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マウリシオ・マクリ

マウリシオ・マクリ(Mauricio Macri、1959年2月8日 - )は、アルゼンチン政治家、第57代大統領

マウリシオ・マクリ
Mauricio Macri
Presidente Macri en el Sillon de Rivadavia (cropped).jpg

任期 2015年12月10日

出生 (1959-02-08) 1959年2月8日(59歳)
アルゼンチンの旗 アルゼンチン ブエノスアイレス州
政党 共和国の提案
配偶者 フリアナ・アワダ
署名 MacriSignature.png

目次

来歴編集

1959年ブエノスアイレス州タンディル生まれ[1]。父親は、イタリア移民の実業家のフランチェスコ・フランコ・マクリ[1]アルゼンチンカトリック大学で、土木工学を学ぶ[1]。父親の経営する『ソクマ』(Socma)グループの企業でアナリストとして働いた。

32歳の時に誘拐被害にあうが、身代金支払いの後に解放された[1]

1995年12月3日から2007年12月4日にかけてアルゼンチンのサッカーチームのボカ・ジュニアーズの会長を務めた。2008年2月27日にまたボカ・ジュニアーズの会長に復帰するも、同年6月2日に会長職を辞した。

2005年に、国会議員に当選。2007年に、国会議員の職を辞任した。

2007年、ブエノスアイレス市長に当選し、同年12月10日に就任する。2011年、ブエノスアイレス市長に再選された。

2015年、アルゼンチン大統領選挙に『共和国の提案』(Propuesta Republicana)の代表を務めるマクリは、経済の自由化や投資家重視の政策を訴え出馬した。急進市民同盟(Unión Cívica Radical)と市民連合(Coalición Cívica, CC)と共に統一戦線『変革』(Cambiemos)を結成する。10月25日の第一回目の投票では正義党のダニエル・シオリ候補に負けるものの、決選投票に勝って、11月23日に当選を果たした[2]

2015年12月10日よりアルゼンチン大統領に就任した[3]。中道右派政権とされる[3]

2016年11月4日アルゼンチン大豆輸出税率引き下げが延期された。リカルド・ブルジャレイ農産業大臣は10月3日、想定を上回る深刻な景気低迷で税収不足に陥ってる事を背景に、2017~19年における大豆の輸出税率を引き下げスケジュールを見直す方針を発表した。

2017年5月18日 - 20日、公式実務訪問賓客として日本国を訪問[4]。訪日の際に日本国政府より大勲位菊花大綬章を授けられた[5]

大統領職編集

基本的に、マクリは中道右派と報道されている。また、アルゼンチンにおいて、二大政党の正義党にも急進市民同盟にも属さないということ、そして実業家出身ということで、注目されている。なお、14年ぶりに与党となった急進市民同盟は、中道左派とされている。

国際金融資本と対立していた正義党の前政権と異なり、アメリカなどを中心とした国際金融資本との関係を重視する政策を開始した。2001年以来となる国外でのアルゼンチン国債発行を行って、米投資ファンドへの借金返済に充てると同時に国内では社会保障削減等の緊縮政策を推し進めるとしている[6]

パナマ文書編集

2016年に公開されたパナマ文書に大統領本人名義によって租税回避タックスヘイブン)が行われていたことが記されており、アルゼンチン検察が捜査を開始した他、マクリの辞任を求めるデモなども起きている[7]

家族編集

2度の離婚歴があり、最初の妻との間に3子がある。2010年に結婚した3度目の妻フリアナとの間に、女児をもうけている。

脚注編集

外部リンク編集