マルセロ・サラス
チリのサッカー選手
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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の姓)はサラス、第二姓(母方の姓)はメリナオです。 |
ホセ・マルセロ・サラス・メリナオ(José Marcelo Salas Melinao, 1974年12月24日 - )は、チリ共和国テムコ出身の元サッカー選手。チリ代表の歴代最多得点の記録保持者。インディオのマプチェ族から派生したアラウカナ族にルーツを持つ[1]。
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名前 | ||||||
本名 | ホセ・マルセロ・サラス・メリナオ José Marcelo Salas Melinao |
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愛称 | エル・マタドール(闘牛士) | |||||
ラテン文字 | Marcelo SALAS | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | ![]() |
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生年月日 | 1974年12月24日(43歳) | |||||
出身地 | テムコ | |||||
身長 | 173cm | |||||
体重 | 73kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW | |||||
利き足 | 左足 | |||||
代表歴 | ||||||
1994-2008 | ![]() |
70 | (37) | |||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
来歴編集
1994年、ウニベルシダ・デ・チリでデビューを飾り、25試合で27得点を挙げる大活躍を見せる。同年5月18日のアルゼンチン戦でチリ代表デビューを果たすと、いきなり得点を挙げた。ボールコントロールや精度の高いシュートなどで名を上げ、1996年にアルゼンチンの強豪CAリーベル・プレートへ移籍。翌年にはフランスW杯南米予選では11得点を挙げてチリを4大会ぶりのワールドカップ出場に導き、自身も南米最優秀選手に選ばれた。1998年のフランスW杯では、主将のイバン・サモラーノと2トップを組み、「ZaSaコンビ(サ・サコンビ)」として活躍して、チリの躍進に貢献した。
その後、1998年にセリエAのSSラツィオへ移籍。翌1999-2000シーズンの同チームの優勝に貢献した。その活躍によって2001-02シーズンにユヴェントスへ移籍するも故障がちで活躍できず、2003年にリーベルプレートへ復帰した。さらに2005年からはキャリアをスタートさせたウニベルシダ・デ・チリでプレーしている。同年、代表にも復帰し、サモラーノの持つ代表最多得点記録34得点を更新した。
2006年末、ウニベルシダ・デ・チリを退団。その後、MLSのシカゴ・ファイアーのキャンプに参加し入団テストを受けたが合意に至らず、結局、2007年7月にウニベルシダ・デ・チリと再契約した。
所属クラブ編集
- ウニベルシダ・デ・チリ 1994-1996
- CAリーベル・プレート 1996-1998
- SSラツィオ 1998-2001
- ユヴェントス 2001-2003
- リーベルプレート 2003-2005
- ウニベルシダ・デ・チリ 2005-2006
- ウニベルシダ・デ・チリ 2007-2008.11
脚注編集
- ^ 金子義仁 『ワールドサッカーすごいヤツ全集』 フットワーク出版、1999年、p.51-57。ISBN 4-87689-330-6。