マルヨ無線事件

日本の強盗殺人放火事件

マルヨ無線事件[4](マルヨむせんじけん)とは1966年昭和41年)12月5日福岡県福岡市下川端町(現:福岡県福岡市博多区下川端町)の電器店で発生した強盗殺人・放火事件[1][2]川端町事件[5](かわばたまちじけん)、マルヨ無線強盗殺人放火事件[6](マルヨむせんごうとうさつじんほうかじけん)とも呼ばれている。

マルヨ無線事件
場所

日本の旗 日本福岡県福岡市下川端町(現:福岡県福岡市博多区下川端町)[1]

電器店「マルヨ無線川端店」[2]
標的 店員2人[2][3]
日付 1966年昭和41年)12月5日[2]
深夜
概要 福岡市内の電器店「マルヨ無線」に元従業員ら2人が強盗目的で押し入り、店員2人をハンマーで殴るなどして約22万円を奪った上で逃走時に石油ストーブを転倒させて放火し被害者店員1人を焼死させた[2]
攻撃手段 ハンマーで殴る・石油ストーブを転倒させて放火する[2]
攻撃側人数 2人[2]
武器 ハンマー[2][3]
死亡者 店員1人[2](炎上した店内で焼死)[3]
負傷者 店員1人[2]
損害 現金約22万円[2][3]
犯人 元店員O(事件当時20歳)・少年(同17歳)の計2人[2]
対処 福岡県警が加害者2人を逮捕・福岡地検が起訴
謝罪 死刑囚Oは強盗に入った事実を認め謝罪しているが放火に関しては「謝罪と雪冤は相反しない」として無罪を主張している[1][2]
刑事訴訟 元店員Oは死刑未執行[1][2]
共犯少年は懲役13年[1][2]
少年審判 共犯少年は福岡家庭裁判所送致された後に「刑事処分相当」として福岡地検へ逆送致
管轄 福岡県警察(県警捜査一課・博多警察署
福岡地方検察庁福岡高等検察庁
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加害者の1人として逮捕された元店員は1970年(昭和45年)に強盗殺人未遂罪・強盗殺人罪現住建造物等放火罪で有罪となって最高裁死刑が確定したが現在も強盗殺人・放火のみ冤罪を訴えて再審請求中で、日本弁護士連合会が支援する再審事件である。

事件の概要編集

1966年(昭和41年)12月5日の深夜、福岡県福岡市下川端町(現:福岡市博多区下川端町)の電器店[1]「マルヨ無線 川端店」に[2]、元店員の男O(当時20歳)と少年(当時17歳)が強盗目的で侵入、宿直の店員2人をハンマーで殴り重傷を負わせ、現金22万円余りと腕時計2個を奪い、元店員Oが証拠隠蔽のため石油ストーブを蹴飛ばし放火して逃走。店員2人のうち1人は自力で脱出するが、もう1人は焼死体となって発見された。

事件発生から5日後の1966年12月10日に共犯の少年が出頭して福岡県警察(県警捜査一課・博多警察署)に逮捕され、死刑囚Oも事件発生から約3週間後の1966年12月27日に逮捕された[1]

事件現場となった電器店「マルヨ無線 川端店」は事件後に廃業し、同店があった商店街は2016年(平成28年)末時点で博多リバレインとなっている[1]。マルヨ無線は同店の他にも複数店舗を持っていたが[注 1]その後倒産し消滅した。

背景編集

元店員Oは1946年(昭和21年)9月19日生まれ[9]山口県宇部市出身で[10]、マルヨ無線でアルバイトしながら日本電波専門学校に通学。卒業後、マルヨ無線の正社員に採用。だが店の商品であるラジオを盗んでは質入れを繰り返していたことが会社に発覚、解雇されて警察に通報される。身柄を警察に拘束されている間に、電気店の店長が元店員Oに無断でアパートの部屋に入り、ローンで購入したステレオを持ち去られた。

