マトラ・MS7 (Matra MS7) は、マトラが製作したフォーミュラ2カー。1967年から1969年までF1世界選手権に投入された。

マトラ・MS7
Matra MS7.jpg
カテゴリー F1
F2
コンストラクター マトラ
デザイナー ベルナール・ボイヤー
先代 MS5/MS6
後継 MS9
主要諸元[1]
シャシー アルミニウムモノコック.
エンジン フォード コスワース FVA L4
トランスミッション ヒューランド FG 200 5速 MT
重量 500 kg (1,100 lb)
燃料 エルフ
タイヤ ダンロップ, グッドイヤー
主要成績
チーム マトラ, ティレル・レーシング
ドライバー ベルギーの旗 ジャッキー・イクス
フランスの旗 ジャン=ピエール・ベルトワーズ
フランスの旗 ジョニー・セルボ=ギャバン
初戦 1967年モナコグランプリ
出走優勝表彰台ポールFラップ
60000
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MS7はF1ではそれほどの成功を収めなかったが、F2では1967年後半から1969年まで圧倒的な強さを発揮した。

開発編集

MS7はフォーミュラ1カー以外でマトラが最後に製作したオープンホイールカーであったが、モータースポーツ史上最も成功したフォーミュラ2カーの1台である。モノコックはリベット止めされた4つの肋骨を持ち、サイドパネルには総容量120リッターの燃料タンクが配置された。1.6リッターのコスワースエンジンは多くの燃料を必要とした。MS7は投入された3年間で、ほぼ変わらぬまま使用された。1968年および1969年にはフロントとリアにウィングが付けられた。前モデルのMS6ブラバムによって使用されていたが、MS7は1967年、1968年、1969年と3年連続でF2のタイトルを獲得した。

F2編集

MS7はF2タイトルを3年連続で獲得した。ヨーロッパF2選手権の初年度となった1967年ティレル・レーシングジャッキー・イクスが3勝を挙げて獲得した。1968年マトラ・ファクトリージャン=ピエール・ベルトワーズが5勝を挙げた。1969年マトラ・インターナショナルジョニー・セルボ=ギャバンが3勝を挙げた。

F1における全成績編集

(key) (太字ポールポジション斜体ファステストラップ

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 ポイント 順位
1967年 マトラ・スポール フォード コスワース FVA 1.6 L4 D


G

RSA
 
MON
 
NED
 
BEL
 
FRA
 
GBR
 
GER
 
CAN
 
ITA
 
USA
 
MEX
 
0 NC
ジャン=ピエール・ベルトワーズ DNQ DNA 7 7
ジョニー・セルボ=ギャバン Ret DNA
ティレル・レーシング D ジャッキー・イクス Ret
1968年 マトラ・スポール フォード コスワース FVA 1.6 L4 D RSA
 
ESP
 
MON
 
BEL
 
NED
 
FRA
 
GBR
 
GER
 
ITA
 
CAN
 
USA
 
MEX
 
451 3位
ジャン=ピエール・ベルトワーズ 6
1969年 マトラ・スポール フォード コスワース FVA 1.6 L4 D RSA
 
ESP
 
MON
 
NED
 
FRA
 
GBR
 
GER
 
ITA
 
CAN
 
USA
 
MEX
 
662 1位
アンリ・ペスカロロ 5
ジョニー・セルボ=ギャバン Ret

1 1ポイントはMS7、それ以外のポイントはMS10による。
2 MS7はF2カテゴリーでの出場のためポイント獲得は無かった。

ノンタイトル戦における全成績編集

(key)

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6
1967年 マトラ・スポール フォード コスワース FVA 1.6 L4 D ROC SPC INT SYR OUL ESP
ジャン=ピエール・ベルトワーズ Ret 10
ジャッキー・イクス Ret
アンリ・ペスカロロ 7
ティレル・レーシング・オーガニゼーション ジャッキー・スチュワート 2 Ret

参照編集

  1. ^ STATS F1 - マトラ・MS7”. Statsf1.com. 2015年8月29日閲覧。

参考文献編集