勲章

主に国家あるいはその元首などが個人に対し、その功績や業績を表彰するために与える栄典のうち、章飾の授与を伴うもの、あるいはその栄誉を示す章飾
ミリタリー・クロスから転送)

勲章(くんしょう)は、主に国家元首などが功績や業績を残した個人又は団体を表彰するために与える栄典のうち、章飾の授与を伴うもの、あるいはその栄誉を示す章飾。

概要 編集

日本における定義 編集

明治以降の日本において、個人の功績や業績を国家が表彰するための制度としては、叙位叙爵(戦後廃止)、叙勲及び褒章の栄典、並びに賜杯記章などが存在しており[1]、その中で勲章は、叙勲に属する章飾とされている[2]。つまり、勲章は叙勲によって勲位などと共に与えられるものの一つである。栄誉を示すために身に着ける佩章で、賞勲局所管の法令によって定められるものには勲章の他に褒章及び記章があり、これらは総称して「勲章等」と表記される(「勲章等着用規程」(昭和39年4月28日総理府告示第16号)第1条)。

欧米の制度 編集

欧米の栄典のうち日本の勲章等に相当するものには、イギリスの“order”“decoration”“cross”“medal”、 フランスでは“ordre”“décoration”“médaille” 、ドイツでは“Orden”, “Ehrenzeichen”[注 1]“Auszeichnung”“Medaille”“Denkmünze”などがあり、性格や価値はそれぞれ異なる。

“medal”(英)や “Medaille”(独)に相当する日本語としては「褒章」、「記章」などもあるが、日本の定義と異なるため、日本に於ける勲章、褒章及び記章の分け方とは一致していない。例えば、イギリスの“medal”やドイツの“Medaille”などの中には日本の下級勲章(勲七等又は功六級以下)に近いものもあり[注 2]、これらについても「勲章」と扱われることが多く見られる[4]。特に、クロス章は日本にはないカテゴリの章であるため、勲章であるか記章なのかは、書籍等によって扱いが区々である[5]。またそのようなことから、「栄典制度の在り方に関する懇談会」に於いて、orderの制度が無いアメリカ合衆国には勲章が無いとする賞勲局の見解に対して、出席者から異が唱えられたこともある[6]

種類 編集

ヨーロッパにおいて勲章等に相当するものとしては以下のものがある。

オーダー 編集

: order: ordre: Orden

「騎士団」(: Chivalric order: Ordre de chevalerie)或は「特定の騎士の地位」を意味する言葉から、その構成員の記章を示すようになった。他の勲章と区別するために「騎士団勲章」と表記されるほか、「勲爵士団」とも訳される[注 3]中世騎士団に由来、或はその制度に倣った栄典で、騎士団(勲爵士団)へ入団することが栄誉であり、記章はその団員証として授与される。すなわち、受勲するということは勲爵士団への入団を意味する。[4]

デコレーション 編集

: decoration: décoration: Ehrenzeichen

勲爵士団とは関係なく、功績に対する栄誉を称えて授与される勲章であり、記章自体が栄誉の証である。「栄誉勲章」或は「功労勲章」と訳されることもある。下記のメダルやクロスもこの概念でのデコレーションの一種であるが、国によってはより狭い意味でも使われる[7]。例えばイギリスの場合、功労勲章でメダルより下位に位置付けられるものに“decoration”の名称が付けられている[8]

メダル 編集

: medal: médaille: Medaille

「記章」或は名称の場合「〜章」と訳されることもある。性格的には広い意味でのデコレーションに含まれるが、日本では勲章の範疇にはない褒章従軍記章記念章などもメダルと称される。

デコレーションに含まれるものは、低い地位の者或は低い功績に対しても与えられる。その中には、オーダーと同じ名前が付き、その対象者でより低い地位或は功績の者に授与されるものもある。ただしこの場合でもメダル受章者は勲爵士団のメンバーにはならない。

クロス 編集

: Cross: Croix: Kreuz

メダルの上位に位置付けられており、同名のメダルの上位等級となっているものもある。「十字章」或は「十字勲章」と訳される。フランス語で「クロワ」、ドイツ語で「クロイツ」

