マーキュリー・レコード
マーキュリー・レコード(Mercury Records)は、1945年にアメリカ合衆国イリノイ州シカゴで設立されたレコード会社である。設立当初はインディーズとしてスタートし、1961年以後はメジャー・レーベルの子会社となっている。
Mercury Records | |
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親会社 | ユニバーサルミュージック |
設立 | 1945年 |
設立者 | アーヴィン・グリーン バール・アダムス アーサー・タルマッジ |
販売元 | ユニバーサルミュージック |
ジャンル | R&B、ロック、ファンク、ソウル、ジャズ、カントリー、ポップス クラシック |
国 | ![]() |
本社所在地 | ![]() |
公式サイト | Mercury Recordsアーカイブ |
レコード業界の合併による巨大企業グループ化の流れで、マーキュリー、ポリドール、フォノグラムは、ポリグラムの傘下となった。ユニバーサル ミュージック グループの傘下にあり、イギリスに形式上の本部を置く。アメリカでは、名称とロゴはバック・カタログとリイシューにのみ使われている。
沿革編集
1945年にアーヴィン・グリーン、バール・アダムス、アーサー・タルマッジによって、インディーズ・レーベルとして設立された[1]。R&B、ジャズ、クラシック、カントリー・ミュージックなど手広く扱ったが、ソウル・ミュージック、ファンク、ロックンロールなど戦後の新しい音楽に焦点を当て、大成功を収めた。
エロール・ガーナーやダイナ・ワシントン、パティ・ペイジが初期の代表的なミュージシャンとして知られる。シカゴとミズーリ州セントルイスの2箇所にプレス工場を開いた。1940年代後半には「キーノート・レコード」を買収し、1950年代にはプロデューサーのノーマン・グランツと組んで、一連の作品を発表。また、プラターズの「オンリー・ユー」が大ヒットになった。
1954年にはジャズ部門を独立させたエマーシー・レコードを設立。また、映画のサウンドトラック用35mmテープを流用したクラシックの高音質録音を逸早く手掛け、チャイコフスキーの大序曲「1812年」(1958年録音、アンタル・ドラティ指揮ミネアポリス交響楽団)等の録音を生んだ。
1961年にフィリップス・レコードに買収され、傘下のレーベルとなり、以後親会社が再三変更となった。マーキュリーはR&Bだけでなく、バーケイズ、キャメオ、コン・ファンク・シャン[2]などファンクのジャンルにも強いのがレーベルの一つの特色だった。1980年代にはポリグラムに、フィリップス・レコードごと買収される。
1998年末にポリグラムがMCAレコードを有するシーグラムに買収され、両社はユニバーサル ミュージック グループに統合される。再編成でマーキュリーはアイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループに組み込まれ、所属ポップアーティストはアイランド・レコード[注 1]とデフ・ジャム・レコードレーベル[注 2]に振り分けられた。
サブ・レーベル編集
- スマッシュ・レコード
- フォンタナ・レコード
- エマーシー・レコード - ジャズ・レーベル
かつての所属アーティスト編集
- バーケイズ
- コン・ファンク・シャン
- キャメオ
- オハイオ・プレイヤーズ
- クール&ザ・ギャング
- ギャップ・バンド
- ロバート・クレイ
- ジェリー・バトラー
- カーティス・ブロウ
- ヘヴン&アース
- マーヴィン・シーズ
- ブルック・ベントン
- プラターズ
- バックマン・ターナー・オーヴァードライヴ
- ロッド・スチュワート
- ペイパー・レース
- パティ・ペイジ
- ボン・ジョヴィ
- 10cc
- キャプテン・ビーフハート
など
日本での発売元編集
- 1952年 - タイヘイ音響(後の日本マーキュリーレコード)
- 1957年 - キングレコード
- 1961年 - 日本ビクター
- 1970年 - 日本フォノグラム
- 1993年 - ポリグラム(日本)
- 1999年 - ユニバーサルミュージック ※上記ポリグラムの社名変更。
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント編集
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント(MME)は、ポリグラム株式会社[注 3]の子会社にあたるレコード会社。1995年に日本フォノグラム[注 4]が社名変更して発足した。1970年代歌謡曲、ニュー・ミュージック時代からのフィリップス・レコードの流れでJ-POP部門を有しており、実質的にポリグラムのJ-POP制作部門にあたるレコード会社だった。
社名変更時の社長は石坂敬一。日本フォノグラム時代の社長に、日本レコード協会理事、リキッド・オーディオ・ジャパン社長を務めることになるアレクサンダー・アブラモフがいる。織田裕二など他レコード会社所属歌手が移籍する形で、徐々にアーティストの人数を拡大。1995年に松田聖子が多額の契約金を得て、ソニーレコードからマーキュリーに移籍し移籍後もヒットを出した。
なおポリグラムグループで、フォノグラムの買収により子会社となったポリドール株式会社の方が古くから洋楽、歌謡曲、ニュー・ミュージックの制作を行ってきたが、グループ内で実際に事業統合が行われるようになるのはユニバーサルミュージックが発足して3年近く経過した2002年に入ってからのことである。
2000年3月にJ-POP制作部門をユニバーサルミュージックに組み込む形で事業譲渡し解散し、同年中に旧キティエンタープライズと制作部門を統合したユニバーサルミュージック内の社内カンパニー「キティMME」として発足。従来のMME所属アーティストはキティMMEに異動した。キティMMEとポリドールは2002年に「ユニバーサルJ」として集約された。
かつての日本の所属アーティスト編集
上記MMEについて特記する。クラシック・歌謡曲系のマーキュリー所属については、
- 松田聖子 - 原盤権はファンティックが保有しているが、マーキュリー時代の旧カタログは現在籍するEMI RECORDSに移管されている。
- 織田裕二
- ZIGGY
- 筋肉少女帯
- 反町隆史
- BUCK-TICK
- KAN
など
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関連項目編集
脚注/出典編集
注釈編集
- ^ スティーヴ・ウィンウッドらが所属した
- ^ パブリック・エナミー、LLクールJ、スリック・リック、ナイス&スムーズ、EPMDらが所属した
- ^ かつては、ジェームス・ブラウンやバリー・ホワイトの発売元だった。
- ^ かつては、クイーンの発売元だった。
出典編集
- ^ “Mecury Records co-founder Berle Adams dies”. Variety. 2022年1月12日閲覧。
- ^ “Artist Biography - Con Funk Shun”. 8 January 2022閲覧。
外部リンク編集
- Mercury Records UK site
- Mercury KX
- Mercury Records Australian site
- マーキュリー・レコードのディスコグラフィ - Discogs
- Mercury Nashville – official site
- Mercury Studios
- Microgroove.jp – a site devoted to the label's history
- Mercury US & UK A&R team contact list