4万枚[17]
1 34 55 50 7 88 1
  • IRE: プラチナ[18]
  • UK: プラチナ[11]
2013 BZ20
  • 発売日: 2013年11月22日
  • レーベル: Rhino
  • フォーマット: CD, digital download
  • 全英売上: 19.9万枚[17]
7 85 35 6
  • UK: ゴールド[11]
2014 Dublin to Detroit
  • 発売日: 2014年11月21日
  • レーベル: East West
  • フォーマット: CD, digital download
  • 全英売上: 8.5万枚[11]
12 43 14
  • UK: シルバー[11]
"—"は未発売またはチャート圏外を意味する。

シングル編集

※以下は全英シングルチャート順位

  • 「ラヴ・ミー・フォー・ア・リーズン」 - "Love Me for a Reason" (1994年11月28日) ※#2 UK
  • 「キー・トゥ・マイ・ライフ」 - "Key to My Life" (1995年4月15日) ※#3 UK
  • "So Good" (1995年7月31日) ※#3 UK
  • 「父と子」 - "Father and Son" (1995年11月13日) ※#2 UK
  • 「カミング・ホーム・ナウ」 - "Coming Home Now" (1996年2月26日) ※#4 UK
  • 「ワーズ」 - "Words" (1996年10月7日) ※#1 UK
  • "A Different Beat" (1996年12月2日) ※#1 UK
  • "Isn't It a Wonder" (1997年3月10日) ※#2 UK
  • 「ピクチャー・オブ・ユー」 - "Picture of You" (1997年7月21日) ※#2 UK
  • "Baby Can I Hold You/Shooting Star" (1997年11月24日) ※#2 UK
  • "All That I Need" (1998年4月20日) ※#1 UK
  • 「ノー・マター・ホワット」 - "No Matter What" (1998年8月3日) ※#1 UK
  • "I Love the Way You Love Me" (1998年11月23日) ※#2 UK
  • "When the Going Gets Tough" (1999年3月1日) ※#1 UK
  • "You Needed Me" (1999年5月10日) ※#1 UK
  • "Everyday I Love You" (1999年11月22日) ※#3 UK
  • "Love You Anyway" (2008年9月29日) ※#5 UK
  • "Better" (2008年12月8日) ※#22 UK

脚注編集

  1. ^ Irish Album Charts > Boyzone”. irish-charts.com Hung Medien. 2011年2月2日閲覧。
  2. ^ Australian Charts > Boyzone”. australian-charts.com Hung Medien. 2011年2月2日閲覧。
    • A Different Beat: Ryan, Gavin (2011). Australia's Music Charts 1988–2010. Mt. Martha, VIC, Australia: Moonlight Publishing 
  3. ^ Austrian Charts > Boyzone” (German). austriancharts.at Hung Medien. 2011年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月2日閲覧。
  4. ^ French Charts > Boyzone” (French). lescharts.com Hung Medien. 2011年2月2日閲覧。
  5. ^ Chartverfolgung / Boyzone / Longplay” (German). musicline.de PhonoNet. 2011年2月2日閲覧。
  6. ^ Dutch Album Charts > Boyzone” (Dutch). dutchcharts.nl Hung Medien. 2011年2月2日閲覧。
  7. ^ New Zealand Charts > Boyzone”. charts.org.nz Hung Medien. 2012年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月2日閲覧。
  8. ^ Swedish Charts > Boyzone”. swedishcharts.com Hung Medien. 2011年2月2日閲覧。
  9. ^ Swiss Charts > Boyzone”. swisscharts.com Hung Medien. 2011年2月2日閲覧。
  10. ^ UK Charts > Boyzone”. Official Charts Company. 2011年2月2日閲覧。
  11. ^ a b c d e f g h i j BPI Certified Awards”. British Phonographic Industry. 2009年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月2日閲覧。
  12. ^ ARIA Charts > Accreditations > 1999 Albums”. Australian Recording Industry Association. 2011年6月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年2月2日閲覧。
  13. ^ IFPI Austria > Goud & Platin” (German). International Federation of the Phonographic Industry. 2010年2月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月28日閲覧。
  14. ^ "Gold-/Platin-Datenbank (Boyzone)" (German). Bundesverband Musikindustrie. 2011年2月6日閲覧
  15. ^ NVPI Goud/Platina” (Dutch). NVPI. 2013年6月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年8月28日閲覧。
  16. ^ IFPI Switzerland > Edelmetall” (German). International Federation of the Phonographic Industry Hung Medien. 2011年8月28日閲覧。
  17. ^ a b Official Charts analysis: Olly Murs becomes second X Factor graduate to score three No.1s”. Music Week (2014年12月1日). 2014年12月1日閲覧。
  18. ^ IRMA > 2010 Certification Awards > Platinum”. Irish Recorded Music Association. 2011年8月28日閲覧。

外部リンク編集