等級 編集

初期のオーダーには等級がなく、単一等級の勲章間に序列が定められていたが、やがて叙勲対象の範囲を広げる必要が生じ、同種の勲章に等級を設けるようになった。18世紀までは3等級が一般的であったが、フランス革命により貴族階級がなくなったフランスで制定されたレジオンドヌール勲章には、叙勲対象を更に広げる必要から5等級が設けられた。この等級には騎士団の階級に由来する名称が付けられ、現在に至っている。他のヨーロッパの国でもこの制度に倣い5等級のオーダーが制定されるようになった。

これらの等級の上位に頸飾、下位にメダルを設けているオーダーもあるが、頸飾は特別な位置付けのものとされ[注 4]、メダルも前述のように受章者は勲爵士団のメンバーではなく、いずれも等級外とされていることが多い。

勲章の等級比較
等級 等級の名称
フランス ドイツ イギリス
1. 大十字 Grand-Croix Großkreuz ナイト・グランドクロス (Knight Grand Cross) / デイム・グランドクロス (Dame Grand Cross)
2. 上級士官 Grand-Officier Großoffizier / Großkomtur(大司令官) ナイト・コマンダー (Knight Commander) / デイム・コマンダー (Dame Commander)
3. 司令官 Commandeur Komtur / Kommandeur コマンダー (Commander) / コンパニオン (Companion) [a]
4. 士官 Officier Offizier オフィサー (Officer) / ルテナント (Lieutenant)
5. 騎士 Chevalier Ritter メンバー (Member)
等級の名称はフランスのものが基準になっているので和名はフランスのものにし、ドイツの名称で異なるものにはその訳語も記した。イギリスについては書式を変えた。
  *4等級が定められている勲章では士官相当が、3等級の場合は上級士官と士官相当の等級が欠となる。 *黄色部分がナイトに叙される。ただしナイト・コマンダーより上位の単一等級勲章でも受勲者がナイトに叙されないものもある。
*a 3等級が定められている場合は士官と騎士相当の等級が欠となる。3等勲章の名称は、最下位が3等級の場合はコンパニオン、5等級の場合はコマンダーとなる。

勲章の着用 編集

勲章(特に上級のオーダー)の正章を着用する際の服装は正装又はそれに準ずる制服とされる。礼装や略礼装の場合は副章と下級の勲章、或はミニチュアメダル、常装の場合は略綬を着用する。一方、国によっては勲章の正章を着用した服装が正装とされる場合もあり、特に正装専用の服が廃止される傾向にある軍隊では広く行われている。

装着方法 編集

 
勲章の装着位置(1、2: 小綬章、3: 中綬章、4: 星章と小綬章、5: 大綬章と星章)

勲章の装着位置勲章を衣服に取り付ける位置や方法は勲章の形状により異なり、等級分けされた勲章では装着の位置を変えることで等級の判別ができるようになっている。勲章の布製の部分は「綬」(じゅ)と呼ばれ、色やパターンが勲章の種類を、大きさが等級を表す。大きさには大綬(サッシュ)と中綬及び小綬(リボン)があり、日本では勲章の等級を「○○大綬章」や「○○小綬章」と表している。

頸飾 編集

貴金属(ほとんどが金)製の鎖に記章が付いたものであり、鎖を首(両肩)に掛けて着用する。一般的に最上級あるいは特別等級の勲章がこの形式であり、君主制国家に多く見られる。制定していない国も多い。イギリスでは一等級勲章にも頸飾が付属するが、これは騎士団の正装には着用し、通常の正装には着用しない。

大綬 編集

 
ドイツ皇帝の戴冠式。壇下前列(画面中央)にいる通常の一等級勲章受章者は大綬を右肩から左腰に掛けているが、壇上の皇族や壇下中央にいるビスマルクやモルトケは黒鷲勲章等特別な勲章の大綬を左肩から右腰に掛けている。

太い帯 (サッシュ) を肩から襷掛けし、腰の部分に勲章を付ける。通常は右肩から左腰に掛けるが、その国における特別な勲章(イギリスのガーター勲章とシッスル勲章、日本の功一級金鵄勲章等など)のみ左肩から右腰に掛けるよう制定されている場合がある。

一般的には一等級の勲章がこの形式であり、副章として星章が制定されていることが多い。星章・中綬・小綬とは異なり、複数の大綬を同時に着用することは少なく、その必要がある場合には、着用の序列にしたがって最上位の大綬のみを着用し、他の大綬をもって帯びる勲章は副章(星章)のみを着用することが多い。

