マトゥーンの狂気の毒ガス犯

マトゥーンの狂気の毒ガス犯(マトゥーンのきょうきのどくがすはん、Mad Gasser of Mattoon)は、(「麻酔の徘徊者」("Anesthetic Prowler,")、「幻の麻酔医」("Phantom Anesthetist,")、あるいはたんに「狂気の毒ガス犯」("Mad Gasser")とも)は、1940年代なかばにアメリカ合衆国イリノイ州マトゥーン(Mattoon)で発生した、うわべだけは一連の毒ガス攻撃に見えるものに責任があると信じられた人物あるいは人々に付けられた名前である。毒ガス攻撃の2ダース以上の事例が、疑われた加害者のそれ以上に多い報告された目撃に加えて、2週間にわたって、警察に報告された。毒ガス犯の被害者とされる人々は、家で異臭がして、すぐに両脚の麻痺、咳、吐き気、嘔吐のような症状が続いた、と報告した。

警察は、事象全体を通じて、これらの話について懐疑的なままでいた[1]:235。物的証拠は確認されず[2]:175、多くの報告された毒ガス攻撃には、こぼれたマニキュア用エナメル液、または動物もしくは地元の工場から発する臭いのような、簡単な説明が、あった[1]:237。被害者の症状は軽く、長期的な影響もなかった[2]:175。がそれにもかかわらず、地元の複数の新聞は、報告された攻撃についての人騒がせな記事を掲載し、話を事実として扱った[1]:234

一連の被害は、ただ単に集団ヒステリーのいち事例であると広く考えられている[1][2]。その一方で、狂気の毒ガス犯が実在したとか、あるいは知覚された攻撃は、産業汚染のような別の説明がつくなおと主張する人々もいる。

出現編集

狂気の毒ガス犯の大部分の同時代の説明は、メディアによって報道される最初のマトゥーン事件の犠牲者である、マーシャル・アヴェニュー1408番地(1408 Marshall Avenue)のバート・カーニー夫妻(Mr. and Mrs. Bert Kearney)の証言に基づいている。彼らは、毒ガス犯は、背が高く、やつれている人で、黒っぽい服を着て、ぴったりしたキャップ帽をかぶっていたと説明した[3][4]。 数週間後になされた別の報告は、毒ガス犯は、男装した女性であると説明した[5]。 毒ガス犯はまた、農薬を噴霧する農具フリット・ガン(flit gun)を持ち歩いているとも説明され、うわさによれば彼はそれを使用して毒ガスを噴出した[6]

報告された攻撃編集

1944年の毒ガス犯の事象の最初のものは、1944年8月31日木曜日に、マトゥーンのグラント・アヴェニュー(Grant Ave.)に面した或る家で起きた。アーバン・レーフ(Urban Raef)は、午前の早い時刻に異臭で目が覚めた。彼は吐き気と衰弱感をおぼえ、そして嘔吐の発作を起こした。レーフの妻は、彼が家の内のガス中毒に苦しんでいるのではないかと疑って、台所のこんろ(kitchen stove)を点検して口火(くちび、pilot light)に問題があるかどうかを見ようとしたが、身体の一部が麻痺して、ベッドを離れることができなかった[5][3][7][8][8]

その夜遅くに(同時代の記述のなかには、時刻として翌日午前を指しているものもある)、同様の事象が近くに住んでいる若い母親によってもまた報告された。彼女は、娘が咳をしている音で眼が覚めたが、自分はベッドから出ることができなかった[5]

翌日9月1日に、3つ目の報告された事象があった。マトゥーンのマーシャル・アヴェニュー(Marshall Avenue)のカーニー夫人(Mrs. Kearney)というひとが、午後11時ごろに強い甘い臭いがすると報告したのである。最初、彼女は臭いは窓の外の花からだと信じて、片付けたが、臭いはすぐにきつくなり、彼女は両脚の感覚を失い始めた。カーニー夫人ーはパニック状態に陥り、彼女の通話は、姉妹のミセス・レディ(Mrs. Ready)を呼び寄せたが、彼女は当時、在宅していた。ミセス・レディもまた臭いに気づき、寝室の窓の方向から来ていると断定したが、そこは当時は開いていた。警察に通報したが、徘徊者の証拠は見つからなかった。午前12時30分ごろに(At around 12:30 am)、カーニー夫人の夫バート・カーニー(Bert Kearney)(地元のタクシー運転手で、攻撃の時に留守だった)が、帰宅すると、正体不明の男が、家の窓の1つの近くに隠れているのを見つけた。その男は逃げ、カーニーは彼を捕まえることはできなかった。カーニーによると、徘徊していた人物は背の高い男で、黒っぽい服を着て、きついキャップ帽をかぶっていたというものであった。この説明が、地元メディアで報じられ、マトゥーンの事象を通して毒ガス犯の一般的な説明となった[3][7][8]。攻撃の後に、カーニー夫人は、唇とのどに焼ける感じをおぼえていると報告したが、これは毒ガスの影響によるものとされた[5][8]

