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マオ([[1989 年]]10月23日 - )は、日本のミュージシャン歌手作詞家ヴィジュアル系ロックバンドシドのボーカルと作詞を担当。福岡県出身。

マオ
生誕 (1977-10-23) 1977年10月23日(41歳)
出身地 日本の旗 日本福岡県
ジャンル ロック
職業 ミュージシャン歌手作詞家
活動期間 SHULA(1999年 - 2003年)→シド(2003年 - )マオ from SID(2016年 - )
共同作業者 シド
公式サイト シド マオのオフィシャルブログ『Mao's Room』

目次

概要編集

2003年、Ba.明希と共にシドを結成。現在のシドのメンバーは全てマオに声をかけられて集まった。Dr.ゆうやとはシド以前からSHULAというポップ・ロックバンドで共に活動していた。シドに加入することを誘ったのも、ゆうやのドラムセンスに目をつけたマオの誘いである。

クレジット表記に基づけば、シドの全楽曲を自身で作詞している(ただし、"循環"だけはマオ個人ではなく明希との合同製作)。

2016年6月22日に「マオ from SID」名義でソロデビュー[1]

人物編集

シドのインディーズ時代には、ライブのメンバーコール時に「妄想コーナー」を設け、シチュエーションまで細かく設定した上で「ダーリン」や「お兄ちゃん」などをコールさせるなどのパフォーマンスを行っていた[2]。最近ではあまり行わなくなってきており、本人曰く「40手前の人がこんなのやってたらダメでしょ」。メジャーデビューしたのは31歳の時であり、よく遅咲きのバンドであると言われることも多いが、本人は「人生を回り道してきて、これがダメだったら音楽をやめようと思ってシドを結成して偶然上手くここまでやってこれたから、もう何も怖いものはない。遅いとか早いとかはあまり関係ないと思う」と語っている。

2010年6月中旬、これまでずっと作詞も歌も独学で行ってきたが、「このままでは勿体ない」「歌で生きていくことの再確認にもなる」との理由でボイストレーニングに通うことを表明。龍寺(ゾロ)、夢人(ベル)と同じ教室でボイストレーニングを行っている[3]。しかし、ハードなトレーニングで2012年頃の一時期喉を壊しかけていた。結局ボイストレーニング教室は2014年頃には通うことはなくなり、再び独学での活動に戻った。

カレーが大好物で、1日3食全てカレーだったり[3]、ブログのネタにしたり、まかないでカレーを食べるためにココイチでのバイトに週6で入ったり、CDの特典DVDに「カレー愛好家」の題で使われたり[4]していた。また、東京ドーム公演の際のマオプロデュースグッズも、マオ監修の下で作成されたカレー「マオカレー」である。キムチなどの辛いものが苦手だったが、自著「一筆書きの美学」の取材旅行で韓国に行って現地のものを食して以来、大好きになった[5]

  • 2013年の初頭に、メニエール病と思われる症状が出るようになり、目眩も酷くなっていったが、本人はそれを隠して活動を続けていた。しかし、2014年年明けすぐに病院に行き、正式にメニエール病と診断を受けていた。さらに、ポリープがあることも分かった為、悩んだ末に両方を完治する治療法に乗り出した。結果として翌年までには完治したが、ポリープを切除した影響で、恋におちてより以降に製作された楽曲では、声質の変化が見られた。

ディスコグラフィー編集

ソロ名義の作品のみを記載。

シングル編集

リリース日 タイトル 形態 備考
1 2016年6月22日 月/星 “月”盤(初回生産限定盤A、CD+DVD)
“星”盤(初回生産限定盤B、CD+DVD)
通常盤(CD)
[1]

書籍編集

ライブ公演編集

  • Maison de M vol.1 in Billboard Live TOKYO(2016年11月26日) - 2回公演で、1回目はID-S(シドの公式ファンクラブ)会員対象

脚注編集

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  1. ^ a b “シドのマオが6・22ソロデビュー 初の全国インストアライブ敢行”. ORICON STYLE. (2016年4月11日). http://www.oricon.co.jp/news/2069981/full/ 2016年4月12日閲覧。 
  2. ^ 「SIDNAD Vol.3 〜TOUR2008 センチメンタルマキアート〜」内、"循環"前のメンバーコールにて
  3. ^ a b マオオフィシャルブログより[出典無効]
  4. ^ "サクラサク" 全日程密着映像
  5. ^ 書籍"一筆書きの美学"[要ページ番号]

外部リンク編集