ポール・ジェゴフ

ポール・ジェゴフPaul Gégauff1922年8月10日 - 1983年12月24日)は、フランス脚本家ダイアローグライター映画監督小説家俳優である。ヌーヴェルヴァーグの重要人物である。小説家としてのペンネームのひとつにマルシャル・マチューMartial Matthieu)がある。

Paul Gégauff
ポール・ジェゴフ
別名義 Martial Matthieu
生年月日 (1922-08-10) 1922年8月10日
没年月日 (1983-12-24) 1983年12月24日(61歳没)
出生地 フランスの旗 フランス アルザス地域圏オー=ラン県Blotzheim
死没地  ノルウェー オップラン県ユーヴィク
国籍 フランスの旗 フランス
職業 脚本家ダイアローグライター映画監督小説家俳優
ジャンル 映画テレビ映画娯楽小説
活動期間 1940年 - 1983年
活動内容 1940年 著書刊行
1948年 「シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタン」創立に参加
1950年 共同脚本・出演したエリック・ロメール監督の短篇『ある悪党の日記』で脚本家となる
1959年 クロード・シャブロルとの共同作業開始
配偶者 ダニエル・ジェゴフ (Danièle Gegauff、離婚)
著名な家族 クレマンス・ジェゴフ (Clemence Gégauff、娘)
主な作品
いとこ同志』 脚本
太陽がいっぱい』 脚本
お楽しみ』 脚本・出演
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人物・来歴編集

フランスのアルザス地域圏オー=ラン県Blotzheimに生まれる。同県のミュルーズスイスバーゼルの学校で教育を受けた[1]

1940年、18歳のときに著書『バーレスク』を執筆、刊行した。

1948年、26歳のころ、フランスの首都パリで、モーリス・シェレール(のちのエリック・ロメール)らと「シネクラブ・デュ・カルティエ・ラタン」を設立した[1]。ここでのちの映画監督のクロード・シャブロルジャン=リュック・ゴダールジャック・リヴェットらと出逢う[1]。1950年、ロメールとともに脚本を執筆し、ロメールが監督しジェゴフが出演した短篇映画『ある悪党の日記』を撮影する。その後、小説家として活躍する。

1959年、ロメールの監督する初の長篇劇映画『獅子座』のダイアローグを書き、同年、シャブロルの長篇劇映画第2作『いとこ同志』のダイアローグを書き、映画の脚本家としてデビューする。『いとこ同志』は同年のベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した。以降、シャブロルの監督作品には欠かせない脚本家となる。1960年ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』を脚色し、ダイアローグを書いて、1962年(昭和37年)のエドガー賞最優秀外国映画賞を受賞した。

1965年には自らが脚本を執筆した映画『退き潮』で、監督としてデビューしている。同作には、フランコ・ファブリッツィセルジュ・マルカンミシェル・シュボールのほか、映画監督のロジェ・ヴァディムが出演した。

1975年、自らがオリジナル脚本を執筆したシャブロル監督の映画『お楽しみ』に当時の妻のダニエル・ジェゴフ、娘のクレマンス・ジェゴフとともに主演している。ダニエルとはその後離婚した。

1983年12月24日ノルウェーオップラン県ユーヴィクで、二人目の妻に刺殺された[1]。満61歳没。

突然の死であり、すでに脚本を仕上げていた作品が没後公開された。1985年には、アラン・ジェシュア監督作品『ピンク・フランケンシュタイン』で、ポルト国際映画祭最優秀脚本賞を没後受賞している。

フィルモグラフィ編集

1950年代編集

1960年代編集

1970年代編集

1980年代編集

ビブリオグラフィ編集

  • Burlesque, 1940
  • Les mauvais plaisants, Ed. de Minuit, 1951
  • Le Toit des autres, 1952
  • Rébus, de Minuit, 1957
  • Les cousins, Ed. Seghers
  • Une partie de plaisir, 1958
  • Tous mes amis, R. Julliard, 1969

関連事項編集

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  1. ^ a b c d #外部リンク欄、filmreference.com サイト内の「Paul GÉGAUFF」リンク先の記述を参照。二重リンクを省く。

外部リンク編集