星章 編集

大型のバッジを綬を用いずに直接取り付ける。二等級の勲章や一等級以上の勲章の副章となっていることが多い。序列や等級によって装着位置が異なり、複数着用することもできる。

中綬 編集

細長いリボンで勲章を首から吊す。三等級の勲章や二等級勲章の副章の他、単一等級の功労勲章(日本の文化勲章、イギリスのメリット勲章、ドイツのプール・ル・メリット勲章等)にこの形式が多く見られる。

中綬をもって帯びる勲章を複数着用する場合、喉元に近い方が序列上位となる。

小綬 編集

衣服に取り付ける金具が付いた小さなリボンに勲章が付いている。4等級以下の勲章や記章、メダルのほとんどがこの形式である。通常は左胸上部に取り付ける。

複数の小綬を同時に着用する場合、右側(体の中心に近い方、向かって左側)が上位となる。

略章・略綬 編集

 
大統領自由勲章(アメリカ)のセット。正章(中綬)と略綬、ミニチュアメダル、ピンバッジ。
ミニチュアメダル
ミニチュアメダルは夜会服用の縮小模型であり、国によっては正章や略綬と共に授与される。日本では略小勲章と呼ばれ、受章者が自費で購入する。購入や着用は受章者のみができる。ホワイトタイの場合、大綬章と星章はフルサイズのものを着用し、小綬章はミニチュアメダルとされているが、数が少ない場合などは正章でもよい。一方、ブラックタイには原則として小綬章の正章は着けず、ミニチュアメダルのみとされる。
 
ホワイトタイへの正章とミニチュアメダルの着用
 
功七級金鵄勲章のセット。軍人専用の勲章だが、添付される略綬は円形のものだけである。
略綬
綬と同色・同パターンの布を成型したものであり、平服時に受章者であることを表すことができる。通常の民間服(モーニングコートなどを含む)の上着の襟のフラワーホールに着用する円形のもの(ロゼット)や、制服に着用するための長方形のもの等がある。
  • 勲章を授与される際に付属しているものもあるが、受章者が自費で購入したものを着用することも多い。日本では旧軍の軍人に授与される勲章にも(軍人専用のはずの金鵄勲章も)円形のものが付属しており、制服用の長方形略綬は自費で作成した。それに対して、授与対象者のほとんどが軍人であるアメリカでは、長方形のものが付属している。一方、第二次世界大戦終了までのドイツでは勲章に略綬が付属しておらず、制式も決まっていなかったため、個人が自分の好みのものを作成していた。
  • 勲章の略綬に類似したものとして、自衛官が着用する防衛記念章消防団員等の表彰歴章、アメリカ軍のユニットアワード等がある。

歴史 編集

 
ディエゴ・ベラスケスラス・メニーナス(部分)。ベラスケスの服にサンティアゴ騎士団の紋章が描き込まれている。ベラスケスが騎士に叙せられた後加筆されたとも云われている。

勲章の起源は中世ヨーロッパの騎士団: Chivalric order: Ordre de chevalerie: Ritterorden)の制度にあるとされている。12世紀、十字軍の遠征に際して編成された騎士団ではメンバーが、騎士団ごとに色や意匠が定められた十字架型の記章を、その騎士団に所属していることを示す標章としてマントに付けるようになった。「騎士団」或は「特定の騎士の地位」を意味するオーダー(: order: ordre: Orden)が、その騎士団の標章のことも示すようになった。

十字軍時代の騎士団は異教徒と戦うための宗教的なものであったが、13 - 14世紀になると世俗的騎士団が君主によって設立されるようになった。世俗的騎士団は団員であることが名誉であるという性格のものであり、加入が認められるということは君主による恩恵であった。君主は自分を支える有力貴族で騎士団を構成し、名誉と特権を与えることにより彼等を手懐けた。つまり騎士団の制度は君主による支配システムの一環であり、騎士団員であることは支配階級の一員であることを意味していた。騎士団員すなわち支配階級であることを示す騎士団勲章は栄誉の証しとなった。このようなわけで、現存する最古の騎士団勲章であるガーター勲章を含む、この時代の勲章には定員があり、与えられる対象は主に王侯貴族であった。その後国家が拡大すると、君主や国家が栄典を与える対象を軍人、政治家、役人、経済人、文化人へと広げる必要が生じ、それら対象者のために等級が増やされた。また、身分の低い者や小さな功績・栄誉を対象として、騎士団勲章と同様の形式であるが、勲爵士団を構成せず功績に対して授与される、メダル等のデコレーションが現れた。[4]

