マーク・エドモンドソン

マーク・ロナルド・エドモンドソンMark Ronald Edmondson, 1954年6月28日 - )は、オーストラリアニューサウスウェールズ州ゴスフォード出身の元男子プロテニス選手。自己最高ランキングはシングルス15位、ダブルス3位。ATPツアーでシングルス6勝、ダブルス34勝を挙げた。4大大会でも男子ダブルスでは通算「5勝」を挙げている。“Eddo”(エド)という愛称で呼ばれた。

マーク・エドモンドソン
Mark Edmondson
基本情報
フルネーム Mark Ronald Edmondson
愛称 エド (Eddo)
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 同・ニューサウスウェールズ州
ゴスフォード
生年月日 (1954-06-28) 1954年6月28日(69歳)
身長 185cm
体重 86kg
利き手
ツアー経歴
デビュー年 1975年
引退年 1988年
ツアー通算 40勝
シングルス 6勝
ダブルス 34勝
生涯通算成績 758勝496敗
シングルス 251勝238敗
ダブルス 507勝258敗
生涯獲得賞金 1,451,680 アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(1976)
全仏 2回戦(1977)
全英 ベスト4(1982)
全米 3回戦(1977・81)
優勝回数 1(豪1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(1980・81・83・84)
全仏 優勝(1985)
全英 ベスト8(1978・82・84)
全米 ベスト4(1978)
優勝回数 5(豪4・仏1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 15位
ダブルス 3位

1976年全豪オープン男子シングルス優勝者であり、地元オーストラリア人選手最後の全豪オープン男子シングルス優勝者である。

経歴 編集

マーク・エドモンドソンの選手経歴は、1975年から始まった。その翌年、1976年初めの全豪オープン男子シングルスで、エドモンドソンは世界ランキング212位のノーシードから勝ち進み、準決勝で同じオーストラリアケン・ローズウォールを破ると、初進出の決勝でいきなりジョン・ニューカムを 6-7, 6-3, 7-6, 6-1 で破って優勝した。全豪オープンの歴史を通じて、男子シングルスでノーシードの選手が優勝したのは史上初めてだったという。これは同時に、地元オーストラリアの男子選手が全豪男子シングルスで優勝した(現時点で)最後の勝利でもある。その後、エドモンドソンは男子ツアーのシングルスで総計「6勝」を記録し、全豪優勝から5年後の1981年に年間3勝を挙げたが、彼はシングルスよりもダブルスの分野で多くの好成績を残した。

エドモンドソンのダブルスは、プロ入りした1975年末の「シドニー・アウトドア」大会から優勝記録が始まる。1976年にシングルス優勝を果たした地元の全豪オープンでは、男子ダブルスで1980年1981年1983年1984年の4度優勝した。1980年1981年の2連覇では、パートナーはキム・ウォーウィックと組んだが、1983年ポール・マクナミー1984年シャーウッド・スチュワートと組んで優勝した。マクナミーと組んで3度目の全豪ダブルス優勝をした1983年、エドモンドソンはスチュワートと一緒に全仏オープンの男子ダブルス決勝にも進出したが、スウェーデンペアのアンダース・ヤリードハンス・シモンソン組に敗れて準優勝になっている。1985年、エドモンドソンはウォーウィックとのペアで全仏オープンの男子ダブルスに初優勝を飾り、全豪オープン以外の4大大会で初めてのタイトルを獲得した。しかし、同年末の全豪オープンではウォーウィックと組みながらも、決勝でアメリカペアのポール・アナコーン(後にピート・サンプラスのコーチになった人)とクリスト・バン・レンスバーグのペアに敗れ、3年連続5度目の優勝を逃した。(当時の全豪オープンは11月の年末開催であったため、全仏オープンのほうが先に終了した。現在の感覚とは大きく異なる点で、注意を要する。)エドモンドソンはダブルスで1987年まで優勝記録を残し、キャリア通算で「34勝」を挙げた。1988年1月、年頭開催になった全豪オープンの男子ダブルス2回戦敗退を最後に現役を引退した。

4大大会優勝 編集

外部リンク 編集