当初は、強盗が攻撃の主な動機ではないかと疑われた。事象当時は、カーニー夫妻の家の中には大金があり、徘徊者が、カーニー夫人とその姉妹がその晩早くにそれを数えているのを見た可能性があると推測された[3][7]。地元の複数の新聞は、この事象が最初の毒ガス犯攻撃であると不正確に報じた[3]

カーニーの攻撃から数日後には、半ダースの同様の攻撃があって(表を参照)、ただし、被害者とされる人々はだれも、徘徊者の明確な説明を提供することができなかったし、それら攻撃の現場では手がかりは見つからなかった。物証の最初の標本は9月5日の夜に発見され、その午後10時ころ、カールおよびビューラ・コーデスが家に帰った。彼らは、家で数分間、過ごしたのち、男のハンカチーフよりも少し大きい白い布が、網戸の横にあるポーチにあるのに気づいた。ビューラ・コーデスが布を拾い上げ、その臭いを嗅いだ。彼女は、吸い込むとすぐに、具合がひどく悪くなった。彼女は、その影響は電撃に似ていると説明した。顔がすぐに腫れ始め、彼女は口やのどに灼熱感を感じ、嘔吐し始めた。他の犠牲者と同様に、彼女もまた衰弱感を感じ、両脚の一部の麻痺を経験したと報告した。ビューラ・コーデスはのちに、布がポーチに残っていたが、それは家族の犬を気絶させるためで、そのイヌはいつもはそこで眠り、そのために、徘徊者は、気付かれずに家に着くことができた、と仮定した[9]

布に加えて、「よく使用されている」("well used")ように見えると記述されている合い鍵が、ポーチに隣接する歩道に、口紅の、大きい、ほとんど空(から)のチューブとともに発見されたと伝えられている。布は当局によって分析されたが、それからは、ビューラ・コーデスの反応を説明し得る化学物質は見つからなかった[5][6]

同じ夜に、2つ目の事象が報告されたが、こんどは北13丁目(North 13th Street)の、ミセス・レナード・バレル(Mrs. Leonard Burrell)の家においてであった。彼女は、見知らぬ者が寝室の窓から押し入り、それから自分を毒ガスで殺そうとするのを見た、と報告した。

毒ガス攻撃とされるものに対する公衆の関心は急速に高まったし、FBIが関与したし、地元の警察が声明を出して、住民に居住地域でぐずぐずと留まるのを避けるように呼びかけ、毒ガス犯のためにパトロールするように設立された集団は公共の安全の理由のために解散するように警告した。警察署長C・E・コールはまた、心配している市民らに、銃砲を携帯しまたは発砲させるときは然るべき自制を働かせるように警告した[10]

この期間中、攻撃が報告されているという物証の増加もまたあって、その範囲は、窓の下で発見されたとされる足痕から、窓網戸の破れに至るまでにおよんだ[7][8]

9月12日までに、地元の警察は、あまりに多くのにせの警報を受けていた(大部分は、ガスの臭いがすると思っている、または自分らが徘徊者を見たと信じている市民らから)ので、彼らは毒ガス犯の報告に与えられた優先性を引き下げ、また事象全体がおそらくは、公衆の恐怖によって悪化した説明可能な出来事の結果、そして地元の男性の出征中に女性が感じた不安の表われだ、と発表したほどである[7][10][11]

警察の発表ののち、毒ガス犯の報告は減少した。その日付以降の、議論の余地ある、注目すべき、唯一の事象は、バーサ・バーチ(Bertha Burch)の事例で、彼女は、男装した女性の犯人を見たと主張した[5]

