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マフムード2世 (セルジューク朝)

生涯編集

父は大セルジューク朝の第7代スルタンであるムハンマド・タパルで長男。1118年4月の父の死後、叔父のアフマド・サンジャルと分割する形で跡を継いだ。1119年8月にアフマドの西進を受けてイランサーヴェの戦いで大敗した。継嗣の無かったアフマドは娘を与えて自らの後継者にし、事実上支配下に置かれたが、1131年に没した[1]

マフムード2世はスルタンとしての力量に欠けており、イラクの政情は安定せず、1127年にはザンギー朝が自立し、アサド族マズヤド朝も勢力を拡大した[2]

脚注編集

  1. ^ 永田、p. 111
  2. ^ 佐藤、p. 282

参考文献編集

先代:
ムハンマド・タパル
イラク・セルジューク朝
1118年 - 1131年
次代:
ダーウード