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マイン=ヴェーサー線(ドイツ語: Main-Weser-Bahn)はヘッセン州カッセルからヴァーベルン、トライザー、マールブルクギーセンフリートベルク (ヘッセン)を経てフランクルフト (マイン)に至る幹線鉄道である。名前は1880年までこの路線を建設及び運営した鉄道会社から由来する。

マイン=ヴェーザー線
基本情報
現況 営業中
ドイツ
所在地 ヘッセン州
起点 カッセル中央駅
終点 フランクフルト中央駅
駅数 52駅
路線記号 3900
路線番号 620 (カッセル - ギーセン)
630 (ギーセン - フランクフルト)
645.6 (フランクフルト - フリードベルク)
開業 1849年
全通 1852年5月15日
所有者 ドイツ鉄道
運営者 ドイツ鉄道
使用車両 「運行形態」を参考
路線諸元
路線距離 199.8 km
軌間 1435 mm (標準軌)
線路数 複線
複線区間 全区間
電化区間 全区間
電化方式 15 kV/16.7 Hz(交流)
架空電車線方式
最高速度 160 km/h
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目次

概要編集

マイン=ヴェーザー線は199.8 kmの鉄道路線で、複線化及び電化されている。最高速度は160 km/hだが、ただし南の部分に限る。この路線は地域輸送の部門にはとても重要な鉄道であり、優等列車も運行されたいる。

歴史編集

 
マイン=ヴェーザー駅 (1889年)
 
ローゼンタール高架橋 (フリードベルクの旧橋)

マイン=ヴェサー線はヘッセン選帝侯国内の主要都市を連結する鉄道路線の一つとして企画された。1841年この路線を建設するための交渉が始まった。何度の交渉決裂の末に1845年2月6日フランクフルト自由市ヘッセン大公国、ヘッセン選帝侯国間に共通鉄道会社の設立を目的した条約 (Staatsvertrag) が締結された。マールブルク、ギーセン、フリードベルクを経由する鉄路建設の法的要件はこの条約で充足された。この路線は線形的には単純だったが、国境線を何度も渡る形だった。

1846年8月6日建設作業はヘッセン選帝侯国の領土で始まった。フランクフルト新聞 (Frankfurter Zeitung) の1849年10月1日付け記事によれば、同年同月18日フランクフルト - フリードベルク間は開業される予定だった。1849年12月29日カッセル - ヴァバーン間はまず開通され、1852年5月15日ギーッセン - ランゴェンス間の連結でカッセル - フラクフルト間の列車運行が実現された。複線化は1865年から行われたが、当事国の共同作業は鉄道輸送の飛躍的な発展にも関わらず、うまくできなかった。けれどこの複線化のため、1866年戦争にはプロイセンの兵力輸送がたやすくなった。1868年5月30日プロイセンはヘッセン大公国と、1868年8月1日マイン=ヴェーザー線の運営権をプロイセンに引き渡す内容の条約を締結した[1]

1866年ベブラ鉄道が全通された前に、フランクフルト-ベルリン間を運行する全ての列車はマイン=ヴェサー線を経由した。列車はグンタースハウゼン駅で方向を転換し、フリードリヒ=ヴィルヘルムス北線とトュリンゲン線を経てベルリンまで運行された。フランクフルトからカッセルを経由しベルリンまで運行されたD列車は、ベブラ線の開通後にも、第二次世界大戦が終わるまで運営された。戦後何年間アメリカ占領軍所属の「DUS列車」はこの路線上に運行されたことがある。

1879年からトライザー - ロラー間はベルリン - メッツ間の軍事戦略鉄道だったカノネン線の共通区間だった。1878年10月ロラー駅の側でカノネン線は結ばれた。

1960年代にまずフランクフルト-ギーッセン間が電化され、1967年3月20日から全区間の電気運転が可能になった。1978年5月フランクフルト - フリードベルク間にライン=マインS6列車の運行が始まった。ハノーファー-ヴュルツブルク間高速鉄道の建設準備の為にカッセル市区間の線路が1985年7月から移転された。工事費用は総2400万マルクで、工事区間の長さは5.7 kmだった。

2006年6月からカッセル市でレギオトラムのRT5系通がメルズンゲン - バウナタール・グンタースハウゼン - カッセル間に運行されて、翌年RT9はトライザー - カッセル間に導入された。2015年12月RT9は廃止され、ヘッセン地方鉄道(Hessische Landesbahn, HLB)の快速列車系通に差し替えられている。

1973年11月5日グンタースハウゼン駅でD453列車とDC973列車が衝突し、その結果死亡者は14人、負傷者は65人だった。1997年7月5日ヘッセン州ノイシュタットで貨物列車が縦横に揺れた。その原因で列車に積載された鋼鉄の荷崩れで反対側からきた快速列車が損傷を受けた。死亡者は6人で、快速列車の前の3両が破壊された。

運行形態編集

遠距離輸送編集

優等列車には制御装置付きの客車が使用されて、DB101形或いは120形機関車が客車を牽引する。ハノーファー-ヴュルツブルク高速線の工事などのため通行不可の時にはこの路線が代わりに利用される。

