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マブソン青眼(2013年撮影)

マブソン 青眼(マブソン せいがん[1][2]、アルファベット表記:Seegan Mabesoone[3]、本名:ローラン・マブソン[1][4]: Laurent Mabesoone[4]1968年[5][6] - )は、フランス出身の俳人[1][2]比較文学[2][7]小林一茶研究家、大学講師[6]日本長野県長野市在住[1][2][4][5][7]。檻の俳句館(長野県上田市古安曽)館主[7]

略歴編集

 
長野オリンピック・俳句でおもてなし

1968年[5][6]、フランス南部(南フランス)のタルヌ県生まれ[4]ノルマンディー育ち[2]パリ大学大学院日本文学研究科博士課程修了、早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程修了、博士[5]十文字学園女子大学信州大学非常勤講師[2][5]。専門は小林一茶研究[6]、俳文学、比較文学[4]金子兜太主宰「海程同人、「青眼句会」主宰、「俳句弾圧不忘の碑」建立事務局代表[2]

10歳の時、が読み聞かせてくれたというシャルル・ボードレールの『旅への誘い』をきっかけに、詩人になることを決心[4]。16歳の時、日本への交換留学で来日[4][6]。留学先の栃木県立宇都宮高等学校図書室[2]松尾芭蕉俳句作品の英語訳と出会う[2][4][6]。のちにパリ大学で日本文学を学び[6]、20代後半から句作がフランス語から日本語に変わる[4][6]。その後再来日し、1996年から長野市に居を構え[5]長野県庁長野冬季オリンピック(1998年)国際交流員に就任[1]。フランス語通訳・翻訳のほか[2]、文化プログラム「長野オリンピック・俳句でおもてなし」の実施を担当する[4][6]。その傍らで、信州の俳人・小林一茶の研究にあたり[1]、のちに日本人女性結婚[4]。このころ金子兜太と出会う。2011年の東日本大震災における福島第一原子力発電所事故に衝撃を受け、反原発反戦運動に参加。2015年、フランスで起こったシャルリー・エブド襲撃事件を受け、武士天皇すら相手に批判を行った一茶の反骨精神に共感し、『反骨の俳人一茶』を上梓した[2]

1998年に、白馬村の渡辺俊夫と共に長野日仏協会を創立(現在、同協会顧問)。平成23年度、平成25年度NHK全国俳句大会ジュニアの部選者、第17回俳句甲子園審査委員長。2000年から俳句結社「海程」(金子兜太主宰)同人、金子兜太師没後は後継誌「海原」同人、2004年から「青眼句会」主宰。「脱原発アピール・黄色いリボン」(イエローリボン)の提案者。[要出典]

長野市立後町小学校樹木保存請求民事調停の申立人代表(2014年和解)[8]

2017年、金子兜太窪島誠一郎と共に「昭和俳句弾圧事件記念碑の会」(「俳句弾圧不忘の碑」建立計画)の筆頭呼びかけ人となり、同会の事務局代表を務める。[要出典]

2018年2月25日、長野県上田市の無言館近くに建立された「俳句弾圧不忘の碑」(金子兜太揮毫)の除幕式を行った[1]。同日、その横に「檻の俳句館」が開館され、同館の館主を務めている[7]

 
「俳句弾圧不忘の碑」(上田市「無言館」近く、金子兜太揮毫、筆頭呼びかけ人:金子兜太、窪島誠一郎、マブソン青眼)

著書編集

研究書編集

  • 『詩としての俳諧、俳諧としての詩 ― 一茶・クローデル・国際ハイク』(博士学位論文の単行本化、永田書房、2004年、2005年度「日本比較文学会賞」候補)
  • 『『おくのほそ道』解釈事典 - 諸説一覧』(共著、東京堂出版、2003年)

エッセー編集

  • 『一茶とワイン - ふらんす流俳諧の楽しみ』(「青眼句日記」「ノルマンディーの夏」所収、角川書店、2006年)
  • 『江戸のエコロジスト一茶』(角川書店、2010年)
  • 『参月庵ニッポン日記』(本阿弥書店「俳壇」誌、2013/1~2014/12連載)