そして、現代では芸能人、スポーツ選手等や社会奉仕活動等あらゆる分野が対象となっている。

東アジアでは、中国魏晋南北朝時代に発達した官吏の品階制度に伴い、や実際に就いている官職の称号(職事官)や官品の等級を示す称号(散官)とは別に、国家に対する勲功を顕彰する「勲官」という称号が与えられるようになった。周辺諸国でもその影響を受け、律令制期の日本では勲位という十二等の数字で示される勲功称号が生じている。しかしこれらはいずれも称号であって、近代西欧の勲章のような標章が伴うものではなかった。

日本では平安時代以降、勲位の制度が廃れたが、中世以降の武家社会では、勲功を挙げたものに対して主君が所領の付与とは別に、「感状」と呼ばれる表彰の書き付けを与えたり、自身が所有する甲冑などの武具、茶器などの手回り品、衣服などを下賜する慣行が見られた。こうした品は勲章と同じように勲功を記念する標章として子孫代々に受け継がれ、先祖の勲功を示す証拠として用いられた。

明治に至り、国家に対する勲功を表彰する制度として勲位が復活されるとともに、西欧の制度に倣って勲章の授与が始められた(その後の歴史については後の節において述べる)。日本の叙勲制度では勲章とは別に記念の品が恩賜されるほか、ヨーロッパでは受章者が死亡すると騎士団勲章の章飾は返還が義務付けられていたが[注 5][10]、日本では名誉の証しとして子孫に受け継がれるなど、武家社会における表彰の名残もある。

日本の勲章 編集

 
正装の昭和天皇
 
正装の貞明皇后

日本において勲章は、天皇の名で授与される。日本国憲法第7条7号は、天皇の国事行為の一つとして「栄典を授与すること」を定め、同条を根拠に「栄典」の一つとして天皇が勲章を授与する。勲章制度を定める法律はなく、政令太政官布告勅令)及び府令太政官達閣令)に基づいて運用されている。勲章の種類は、勲章制定ノ件(明治8年太政官布告第54号)、宝冠章及大勲位菊花章頸飾ニ関スル件明治21年勅令第1号)、文化勲章令(昭和12年勅令第9号)などに定められ、現在22種類ある。憲法第14条3項は「栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴わない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」と定める。このため勲章の授与に併せて金品や年金を支給することはなく、勲章の佩用権を世襲することもない(授与された勲章自体は叙勲者が死去した後も遺族が遺品として相続することができる)。

勲章は再交付されないため修理・調製は全額自費負担となる。また略章である「略小勲章[11]」は国から交付されず、必要な個人が自費で購入する[12]

種類(カッコ内は英訳名)
2003年の改正以降22種の勲章は、菊花章桐花章旭日章瑞宝章宝冠章及び文化勲章に大別される。
  • 大勲位菊花章 (Supreme Orders of the Chrysanthemum) : 日本における最高勲章
  • 桐花章 (Order of the Paulownia Flowers)
  • 旭日章 (Orders of the Rising Sun)
    • 旭日大綬章 (Grand Cordon of the Order of the Rising Sun)
    • 旭日重光章 (The Order of the Rising Sun, Gold and Silver Star)
    • 旭日中綬章 (The Order of the Rising Sun, Gold Rays with Neck Ribbon)
    • 旭日小綬章 (The Order of the Rising Sun, Gold Rays with Rosette)
    • 旭日双光章 (The Order of the Rising Sun, Gold and Silver Rays)
    • 旭日単光章 (The Order of the Rising Sun, Silver Rays)
  • 瑞宝章 (Orders of the Sacred Treasure)
    • 瑞宝大綬章 (Grand Cordon of the Order of the Sacred Treasure)
    • 瑞宝重光章 (The Order of the Sacred Treasure, Gold and Silver Star)
    • 瑞宝中綬章 (The Order of the Sacred Treasure, Gold Rays with Neck Ribbon)
    • 瑞宝小綬章 (The Order of the Sacred Treasure, Gold Rays with Rosette)
    • 瑞宝双光章 (The Order of the Sacred Treasure, Gold and Silver Rays)
    • 瑞宝単光章 (The Order of the Sacred Treasure, Silver Rays)
  • 文化勲章 (Order of Culture)
  • 宝冠章 (Orders of the Precious Crown)
    • 宝冠大綬章 (Grand Cordon of the Order of the Precious Crown)
    • 宝冠牡丹章 (The Order of the Precious Crown, Peony)
    • 宝冠白蝶章 (The Order of the Precious Crown, Butterfly)
    • 宝冠藤花章 (The Order of the Precious Crown, Wistaria)
    • 宝冠杏葉章 (The Order of the Precious Crown, Apricot)
    • 宝冠波光章 (The Order of the Precious Crown, Ripple)

