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マンジョウ・ケイタMandjou Keita1979年11月28日 - )は、ギニアリベリアサッカー選手。元ギニア代表。ポジションはAMFまたはFW

マンジョウ・ケイタ Football pictogram.svg
名前
本名 マンジョウ・ケイタ
ラテン文字 Mandjou Keita
基本情報
国籍 ギニアの旗 ギニア
リベリアの旗 リベリア
生年月日 (1979-11-28) 1979年11月28日(39歳)
出身地 ギニアの旗 ギニアンゼレコレ
身長 186cm
選手情報
ポジション MF(AMF)/FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2007 マレーシアの旗 ペラFA 75 (50)
2007-2008 ブルネイの旗 DPMM FC 21 (11)
2009-2010 アメリカ合衆国の旗 ポートランド・ティンバーズ 39 (12)
2009-2010 インドの旗 サルガオカーFC(loan) 9 (8)
2010-2012 インドの旗 プネーFC 17 (16)
2013 マレーシアの旗 ケランタンFA 10 (4)
代表歴
1998-2001  ギニア U-23 16 (10)
2001-2011  ギニア 36 (16)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

クラブ歴編集

マレーシアペラFAでプロとなり、2004年9月12日のPKNS FC戦で初出場を果たした。ピアラFAマレーシアの制覇に貢献したことで、2005シーズンも契約が延長された。

2006シーズンには17得点を挙げ、マレーシア・スーパーリーグで得点王となった。最優秀外国人選手賞にノミネートされた3人のうちの1人にもなったものの、受賞とはならなかった[1]

2007年にはインドネシアプルシジャ・ジャカルタへ移籍するとの話であったが[2]、ピッチ上でのパフォーマンスの問題から移籍とはならず、ペラFAにこの年も在籍、再び得点王に輝いた。

2007シーズンが終ると家庭の事情により退団、フランスFCロリアンのトライアルに参加した[3]。しかし、Sリーグに参加しているブルネイDPMM FCに加入した。

2009年1月にはアメリカ合衆国ポートランド・ティンバーズに加入[4]。本人はストライカーとしての起用を好んだものの、2トップに対してのトップ下の役割でも活躍した。

その後、Iリーグに所属するサルガオカーFCにレンタル移籍[5]。2010年4月にレンタル期間が終了しポートランドへ戻った[6]

しかし、ポートランドに復帰した後には定位置を掴むことが出来ず、10試合1得点の活躍に止まった。そのため9月1日には再びインドに赴きプネーFCに加入した[7]

プネーFCでは2010年12月3日のモフン・バガンAC戦で初出場を果たし、2011年1月30日のJCT FC戦でハットトリックを達成した。

プネーFCで2シーズン過ごしたのち、再びマレーシアに上陸し、ケランタンFAに加入。AFCカップ2012での4人目の外国人選手としての加入であったが[8]、国際移籍証明書の問題によってAFCカップの出場は出来なかった。

代表歴編集

ギニアU-23代表では主将を務めた。

また、A代表としても36試合の出場を果たした。

タイトル編集

クラブ編集

ペラFA
ポートランド・ティンバーズ

個人編集

  • マレーシア・スーパーリーグ得点王: 2006, 2007
  • ユナイテッド・サッカーリーグ・ファースト・ディヴィジョン・オールリーグ・ファーストチーム: 2009

参考文献編集

外部リンク編集