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ミヒャエル・スキッベMichael Skibbe1964年8月4日 - )は、ドイツ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者

ミヒャエル・スキッベ Football pictogram.svg
Michael Skibbe in Moscow.jpg
名前
ラテン文字 Michael Skibbe
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1964-08-04) 1964年8月4日(54歳)
出身地 ゲルゼンキルヒェン
身長 180cm
選手情報
ポジション FW
ユース
1982-1984 西ドイツの旗 シャルケ04
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1984-1986 西ドイツの旗 シャルケ04 15 (1)
監督歴
1998-2000 ドイツの旗 ボルシア・ドルトムント
2005-2008 ドイツの旗 バイエル・レバークーゼン
2008-2009 トルコの旗 ガラタサライ
2009-2011 ドイツの旗 アイントラハト・フランクフルト
2011 トルコの旗 エスキシェヒルスポル
2011-2012 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリン
2012 トルコの旗 カラビュックスポル
2013-2015 スイスの旗 グラスホッパー・チューリッヒ
2015 トルコの旗 エスキシェヒルスポル
2015-2018 ギリシャの旗 ギリシャ代表
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

略歴編集

選手としての実績は乏しく、1983年から1987年までシャルケ04に所属し15試合出場して2得点。将来を有望視されたタレントであったのにもかかわらず、膝の重症により若くして引退を余儀なくされた。

引退後はシャルケ04ボルシア・ドルトムントでユース部門のコーチ・監督、育成部門責任者、セカンドチームの監督として実績を積んだのち、1998-99シーズンにボルシア・ドルトムントの監督に就任。まずまずの結果を残すものの、2000年2月に解任される。

しかし業界内での評価は非常に高く、同年夏ルディ・フェラードイツ代表監督就任にともなってヘッドコーチとしてドイツ代表入り。主にチーム戦術の決定や戦術トレーニングを担当する。2002日韓ワールドカップユーロ2004に参加している。

2004年6月にフェラー監督とともに代表チームのコーチを辞任すると、その後はドイツU-18代表監督などを務めた。また育成部門の責任者として数多くの改革を実施している。2005年10月、フェラー監督のあとを受けてバイエル・レバークーゼンの監督に就任。2005-06、2006-07シーズンと2シーズン連続で5位でシーズンを終え、UEFAカップ出場権を獲得した。2008-09シーズンからトルコガラタサライSKの監督に就任したが、2009年2月に解任された。2009年夏、アイントラハト・フランクフルトの監督に就任した。2011年3月、成績不振を理由に解任された[1]。2011年7月からはトルコのエスキシェヒールスポルを率いていたが、同年12月21日、マルクス・バッベルの後任としてヘルタ・ベルリンの監督に就任することが発表された。しかし就任後5試合で1勝も上げることが出来出来ず2012年2月12日に就任からわずか43日で解任されたれた[2]

2013年6月15日、スイスのグラスホッパー・クラブ・チューリッヒの監督に就任することが発表された[3]

所属クラブ編集

指導歴編集

脚注編集

  1. ^ アイントラハトがスキッベ監督を解任”. UEFA.com (2011年3月22日). 2011年3月23日閲覧。
  2. ^ ヘルタがスキッベ監督を解任”. UEFA.com (2012年2月12日). 2012年2月13日閲覧。
  3. ^ グラスホッパーの新監督はスキッベ氏”. UEFA.com (2013年6月15日). 2013年6月17日閲覧。