イギリスおよび英連邦王国の勲章 編集

 
頸飾・副章・マント・帽子を着用したガーター騎士団の正装
 
儀式における女王随員を務めるために正装をしたルイス・マウントバッテン伯爵。左肩からガーター勲章の大綬、左肋に同星章(上)、バス勲章ナイト・グランド・クロスの星章(中向かって左)、スター・オブ・インディア勲章ナイト・グランド・コマンダーの星章(中向かって右)、ロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・グランド・クロスの星章(下)、喉元にメリット勲章、左胸リボンバーの最上位に殊功勲章を着用している。マウントバッテン伯爵はバス勲章ナイト・グランド・クロス受章後下位のメリット勲章を受章している。
 
勲章を佩用した空軍将官。右肩からバス勲章ナイト・グランド・クロスの大綬、左肋に同星章、喉元に大英帝国勲章コマンダー章、左胸リボンバーの最上位にロイヤル・ヴィクトリア勲章ルテナント章を着けている。この人物もその後、バス勲章ナイト・グランド・クロスより下位のロイヤル・ヴィクトリア勲章ナイト・コマンダーを受章した。

勲章が国家に貢献した者に対して君主或は元首によって与えられる褒賞であることから、英国君主を共通の君主とする英連邦王国の国々では、国家への功労者に対してもイギリスの勲章が授与される。その一方で、各国の事情や受章者枠の関係から、イギリスの勲章に代わるもの、或はその国独自の章も制定されている。受章者枠の関係では、シッスル勲章や聖パトリック勲章の制定も、イングランドのガーター勲章に対してスコットランドアイルランドの受章者枠を確保することが大きな理由の一つである。

イギリスの勲章は騎士団を形成するオーダー (Order) と形成しないデコレーション (Decoration) に分けられ、デコレーションにはクロス (Cross) やメダル (Medal) 、名称が“〜Decoration”となっているものがある。オーダーの内、大英帝国勲章ナイト・コマンダー以上でメリット勲章とコンパニオンズ・オブ・オーナー勲章を除く勲章の受章者がナイト爵に叙される。

Orderには騎士団と勲位双方の意味があり、現在でも騎士団的な要素が強いため騎士団と訳す方が適当な場合もあるが、一般的にはこれらも勲章と訳されている。現在においても叙勲された人物を「(その騎士団名の)騎士」と呼んでいる(例えばガーター騎士Knights of the Garter。女性に対してはDameを使う)。以上のようにオーダーは騎士団員の証しであることから、オーダーが死後叙勲されることはない。

現行の勲章 編集

1993年に栄典制度の改正が行われた。主な改正点は、軍人用のデコレーション等の授与条件から階級が撤廃されたことであり、将校のみとされていた章が全階級に授与されるようになった。それに伴い、下士官・兵専用の章の多くが廃止された。