山口家裁は元店員Oを窃盗の非行事実で保護観察処分とする。その後、元店員Oは別の電気店に就職するも、また商品を盗んで質入れしていたことが発覚して窃盗罪検挙され、中等少年院に2年間、入所していた。少年院で仲良くなった少年(当時15歳)に、かつて勤務していたマルヨ無線川端店の強盗計画を打ち明ける。出所後、スピード違反の反則金7000円の金策に困り、強盗計画を実行に移すことを決意。

後の裁判で少年は元店員Oが「店に押し入り、店員を殺して、証拠隠滅に放火する」と強盗殺人計画を打ち明けていたと証言するも、元店員Oはこの証言を事実無根と否定して、あくまでも強盗計画のみと主張している。

刑事裁判編集

加害者2人は強盗殺人罪・現住建造物等放火罪などで[2]福岡県警に逮捕され、福岡地方検察庁から福岡地方裁判所起訴された[3]

  • 1968年(昭和43年)12月14日 - 福岡地裁は被告人・元店員Oに死刑判決を言い渡した[9]
    福岡地裁は判決理由において犯行動機を「元勤務先・電器店に対する処遇に関する恨み・金銭欲」と事実認定したが[1]、死刑囚Oは2016年12月に書いた文書で「確かにそのような一面もあったがなお説明不十分だ」と反論している[2]
  • 1970年(昭和45年)3月20日 - 福岡高等裁判所が被告人・元店員Oの死刑判決支持・控訴棄却の判決を言い渡した[9]
    控訴審から放火を否定。警察の取り調べで、店の出火原因が石油ストーブ転倒によるものと言われ、現場写真を見せられ、厳しく追及されて、「石油ストーブを足で蹴って放火した」と嘘の自白をしたと主張。
  • 1970年(昭和45年)11月12日 - 最高裁判所上告棄却の判決が言い渡され、死刑が確定した[9]
  • 共犯・元少年は第一審で懲役13年を受け、控訴審で確定した[3]

再審請求編集

死刑囚・元店員Oは被害者に対する謝罪の念を表明しているが「謝罪と雪冤は相反しない」と主張した上で、本事件に関して放火を行ったとされる確定判決事実認定を否定して再審請求を行っている[1][2]。死刑確定後の1973年(昭和48年) - 1979年(昭和54年)に福岡地裁へ4度の再審請求を行ったがすべて棄却された[2]

その後、日弁連が死刑囚・元店員Oの「再審事件委員会」を設立し、1979年(昭和54年)2月に再審を支援して福岡地裁へ5度目の再審請求をした[2][1]。この再審請求の際には事件当時に消火活動を行った消防士・現場を調べた警察官がそれぞれ「現場の石油ストーブが人為的に倒された形跡がない」と証言したが、1988年(昭和63年)10月に福岡地裁は再審請求を棄却する決定をした[2]

死刑囚Oの弁護団(弁護団長:上田國廣)は1990年(平成2年)11月に「死刑囚O本人への尋問・鑑定や検証など証拠調べ、および火元となった同型石油ストーブの燃焼実験・検証や共犯元少年・生存した被害者元店員の証人尋問など」を要求したが2年以上経過した1993年(平成5年)4月時点でも認められず、前月(1993年3月)に死刑執行が再開されたことを受けて同月22日(当時・第5次再審請求即時抗告中)に福岡高裁刑事第2部(池田憲義裁判長)へ同様の証拠調べを請求する上申書を提出した[11]

福岡高裁刑事第2部(池田憲義裁判長)はこれを受けて1994年(平成6年)4月に「同型のストーブを使用して実験検証を行う」と決定して原審・再審請求を通じて初となるストーブ検証を行い[12]、1994年6月1日・7月18日と2度にわたりストーブの形状測定・前傾時の状態などを調べた[13]。その結果、検証に立ち会った福岡高裁の職員がストーブを複数回足蹴りしてもストーブは一度も横転しなかったほか、手で強引に押し倒しても安全装置が作動して給油タンクが外れることが判明した[14]。しかし1995年(平成7年)3月28日付で福岡高裁刑事第2部(池田憲義裁判長)は「ストーブを蹴り倒そうとしても床を滑るだけで倒れることはないと考えられるが、ストーブは手で傾けることも可能であり、弁護人らの主張する新証拠は放火の認定を覆すに足りるとは言えない」として弁護人の即時抗告を棄却する決定を出した[15]