年月日 犠牲者 場所 備考
1944年8月31日 アーバン・夫妻
Mr. and Mrs. Urban Raef
グラント・アヴェニュー
Grant Avenue
N/A
9月1日 Unnamed N/A 氏名の報道なし
9月1日 チャールズ・ライダー夫人
Mrs. Charles Rider
プレーリー・アヴェニュー
Prairie Avenue
N/A
9月1日 ミセス・バート・カーニー
Mrs. Bert Kearney
マーシャル・アヴェニュー
Marshall Avenue
First case reported in the media;[5] most Gasser descriptions derive from this case
9月5日 ミセス・ビューラ・コーデス
Mrs. Beulah Cordes
北21丁目
North 21st Street
ポーチで見つけた布の臭いを嗅いだ後に体調が悪くなった
9月5日 レナード・バレル夫人
Mrs. Leonard Burrell
北13丁目
North 13th Street
N/A
9月6日 ミセス・ローラ・
Mrs. Laura Junken
リッチモンド・アヴェニュー
Richmond Avenue
N/A
9月6日 アーデル・スパングル
Ardell Spangle
北15丁目
North 15th Street
N/A
9月6日 ミスタ・フレッド・ゴーブル
Mr. Fred Goble
N/A Saw prowler believed to be Gasser
9月6日 ミセス・グレンダ・ヘンダーショット
(Mrs. Glenda Hendershott)
南14丁目
South 14th Street
N/A
9月6日 ミスタ・ダニエル・スポーン
Mr. Daniel Spohn
南19丁目
North 19th street
N/A
9月6日 ミセス・コーディ・テイラー
Mrs. Cordie Taylor
チャールストン・アヴェニュー
Charleston Avenue
N/A
9月6日 ミス・フランシス・スミス
Miss Frances Smith
ミス・マキシン・スミス
Miss Maxine Smith
モートリー・アヴェニュー
Moultrie Ave
N/A
9月7日 上に同じ
As Above
上に同じ
As Above
青いもやが見え、ガス発生装置から駆動音がしたとされている。
9月8日 ミスタ・C・W・ドリスケル
Mr C.W. Driskell
デウィット・アヴェニュー
DeWitt Avenue
N/A
9月9日 ミセス・ジュヌヴィエーヴ・ハスケル
Mrs. Genevieve Haskell
グレイソン・ウェイン・ハスケル
Grayson Wayne Haskell
ミセス・ラッセル・ベイリー
Mrs. Russell Bailey
ミス・キャサリン・タッツォー
Miss Katherine Tuzzo
ウェストウッド
Westwood
N/A
9月9日 ミセス・ルーシー・スティーヴンス
Mrs. Lucy Stephens
北32丁目
North 32nd Street
N/A
9月10日 Unnamed シャンペイン・アヴェニュー
Champaign Avenue
氏名の報道なし
9月10日 Unnamed モートリー・アヴェニュー2112番地
2112 Moultrie Avenue
氏名の報道なし
9月10日 ミス・フランシス・スミス
Miss Frances Smith
ミス・マキシン・スミス
Miss Maxine Smith
モートリー・アヴェニュー
Moultrie Ave
三度目に報じられた事件
9月13日 バーサ・バーチ
Bertha Burch
N/A この事件にて、女性の足跡が残されており、犯人は男装した女性であると報じられた

(表は不完全である)[5][3][4][7][8][12][13]

説明編集

マトゥーンの狂気の毒ガス犯の正体については、集団ヒステリー、重工業汚染、または実際の物理的加害者の3つの説が取り上げられている。これらの事象は、超常現象についての作家らによってもまた書かれている。

集団ヒステリー編集

マトゥーンの攻撃が始まってほぼ2週間後、地元の公衆衛生委員長(Commissioner of Public Health)のトマス・V・ライト(Thomas V. Wright)は、多くのガス攻撃事象が疑いもなくあった、しかし多くの事例はヒステリーによる可能性がある、と発表した: 居住者は不安にさせられる噂を聞き、それから場違いな臭いや影に直面したときにはパニックになった。ライトは述べた[7]:

毒ガス狂人が存在し、多くの攻撃を行ったことは間違いない。しかし、報告されている攻撃の多くは、ヒステリーにほかならない。ガス・マンへの恐怖は、彼が噴霧している比較的無害なガスの脅威と均衡を失している。町全体がヒステリーを起こしている。

