マセキ芸能社

日本の東京都港区にある芸能事務所

株式会社マセキ芸能社(マセキげいのうしゃ)は、日本芸能事務所

株式会社マセキ芸能社
maseki geinosha co.ltd.
種類 株式会社
略称 マセキ
本社所在地 日本の旗 日本
105-0014
東京都港区3-24-3
北緯35度39分5.2秒 東経139度44分52.7秒 / 北緯35.651444度 東経139.747972度 / 35.651444; 139.747972座標: 北緯35度39分5.2秒 東経139度44分52.7秒 / 北緯35.651444度 東経139.747972度 / 35.651444; 139.747972
本店所在地 110-0015
東京都台東区東上野4-6-5
北緯35度42分46.8秒 東経139度46分50.6秒 / 北緯35.713000度 東経139.780722度 / 35.713000; 139.780722
設立 1950年昭和25年)11月24日
業種 サービス業
法人番号 3010501013174 ウィキデータを編集
事業内容 芸能プロダクション
代表者 柵木秀夫(代表取締役社長
資本金 1000万円
関係する人物 柵木政吉(創業者)
柵木眞(健志)(会長)
川野知介(顧問)
外部リンク https://www.maseki.co.jp/
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概要編集

  • 戦前の浅草で、柵木政吉が「講談演芸社」を設立。
  • 戦後、「有限会社柵木演芸社」と改名。
  • 1950年、現会長の眞(柵木政吉の息子)の社長就任に伴い、「株式会社マセキ芸能社」に改名。現在に至る。
  • 所属タレントには、演芸専門の他、内海桂子好江が講師をしていた日本映画学校(現日本映画大学)OBが多く所属。
  • 2000年代以降、若手はピン芸人の人気が台頭している。
  • 2008年10月2日には、『雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!』(テレビ朝日)にて「マセキ芸能社芸人」というくくりで本社についてのエピソードが語られた。
  • 近年はウッチャンナンチャンバカリズムナイツかが屋などの正統派と出川哲朗狩野英孝三四郎小宮浩信などのポンコツ芸人の2つのラインができ始めており、ポンコツラインは「マセキ幼稚園」と呼ばれている。
  • 東京都台東区の本社のほか、東京都港区に「芝オフィス」があり営業活動を行っている。
  • 事務所ライブには歌舞伎町の「新宿バティオス」もしくは「ミニホール新宿Fu-」を使用している。
  • 態度やマナーには厳しい所と言われ、遅刻したり、事務所からの連絡の返信忘れ、食べ歩き、信号無視、歩きスマホ、手伝い中の居眠りなどをマネージャーやスタッフに見つかった場合は、行儀が悪いという理由で事務所ライブの手伝いを1~2か月やらなきゃいけないペナルティが課せられるという(これを「懲役」と言う人もいる[1])。ニッチェ江上によると、ペナルティの数が多く溜まったために、10年後まで手伝いをやらなければならない若手もいるという[2]

所属タレント編集

お笑いタレント編集

グループ編集

内村光良南原清隆
(塙宣之、土屋伸之)
(秋山良人、石井元気)
(池田勝、宮澤聡)
小宮浩信相田周二
(たーにー、しゅうごパーク)
(芝大輔、ともしげ)
(デロリアン林、エル上田)
(大将、ふるやいなや)
(えざお、福田純一)
(山口誠、東峰零士)
(ほしのディスコ、あいなぷぅ)
(加賀翔、賀屋壮也)
(岸大将、高野正成)
(杉山栄一、矢巻駿)
(奥村うどん、三森大輔)
(宮田陽、宮田昇)

グループ(マセキユース)編集

(江上敬子、近藤くみこ)
(滝田和貴、たくろー)
(古川彰悟、依藤昂幸)
(船引亮佑、木田)
(梶原亜美、亜紅テック)
(蜂谷豪孝、鈴木慎也)
(白田敦也、薄井賢也)
(峯シンジ、斎藤琴音)
(具志堅セイト、新垣一成)
(篠原塁、田中亮)
(マック、ゴリ山口、しばた)
(村田大樹、阪田篤志)
(籾山唯一、海斗)
(稲倉浩基、松川拓弥)
(斉藤椋介、あんび)
(細田祥平、松村祥維)
(小松海佑、あゆむ)
(藤井洋次郎、中原憲弥)
(岩永圭吾、倉田紘顕)
(棒、鉄ヘチマ)
(大山尚樹、大久保八億)

ピン芸人編集

ピン芸人(マセキユース)編集

マジックタレント編集

ものまねタレント編集

俳優編集

MC・パーソナリティー・司会編集

アナウンサー編集

落語家編集

鉄旅タレント編集

ミュージシャン編集

業務提携編集

脚注編集

[脚注の使い方]

外部リンク編集