最高裁判所第三小法廷は1998年(平成10年)10月27日付で死刑囚・元店員Oの特別抗告を棄却する決定を出した[16]。検証結果により、犯行方法の事実認定に疑いがあることが証明されたが、放火したという事実そのものに疑いを生じさせる証拠が見つからない限り再審は開始できないと判断したが、犯行事実の一部に新たな証拠が見つかれば、再審理由が認められるという新たな基準を示した[16]

死刑囚・元店員Oは特別抗告棄却決定直後(1998年10月)に第6次再審請求を起こしたが、福岡地裁で2008年(平成20年)3月に棄却決定がなされた[2]。福岡高裁に即時抗告したが2012年(平成24年)3月29日に棄却。死刑囚O側は最高裁に特別抗告をしたが2013年6月に棄却された[2]

死刑囚Oは2013年(平成25年)7月に福岡地裁へ第7次再審請求を提起し、2019年3月時点で審理中である[2]

死刑囚として編集

福岡地裁で死刑判決を受けてから50年以上が経過した2019年(平成31年)3月17日時点でも死刑囚・元店員Oは死刑を執行されることなく福岡拘置所収監されており[2]死刑廃止運動団体「フォーラム90」の調査によれば[9]2019年(令和元年)10月1日時点で[17]存命中の死刑囚としては最古参である[9]。死刑確定から約40年以上にわたり死刑囚Oの再審弁護人を担当している弁護士・上田國廣は2019年3月に読売新聞西部本社の取材に対し、死刑執行が長期間にわたり見送られ続けている理由を「事件当時若年だったことに加え、仮に再審請求が認められ放火が無罪となれば死刑回避の余地が残されていることなど『死刑執行を躊躇させる要素』があるためだろう」と回答している[2]

死刑囚Oは獄中にて新聞記事・ラジオ放送を通じて他の死刑囚の死刑執行を把握しており[2]、自身の福岡拘置所入所から2016年7月までに死刑囚37人の死刑執行・3人の病死・1人の自殺を見届けて、死刑執行当日の朝に別れの挨拶・握手をして見送った死刑囚もいる[1]。また「毎朝のように『今日は自分が死刑執行されるかもしれない』という思いを抱きながら生きているが、もし自由の身になったら三輪スクーターで日本一周巡礼の旅をしたい」と述べている[1]

また死刑囚Oは平日に5時間30分程度紙袋作りの自己契約作業(内職)を行っているが、手記にて「モーニング娘。AKB48のコンサートがあるとその絵柄の材料が入荷することがあるので間接的にアイドルグループのイベントに触れる楽しみがある」と述べている[1]。このほか獄中生活における楽しみとして「新聞閲読で国内外の動きを知ること・読書・音楽鑑賞」を挙げており、認知症予防のため新聞に掲載された大学入試センター試験問題の解答・小説本の読書・趣味の俳句などを続けている[2]

脚注編集

注釈編集

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  1. ^ 西日本新聞』(西日本新聞社)2001年4月2日朝刊では当時新天町(福岡市中央区天神二丁目)で営業していた「マルヨ無線 新天町本店」店舗の売り上げ状況について報道されているが[7]、同紙2001年6月7日朝刊では「同店舗跡地にソニーグループの携帯電話・モバイルの専門販売店『S-CUBE』が開店する」と報道されている[8]

