マリ・ロシニクロアチア語: Mali Lošinj,イタリア語: Lussinpiccolo)はクロアチア西部、プリモリェ=ゴルスキ・コタル郡の都市及び基礎自治体で、ロシニ島に位置する。2001年の国勢調査による人口は8,388人でそのうち83%はクロアチア人が占める[1]。 適した気候からホテルやリゾート地が作られ、森林や整備されたビーチなど観光開発が行われている。村落のほとんどはロシニ湾のもっとも保護された部分に位置し、町部のほとんどは東側の日当たりの良い場所に位置する。

マリ・ロシニ
Mali Lošinj
マリ・ロシニの景観
マリ・ロシニの景観
座標 : 北緯44度32分2秒 東経14度28分5秒 / 北緯44.53389度 東経14.46806度 / 44.53389; 14.46806
行政
クロアチアの旗 クロアチア
  プリモリェ=ゴルスキ・コタル郡
 市 マリ・ロシニ
市長 Gari Cappelli(HDZ
人口
人口 (2001年現在)
  市域 8,388人
その他
等時帯 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1)
夏時間 中央ヨーロッパ夏時間 (UTC+2)
郵便番号 51 550
市外局番 +385 051
ナンバープレート RI
公式ウェブサイト : www.mali-losinj.hr
マリ・ロシニの位置(クロアチア内)
マリ・ロシニ
マリ・ロシニ
マリ・ロシニ (クロアチア)

歴史 編集

町が最初に言及されたのは1398年で、小村を意味するマロ・セロ(Malo selo)であった。1868年には繁栄した年を経験する。11箇所の多くの造船所など、アドリア海沿岸ではリエカトリエステヴェネチアの様に商船の先進地となるが、蒸気機関が発明されると発展は停滞した。また、ブドウのべと病も大流行している。マリ・ロシニは1918年までオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあり、その後第一次世界大戦後にイタリアの領域となる。1947年にはユーゴスラビアの一部となった。ユーゴスラビア社会主義連邦共和国が発足すると多くの移民が発生し、第二次世界大戦後には2,200の住民しか残らなかった。

脚注 編集