マッチ・ニッカネン

フィンランドの元スキージャンプ選手

マッチ・エンシオ・ニッカネン(よりフィンランド語に近い表記ではマッティ・エンシオ・ニュカネン、Matti Ensio Nykänen1963年7月17日 - 2019年2月4日)は、フィンランド中央スオミ県ユヴァスキュラ出身の元スキージャンプ選手。

マッチ・ニッカネン
Matti Nykänen 2014-01-30 001.jpg
名前
愛称 マッティ
ラテン文字 Matti Nykänen
基本情報
国籍  フィンランド
種目 ノルディックスキー・ジャンプ
生年月日 (1963-07-17) 1963年7月17日
没年月日 (2019-02-04) 2019年2月4日(55歳没)
生誕地 中央スオミ県ユヴァスキュラ
獲得メダル
 フィンランド
ノルディックスキー
オリンピック
1984 サラエボ 男子90m級個人
1988 カルガリー 男子90m級個人
1988 カルガリー 男子90m級団体
1988 カルガリー 男子70m級個人
1984 サラエボ 男子70m級個人
ノルディックスキー世界選手権
1982 オスロ 男子ラージヒル 個人
1984 エンゲルベルク 男子ラージヒル 団体
1985 ゼーフェルト 男子ラージヒル 団体
1987 オーベルトドルフ 男子ラージヒル 団体
1989 ラフティ 男子ラージヒル 団体
1987 オーベルトドルフ 男子ノーマルヒル 個人
1982 オスロ 男子ラージヒル 団体
1985 ゼーフェルト 男子ラージヒル 個人
1989 ラフティ 男子ラージヒル 個人
スキーフライング世界選手権
1985 プラニツァ 男子個人
1990 ヴィケルスン 男子個人
1983 ハラチョフ 男子個人
1986 クルム 男子個人
1988 オーベルストドルフ 男子個人
ニッカネンが描かれた切手(1988年発行)

映画『イーグル・ジャンプ』では主人公エディ・エドワーズと同じスキージャンプ90m部門に出場し、オリンピック史を塗り替えた選手としてスウェーデンの俳優、エドヴィン・エンドレが演じた。

経歴編集

ニッカネンは1982年オスロ世界選手権で18歳のとき個人90m級(K120、現在のラージヒル)で優勝を飾った後、1984年サラエボオリンピックでは個人70m級(K90、現在のノーマルヒル)で銀メダル、個人90m級で金メダルを獲得した。続く1988年カルガリーオリンピックでは個人70m級、90m級、団体90m級の3種目ですべて金メダルを獲得した。ワールドカップではポーランドアダム・マリシュと共に史上最多タイの4回の総合優勝を果たしている。出身国のフィンランドでは知らぬ人はいないほどの国民的英雄でもあった。

1980年代を代表する最強のジャンパーであり、「ジャンプで恐怖を感じたことはいまだかつて一度も無いんだ」と述べる。日本では「鳥人」と呼ばれた。

1992年に歌手に転向したがこの年の12月に突然来日、翌シーズンに迫った1994年リレハンメルオリンピック出場を目指して日本の社会人チームに同行し、2年ぶりにスキーを履いて名寄市での大会に参加、宮の森ジャンプ競技場など札幌市内でもトレーニングを行う。

ナショナルチームの合宿・遠征時に酒がもとでチームメイトやコーチに暴行をはたらき、メンバーを外されたことがあった。5人の女性と結婚、離婚を6回繰り返し(4~5番目の妻のメルヴィとは2001~2003年と2004~2010年の2回結婚)、2004年8月には飲み友達をナイフで刺してしまい、殺人未遂事件を起こし懲役2年2か月の実刑判決を受け服役した。ニッカネンは2005年9月に釈放されたが、4日後にメルヴィ夫人の虐待事件で再び逮捕されて有罪となり、2006年3月16日から4か月間服役した。その後も2009年12月に再びメルヴィ夫人への傷害で逮捕された[1]2006年1月、ニッカネンを題材とした映画『MATTI』がヨーロッパで公開された。

2019年2月4日に死去したことが明らかにされた[2]。55歳没。前年夏に糖尿病と診断されたと伝えられていた[3]

成績編集

歌手としての作品編集

脚注編集

外部リンク編集