訳書編集

  • 『一茶と句碑 Haiku graves dans la pierre - Inventaire des steles poetiques dediees a Kobayashi Issa』(一茶句碑の目録、仏語訳、里文出版, 2003年)
  • 『Journal des derniers jours de mon père』(一茶著『父の終焉日記』仏訳、Pippa Editions, 2014年)
  • 『反骨の俳人一茶 Haikus satiriques de Kobayashi Issa』(一茶の反権力の風刺句、日仏二ヶ国語出版、解説付、Pippa Editions, 2015年)
  • 『一茶と猫 Haikus sur les chats de Kobayashi Issa』(日仏二ヶ国語出版、解説付、Pippa Editions, 2016年)
  • 『日本レジスタンス俳句撰 HAÏKUS DE LA RÉSISTANCE JAPONAISE (1929-1945)』(日仏二ヶ国語出版、序文「弾圧された俳人の名誉回復と弾圧に協力した俳人の責任追及を」、Pippa Editions, 2016年)
  • 金子兜太著『あの夏、兵士だった私』(フランス語部分訳、序文、解説、40句訳付)Tōta Kaneko, Cet été-là, j’étais soldat... - Mémoires de guerre d’un maître de haïku, suivi d’une sélection de quarante haïkus récents, traduction, notes et préface (Pippa Editions, 2018) (ISBN 978-2-37679-010-5)

句集編集

  • 『空青すぎて』(参月庵出版、2002年、第3回雪梁舎俳句大賞受賞)
  • 『天女節』(参月庵出版、2004年、「俳人協会新人賞」候補)
  • 『アラビア夜話』(参月庵出版、2005年、「俳人協会新人賞」候補)
  • 『渡り鳥日記』(参月庵出版、2007年、CDROM付き、「俳人協会新人賞」候補)
  • 合同句集(編集)に
  • 『フクシマ以後 APRES FUKUSHIMA 』(Editions Golias、2012)
  • 『反原発俳句三十人集 TRENTE HAIJINS CONTRE LE NUCLEAIRE』(日仏2ヶ国語編集、序文、翻訳、Pippa Editions, 2015年)等がある。

出演番組編集

脚注編集

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出典編集

  1. ^ a b c d e f g 崔埰寿 (2018年5月5日). “表現弾圧の苦難、決して忘れては…俳人・マブソン青眼”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). https://www.asahi.com/articles/ASL4R6T4YL4RPIHB035.html 2019年9月6日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f g h i j k “マブソン青眼さんインタビュー 憲法が危うい今だからこそ俳句弾圧事件を想起しよう”. 長野県革新懇ニュース (日本と信州の明日をひらく県民懇話会(長野県革新懇)). (2018年5月10日). http://www.nagano-kakushinkon.com/common/sample/s228.pdf 2019年9月6日閲覧。 
  3. ^ Interview Seegan Mabesoone” (英語). 信濃町. 2019年9月6日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k World Wide Waseda (24)フランス Laurent Mabesoone (ローラン マブソン)さん”. 早稲田大学学生部 (2001年11月22日). 2019年9月6日閲覧。
  5. ^ a b c d e f HMV&BOOKS online マブソン青眼 プロフィール(『江戸のエコロジスト一茶 角川学芸ブックス』より)”. ローソンエンタテインメント. 2019年9月6日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i Interview マブソン青眼”. 信濃町. 2019年9月6日閲覧。
  7. ^ a b c d “「檻の俳句館」上田で開館へ 戦時下に弾圧された俳人を顕彰”. 信濃毎日新聞 (信濃毎日新聞社). (2018年2月21日). https://www.hokurikushinkansen-navi.jp/pc/news/article.php?id=NEWS0000013716 2019年9月6日閲覧。 
  8. ^ 加藤久雄 (2014年12月9日). “旧後町小学校樹木保存等請求調停事件に関する和解について”. 長野市. 2019年9月6日閲覧。

外部リンク編集