オーダー 編集

ガーター勲章 Order of the Garter
イングランドの勲章であるとともに、連合王国で最高位の勲章である。大綬の色からブルーリボンとも呼ばれる。ガーター騎士団の創設時期には諸説あり、1344年或は1348年ともいわれている。騎士団の記章にガーターが取り入れられているのが特徴で、章はガーターの他に頸飾とその記章、星章及び大綬章から構成されており、星章と大綬章の記章にも青いガーターがかたどられている。騎士団の正装としてマントと帽子及びフードが定められている。外国人では原則としてキリスト教徒の君主のみが対象となっており、例外としてイギリスと特別な関係にある非キリスト教君主制国家の君主に対して贈られる。日本では明治天皇以降歴代天皇が受章しており、現在存命中の叙勲者で非キリスト教徒は上皇のみである。
シッスル勲章 Order of the Thistle
スコットランドの勲章であり、連合王国においてはガーター勲章に次ぐ勲章である。大綬の色からグリーンリボンとも呼ばれる。頸飾とその記章、星章及び大綬章から構成されており、アザミがデザインされている。ガーター勲章と同様に騎士団の正装としてマントと帽子及びフードが定められている。ガーター勲章がイングランド人以外の連合王国民や外国元首にも贈られるのに対し、スコットランド人の血を引く者以外が授与されることはほとんどない。
バス勲章 Order of the bath
バス騎士団の創設は1399年であるが、勲章が制定されたのは1725年である。当初は単一等級であったが、1815年に3等級が設けられるとともに、文民用と軍人用に分けられ、デザインも異なるものとなった。綬の色からレッドリボンとも呼ばれている。軍人用は高級将校、文民用は高級官僚が主な授与対象であり、重要な役職を務めた功績に対して与えられる。外国人に対しては、共和国の大統領等政府首脳級の政治家に最上級勲章が贈られる。日本人では伊藤博文が最初に受章した。
メリット勲章 Order of Merit
1902年エドワード7世がプロイセンのプール・ル・メリット勲章に倣って制定した。単一等級で、プール・ル・メリット勲章と同様に文民部門と軍人部門があり、文民部門は日本の文化勲章に相当する。一方、文民部門は政治家にも授与され、首相経験者がガーター勲章を受ける前に授与される勲章という位置付けでもあることがそれらの勲章と異なる点である。騎士団の定員は軍民合わせて24人であるが、軍人に授与されることは少なく、現在の団員は全員文民である。ガーター勲章やシッスル勲章は身分、バス勲章は地位や役職が授与基準になっているのに対し、この勲章は功績が基準とされている。そのため、王族の受章者は他のオーダーと比べて少ない。日本人では山縣有朋大山巌東郷平八郎が受章している。序列がバス勲章ナイト・グランドクロスと聖マイケル・聖ジョージ勲章ナイト・グランドクロスの間に位置するほど高いにもかかわらず、受章者がナイト爵に叙されないため、英連邦王国において爵位を認めていない国の中には最高勲章としている国もある。
聖マイケル・聖ジョージ勲章 Order of St Michael and St George
1818年ジョージ4世によって制定された。3等級があり、自国とイギリスに駐在する他国の外交官及びイギリス連邦諸国の行政官が主な対象となっている。日本人では松方正義が最初に受章している。
ロイヤル・ヴィクトリア頸飾 Royal Victorian Chain
ロイヤル・ヴィクトリア勲章の等級外の別格な勲章として1902年、エドワード7世により制定された。ロイヤル・ヴィクトリア勲章の上位とされているため、受章者は主に王族である。君主と血縁関係にある外国の王族にも贈られる。別格な勲章であるため、最高勲章であるはずのガーター勲章を受章した後に授与される場合もある。外国人に対しては、即位して日が浅いキリスト教徒の君主や非キリスト教徒の君主に対して贈られる。特別な関係の国に対しては君主以外の王族にも贈られる場合があり、日本でも高松宮宣仁親王秩父宮雍仁親王が皇弟の身分で授与されている。
ロイヤル・ヴィクトリア勲章 Royal Victorian Order
1869年ヴィクトリア女王によって制定された。5等級があり、等級外として1等級の上に頸飾、5等の下にメダルがある。君主個人への貢献が授与基準である。ロイヤル・ヴィクトリア頸飾が制定されるまでは即位して日が浅いキリスト教徒の君主や非キリスト教徒の君主に対して1等級が贈られていた。日本人では昭和天皇上皇が皇太子時代に授与されており、その他にも東郷平八郎らが受章している。
大英帝国勲章 Order of the British Empire
5等級があり、等級外として下位に同名のメダルがある。叙勲対象や授与基準は幅広く、現在最も多く授与される勲章である。外国人への叙勲は、イギリスに対して貢献があった者に対して外務大臣の推薦により行われる。そのため、イギリスに工場を作った日本企業の経営者も数多く受章している。
コンパニオンズ・オブ・オーナー勲章 Order of the Companions of Honour
授与対象等の性格がメリット勲章と似ており、メリット勲章の下に位置する勲章とされている。メリット勲章受章者の多くはそれ以前にこの勲章を受章している。序列は大英帝国勲章ナイト・グランドクロスとバス勲章ナイト・コマンダーの間に位置するが、受章者はナイト爵に叙されない。
殊功勲章 Distinguished Service Order
殊勲勲章と訳されることもあるが、ディスティンギッシュト・サービス・メダルが殊勲勲章と訳されている場合もある。抜群の戦果を挙げたイギリス及びイギリス連邦諸国の全軍の将校、或は戦時に海軍へ徴用された商船の士官へ授与される。ミリタリー・クロスやディスティンギッシュト・サービス・クロス等が前線での武勲に対して贈られるのに対し、殊功勲章の場合、授与条件である“戦果”には寄与の形態に関する条件がなく、あらゆる任務に対して贈られる。そのため、優れた指揮官が多く受章している。1993年の栄典制度改正により、“将校”の条件は撤廃され、下士官・兵も受章できるようになったが、功績の条件が「敵前における優れたリーダーシップ」となったため、実際の受章者はほとんどが上級将校である。一方、従来この章が授与されていたケースで、“リーダーシップ”の条件に該当しない功績に対応するために、コンスピキュアス・ギャラントリー・クロスが制定された。