9月12日に、地元警察署長C・E・コール(C. E. Cole)は、ライトの仮説をさらに一歩進めて、ガス攻撃はおそらく、まったくなかった、報告されたそれら事象はおそらく近くの産業施設から風で運ばれた化学物質によって引き起こされ、それから公衆のパニックによって悪化した、と発表した[5]

ライトとコールの診断は、1945年に『Journal of Abnormal and Social Psychology』がドナルド・M・ジョンソン(Donald M. Johnson)による「"The 'phantom anesthetist' of Mattoon: a field study of mass hysteria"」を公表したとき、さらに妥当性を与えられたが、これは、マトゥーンの事象を集団ヒステリーにおけるケース・スタディとして文書で証明した。1959年に、彼の意見は、心理学者ジェームズ・P・チャップリン(James P. Chaplin)によって支持され[14]、 そしてその後、集団ヒステリーの現象に関するその後のいくつかの研究のための基礎を成した[15]

ボトトート(Botetourt)とマトゥーンの事象の間に記録された身体的症状の大部分(窒息、粘膜の腫れ、そして衰弱/一時的な麻痺を含む)はすべて、ヒステリーの症状を示唆された[16]。 一部の専門家は、集団ヒステリーは、『Mattoon Journal-Gazette』の見出し「カーニー母娘 初の犠牲者」("Mrs. Kearney and Daughter First Victims,")、によって促進されたし、これはもっと攻撃があるだろうと想定した、と考えている。

有毒な廃棄物あるいは汚染編集

9月12日に、警察署長コールは、記者会見で、臭いと症状は近くの工場で汚染物質または有害廃棄物が放出された結果である可能性がある、と報告し、四塩化炭素またはトリクロロエチレン(どちらも甘い臭いがあり、毒ガス犯の被害者とされる人々が報告しているものと同じような症状を引き起こすことがある)が放出された物質であるかもしれないと推測した[5][11]

コールの声明に応えて、この事象に巻き込まれた主たる企業アトラス=インペリアル(Atlas-Imperial)は、当社の施設にはたった5ガロンの四塩化炭素しか在庫がなく、それは消防設備に含まれている、という自社の声明を発表した。アトラス=インペリアル役員もまた、あらゆる量のトリクロロエチレン(アトラスによって使用された産業用溶剤)が町の病気の責任があることもあるということを否定し、もし町の住民を病気にするならばかなりの量の化学物質を要したであろうし、工場外の誰かが影響を受けるよりもずっと前に、工場労働者が同様の症状を経験していたであろうと推論した[11]

ガス攻撃当時は、アトラスの工場は、州保健省によって安全であると認定されていた[11]

現実の攻撃者編集

一部の研究者は、複数の事象を分析したのちに、少なくともいくつかの毒ガス犯の事象は、目撃者によって報告された一連の毒ガス攻撃を行った実際の攻撃者の仕業であった、と断定している[12]

他の提案編集

超常現象に関する一部の作家は、これら事象を取材している。クラーク(Clark)(1993年)は、ローレン・コールマン(Loren Coleman)の『Mysterious America』からのガス攻撃犯のイラストレーションを描いている:「[画家は]彼を、人間ではない、おそらく地球外存在者として、描写している」[17]

大衆文化編集

  • 人気のあるジェームズ・サーバーのコレクション『My Life and Hard Times』1933年(最初の攻撃の年。ただし、それらの前に書かれた)刊からの短編小説「The The Night The Bed Fell」には、狂気の毒ガス犯にたいする不合理な恐れが予測された。物語の中では、語り手のおばは、眠っている間に、強盗が寝室のドアの下の管を通してクロロホルムを吹き送るのではないかと恐れた。
  • 狂気の毒ガス犯は、『Do Go On』の2018年のエピソード[18]、『Futility Closet』の2016年のエピソード[19]、『The Dollop』の2015年のエピソード[20]、『The Memory Palace』の2009年のエピソード[21]といった無数のポッドキャストにて取り上げられている。
  • ビデオ・ゲーム『真・女神転生IV』には、マトゥーンの狂気の毒ガス犯を元にした仲魔(プレイヤーに協力する悪魔)が登場する。