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 朝日新聞』2016年12月31日西部朝刊第一社会面29頁「逮捕50年 死刑囚の悔恨 マルヨ無線事件 O死刑囚手記 謝罪と再審請求、相反しない」
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac 読売新聞』2019年3月17日西部朝刊第一社会面35頁「マルヨ無線強殺放火 O死刑囚 獄中半世紀内省の日々 本紙に手紙」
  3. ^ a b c d e f マルヨ無線事件” (日本語). コトバンク. 『朝日新聞』2015年4月15日朝刊第二社会面掲載キーワード「マルヨ無線事件」. 朝日新聞社. 2019年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年5月2日閲覧。
  4. ^ 德永響「日弁連支援事件 マルヨ無線事件―即時抗告棄却決定と特別抗告」『再審通信』第103号、日本弁護士連合会人権擁護委員会、2012年5月、 29-32頁、 NAID 40019339480
  5. ^ 大塚公子『57人の死刑囚』お-21、角川書店角川文庫〉、1998年8月21日(原著1995年10月25日)。ISBN 978-4041878033
  6. ^ 松宮孝明「再審請求審における総合評価―マルヨ無線強盗殺人放火事件再審特別抗告審決定について」『立命館法學』1999年6号、立命館大学法学会、2000年3月、 1271-1288頁、 NAID 40003743087
  7. ^ 西日本新聞』2001年4月2日朝刊35頁「家電リサイクル法 戸惑いの初日 特需から一変 客足ばったり 運搬料金に差 業者探り合い」
  8. ^ 『西日本新聞』2001年6月7日朝刊9頁「ソニーグループの携帯・モバイル店 福岡市・天神あすオープン」
  9. ^ a b c d e f 年報・死刑廃止 2019, p. 248.
  10. ^ 『西日本新聞』1995年3月29日朝刊31頁「マルヨ無線強殺再審請求、『放火無罪』訴え棄却、福岡高裁」
  11. ^ 『朝日新聞』1993年4月23日西部朝刊第一社会面25頁「『マルヨ無線』事件死刑囚、一部無罪求め上申書 【西部】」
  12. ^ 『読売新聞』1994年4月22日西部朝刊第一社会面23頁「マルヨ無線事件 死刑囚再審請求で争点のストーブ実験検証 福岡高裁が決定」
  13. ^ 『日本経済新聞』1994年6月2日西部朝刊社会面17頁「マルヨ無線事件、再審請求抗告審、ストーブ検証実施」
  14. ^ 『読売新聞』1994年7月19日西部朝刊第二社会面22頁「マルヨ無線強殺事件 ストーブ、検証で倒れず 原判決認定覆す結果/福岡高裁」
  15. ^ 『朝日新聞』1995年3月29日西部朝刊第二社会面30頁「再審請求棄却で特別抗告の方針 『マルヨ事件』弁護団 【西部】」
  16. ^ a b 最高裁第三小法廷決定(1998-10-27)
  17. ^ 年報・死刑廃止 2019, p. 275.

参考文献編集

刑事裁判の判決文・決定文編集

  • 最高裁判所第三小法廷決定 1998年(平成10年)10月27日 『最高裁判所刑事判例集』(刑集)第52巻7号363頁、裁判所ウェブサイト掲載判例、平成7年(し)第49号、『再審請求棄却決定に対する即時抗告棄却決定に対する特別抗告事件』。
裁判所ウェブサイト掲載判例
判示事項
  1. 確定判決が科刑上一罪として処断した一部の罪について無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見した場合と刑訴法四三五条六号の再審事由
  2. 確定判決が詳しく認定判示した犯行の態様の一部に事実誤認のあることが明らかになった場合と刑訴法四三五条六号の再審事由
  3. 刑訴法四三五条六号の再審事由の存否を判断するに当たり確定判決が標目を挙示しなかった証拠及び再審請求後の審理において新たに得られた証拠を検討の対象にすることの可否
裁判要旨
  1. 確定判決が科刑上一罪として処断した一部の罪について無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見した場合は、その罪が最も重い罪ではないときであっても、刑訴法四三五条六号の再審事由に該当する。
  2. 確定判決が詳しく認定判示した犯行の態様の一部に事実誤認のあることが判明した場合であっても、そのことにより罪となるべき事実の存在に合理的な疑いを生じさせない限り、刑訴法四三五条六号の再審事由には該当しない。
  3. 刑訴法四三五条六号の再審事由の存否を判断するため、新証拠と他の全証拠とを総合的に評価するに当たっては、確定判決が標目を挙示しなかったものであってもその審理中に提出されていた証拠、再審請求後の審理において新たに得られた他の証拠をも検討の対象にすることができる。
参照法条
刑事訴訟法第435条6号,刑法第54条1項

書籍編集

関連項目編集