ミシェル・ロカール

フランスの政治家。第11代フランス首相

ミシェル・ロカール(フランス語:Michel Rocard1930年8月23日 - 2016年7月2日[1])は、フランスの政治家、社会党員である。

ミシェル・ロカール
Michel Rocard
Michel Rocard-IMG 3829.jpg
2012年3月17日
生年月日 (1930-08-23) 1930年8月23日
出生地 Flag of France (1794–1815, 1830–1958).svg フランス オー=ド=セーヌ県クールブヴォア
没年月日 (2016-07-02) 2016年7月2日(85歳没)
死没地 フランスの旗 フランス パリ
出身校 パリ大学文学部
パリ政治学院
フランス国立行政学院(ENA)
所属政党 社会党(PS)
配偶者 ジュヌヴィエーヴ・プジョル
ミシェル・レジェンドレ
シルヴィ・ペリシエ
子女 2人(ジュヴィエーヌ・プジョルとの間)
2人(シルヴィ・ペリシエとの間)

フランスの旗 社会党
第6代第一書記
在任期間 1993年4月3日 - 1994年6月19日
大統領 フランソワ・ミッテラン

在任期間 1988年5月10日 - 1991年5月5日
大統領 フランソワ・ミッテラン

その他の職歴
フランスの旗 フランス
第13代農業大臣

1983年3月22日 - 1985年4月4日
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略歴編集

1930年8月23日にパリ郊外のクールブヴォアで誕生する。パリ大学文学部、パリ政治学院フランス国立行政学院(ENA)を卒業し、大蔵省に勤める。

1967年統一社会党(PSU)の全国書記となり、1968年五月革命で学生たちを指導。

1969年フランス大統領選挙に立候補。同年の総選挙で当選。1974年、社会党(PS)に合流。1977年コンフラン=サントノリーヌ市長に就任(1994年まで)

1981年ミッテラン政権誕生とともに、国土開発計画相に就任。1983年には、農相に就任。

1988年5月、首相に就任し、EC市場統合を目指した経済政策を推進。

1991年5月、首相を辞任。1994年欧州議会選挙でロカールを筆頭とする社会主義勢力が大敗し、1995年次期大統領選候補から後退。

2016年7月2日にパリ市内の病院でで死去した[1]

脚注編集

外部リンク編集

公職
先代:
ジャック・シラク
  フランス首相
第11代:1988年5月10日 - 1991年5月5日
次代:
エディット・クレッソン
先代:
エディット・クレッソン
  フランス農務大臣
1983年3月22日 - 1985年4月4日
次代:
アンリ・ナレ
先代:
ジャン・レカヌエット
  フランス共和国
都市・地方計画大臣

1981年5月22日 - 1983年3月23日
次代:
ガストン・ドフェール
先代:
フェルナンド・イカート
  フランス共和国
国土開発計画大臣

1981年5月22日 - 1983年3月23日
次代:
ガストン・ドフェール
党職
先代:
ローラン・ファビウス
社会党第一書記
第6代:1993年4月3日 - 1994年6月19日
次代:
アンリ・エマニュエリ