脚注編集

  1. ^ a b c d Bartholomew, Robert E.; Victor, Jeffrey S. (Spring 2004). “A Social-Psychological Theory of Collective Anxiety Attacks: The "Mad Gasser" Reexamined”. The Sociological Quarterly 45 (2): 229–248. 
  2. ^ a b c Johnson, Donald M (1945). “The 'phantom anesthetist' of Mattoon: a field study of mass hysteria”. Journal of Abnormal and Social Psychology (40): 175–186. doi:10.1037/h0062339. 
  3. ^ a b c d e f “Aesthetic Prowler" on the loose Mrs. Kearney and daughter first victims.”. Daily Journal-Gazette (Mattoon). (1944年9月2日). オリジナルの2007年9月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070927210105/http://www.eiu.edu/~localite/coles/mattoon/gasser/First%20Victims%20Article.htm 2006年11月1日閲覧。 
  4. ^ a b “Victims of gas prowler now 25”. Charleston Daily Courier. (1944年9月9日). オリジナルの2006年6月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20060620192849/http://www.eiu.edu/~localite/coles/mattoon/gasser/September%209.htm 2006年11月1日閲覧。 
  5. ^ a b c d e f g h i j Clark, Jerome (1993). Unexplained! 347 Strange Sightings, Incredible Occurrences, and Puzzling Physical Phenomena. Detroit: Visible Ink Press. ISBN 0-8103-9436-7 
  6. ^ a b “At Night in Mattoon”. Time Magazine. (1944-09-18). 0040-781X. http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,796678,00.html 2006年11月1日閲覧。. 
  7. ^ a b c d e f g Taylor, Troy (2002年). “The mad gasser of Virginia and & Mattoon, Illinois”. Ghosts of the Prairie. 2006年10月1日閲覧。
  8. ^ a b c d e f Taylor, Troy (2002). Into the shadows. Whitechapel Productions. ISBN 1-892523-21-3 
  9. ^ “Anesthetic prowler adds victim: Mrs. C. Cordes burned, Ill two hours”. Daily Journal-Gazette (Mattoon). (1944年9月6日). オリジナルの2007年9月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070927210235/http://www.eiu.edu/~localite/coles/mattoon/gasser/Mrs%20Cordes%20Burned.htm 2006年11月10日閲覧。 
  10. ^ a b “Many Prowler Reports; few Real - To all citizens of Mattoon”. Daily Journal-Gazette (Mattoon). (1944年9月11日). オリジナルの2007年9月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20070927205957/http://www.eiu.edu/~localite/coles/mattoon/gasser/Calm%20Weekend%20-%20To%20All%20Citizens.htm 2006年11月1日閲覧。 
  11. ^ a b c d “Police get two false alarms during night”. Daily Journal-Gazette (Mattoon). (1944年9月13日). http://www.eiu.edu/~localite/coles/mattoon/gasser/All's%20Quiet.htm 2006年11月1日閲覧。 
  12. ^ a b Clark, Jerome; Coleman Loren (1972-02-01). “The Mad Gasser of Mattoon”. Fate 25 (2). 
  13. ^ Mio, Leslie (2001年). “Location of "Gasser Attacks"”. Eastern Illinois University. 2006年9月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年11月10日閲覧。
  14. ^ Chaplin, J. P. (1959). Rumor, Fear and The Madness of Crowds. Ballantine Books. ASIN B000AMUL5M 
  15. ^ Dash, Mike (2000). Borderlands: The ultimate exploration of the unknown. Overlook. ISBN 0-87951-724-7 
  16. ^ Janet, Pierre (1965). Major Symptoms of Hysteria (2nd edition). Macmillan Pub Co. 
  17. ^ Clark, Jerome (1993). Unexplained! 347 Strange Sightings, Incredible Occurrences, and Puzzling Physical Phenomena. Detroit: Visible Ink Press. pp. 239. ISBN 0-8103-9436-7 
  18. ^ 146 - The Mad Gasser of Mattoon”. 2018年8月24日閲覧。
  19. ^ Futility Closet 132: The Mad Gasser of Mattoon”. 2018年8月24日閲覧。
  20. ^ Episode 120:Dollop:The Mad Gasser”. 2018年8月24日閲覧。
  21. ^ A Gas Gas Gas”. The Memory Palace. 2018年8月24日閲覧。

読書案内編集

外部リンク編集