  • IC 26: ハンブルク・アルトナ - カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ - トライザー - マールブルク - ギーセン - フリードバルク - フランクフルト(マイン) - ハイデルベルク - カールスルーエ。

地域輸送編集

マイン=ヴェーザー線の主な地域路線はマイン=ヴェーザー急行(RE30)、マイン=ジーク急行(RE98/99)及び中部ヘッセン急行(RB40/41)である。他の列車は下のように運行される。カッセル - シュヴァルムシュタット・ヴィーラ間は北ヘッセン運輸連合(Nordhessischer Verkehrsverbund、NVV)の区域に属し[2]、ノイシュタット (マールブルク郡) - フランクフルト間はライン=マイン運輸連合(Rhein-Main-Verkehrsverbund、RMV)の管轄下にある[3]

  • 快速(RE 30); カッセル - カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ - ヴァバーン (カッセル県) - トライザー - マールブルク - ギーセン - フリードバルク - フランクフルト(マイン)。120分間隔。使用車両は146形電気機関車と制御装置付き二階建て客車(Wendezug aus Doppelstockwagen)。
  • 快速(RE 98/RE 99); カッセル/ジーゲン - ギーセン - フリードバルク - フランクフルト(マイン)。ヘッセン地方鉄道(Hessische Landesbahn、HLB)所属。120分間隔(カッセル - ギーセン及びギーセン - フランクフルト)。使用車両はFLIRT。ギーセン駅で二つ編成の列車は分割・併合される。RE98の経路はRE30の経路と同じであるが、列車はカッセル - キルヒハイン区間に普通列車のように停車する。
  • 普通(RB 5); カッセル - カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ - グクスハーゲン - メルズンゲン - ベーブラ - フルダ。キャントゥス(Cantus)社所属。60分間隔。使用車両はFLIRT。列車はこの路線を経由するが、カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ駅からグクスハーゲン駅まで停車しない。
  • 普通(RB 34); ぐらうブルク・シュトクハイム - ニッデラウ - バート・フィルベル - フランクフルト(マイン)。30/60分間隔(月曜日-金曜日)。使用車両はデジロ或いは245形ディーゼル機関車と制御装置付き二階建て客車。
  • 普通(RB 39); カッセル - カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ - ブラナウタール・グンタースハウゼン - フェルスベルク・ゲンズンゲン - ヴァバーン (カッセル県) - バート・ビルドゥンゲン。120分間隔。使用車両はGTW2/6気動車。
  • 普通(RB 40/RB 41); トライザー/ディレンブルク - ギーセン - ブツバッハ - フリードバルク - バート・フィルベル - フランクフルト(マイン)。60/120分間隔。使用車両は442形電車。ギーセン駅で二つ編成の列車は分割・併合される。
  • 普通(RB 49); ギーセン - ブツバッハ - バート・ナウハイム - フリードバルク - ハーナウ。120分間隔。使用車両は442形電車。
  • Sバーン( ); フリードバルク - グロースカーベン - バート・フィルベル - フランクフルト山 - フランクフルト西駅 - フランクフルト(マイン)- フランクフルト南駅。15/30分間隔。使用車両は423形電車
  • トラムトレイン(RT5); カッセル・アウエスタジアム - カッセル中央駅 - カッセル・ヴィルヘルムスホェヘ - ブラナウタール・グンタースハウゼン - グクスハーゲン - メルズンゲン。30/60分間隔。使用車両はアルストム社のレギオシターディス。

参考文献編集

  • Ludwig Brake: Über Fulda oder über Gießen – die Entstehung der Bahnverbindungen zwischen Kassel und Frankfurt im 19. Jahrhundert. In: Jahrbuch für Eisenbahngeschichte 32 (2000), S. 5–16 (ドイツ語)
  • Landesamt für Denkmalpflege Hessen (Hrsg.): Eisenbahn in Hessen. Eisenbahnenbauten- und strecken 1839–1939. 1. Auflage. Theiss Verlag, Stuttgart 2005, ISBN 3-8062-1917-6, Bd. 2.1, S. 142 ff. (Strecke 010) (ドイツ語)
  • Lutz Münzer: Verkehr und Anlagen der nördlichen Main-Weser-Bahn. In: Jahrbuch für Eisenbahngeschichte 32 (2000), S. 28–60. (ドイツ語)
  • Lutz Münzer: Vom Kondominat zur Preußischen Staatseisenbahn – aus der Geschichte der Main-Weser-Bahn zwischen 1866 und 1880. In: Zeitschrift des Vereins für Hessische Geschichte 107, S. 291–314. (ドイツ語)
  • Lutz Münzer: Von der Main-Weser-Bahn zwischen 1866 und 1880. In: Jahrbuch für Eisenbahngeschichte 36 (2004), S. 91–104. (ドイツ語)
  • Erich Preuß: Eisenbahnunfälle bei der Deutschen Bahn. Ursachen – Hintergründe – Konsequenzen. Stuttgart 2004, ISBN 3-613-71229-6, S. 139-141. (ドイツ語)

脚注編集

  1. ^ Preußische Gesetzessammlung 1868 Nr. 49, S. 689
  2. ^ NVVの列車路線図 北ヘッセン運輸連合の資料
  3. ^ RMVの列車路線図 ライン=マイン運輸連合の資料

外部リンク編集