デコレーション 編集

 
ヴィクトリア十字章受章者ガイ・ギブソンのメダルバー。左端(最上位)にヴィクトリア十字章、次いで殊功勲章、ディスティンギッシュト・フライング・クロス、2個の戦線従軍章、最後尾に第二次世界大戦の従軍記章が並ぶ。
 
ジョージ・クロスを受章したオーストラリア海軍下士官(元イギリス海軍兵士)のメダルバー。ジョージ・クロスの次に第二次世界大戦中のイギリス海軍時代に受章したディスティンギッシュト・サービス・メダルと3個の戦線従軍章、第二次世界大戦の従軍記章、オーストラリア海軍所属となった後に従軍した2個の朝鮮戦争に関する従軍記章、最後尾に永年勤続章が並ぶ。
ヴィクトリア十字章 Victoria Cross
“敵前において勇気を示した”兵士にのみ与えられる、最も受章が難しい勲章の一つとされる。
ジョージ・クロス George Cross
イギリス国内が空襲に見舞われ、一般市民もその危険にさらされていた第二次世界大戦中の1940年に、“銃後の守り”における“勇敢な行為”を称えるために制定された。授与対象は“敵前ではない場所での勇気ある行為”とされ、自らの危険を顧みずに人命を救助した者や大事故を防いだ者に与えられる。“市民のヴィクトリア十字章”とも呼ばれているが、軍人でも勇気を示したのが敵前ではない場合、この勲章が授与される。その代表的なものが不発弾処理であり、その任に当たる将兵の勇敢さに報いるに相応しい勲章がなかったことが、この章の制定されるきっかけになった。
ジョージ・メダル George Medal
ジョージ・クロスの下位に位置する章で、授与基準がジョージ・クロス程厳しくなく、広く授与されている。
コンスピキュアス・ギャラントリー・クロスConspicuous Gallantry Cross
1993年の栄典制度改正により制定された。この改正により、殊功勲章は「敵前における優れたリーダーシップ」が対象となり、従来“勇敢な行為”によって同章が授与されていたケースに対してはコンスピキュアス・ギャラントリー・クロスが授与されることになった。“敵前において勇気を示した”という授与条件から、ヴィクトリア十字章の直接下位の章とされている。
殊勲十字章 Distinguished Service Cross
殊勲十字勲章とも訳される。殊功勲章に相当する程の功績ではないが、戦闘海域において抜群の武勲を挙げた中佐以下の将校に贈られる。当初はイギリス及びイギリス連邦諸国の海軍及び海兵隊将校のみが対象だったが、第二次世界大戦中に拡大され、海軍へ徴用された商船の士官や海上任務の陸・空軍将校へも授与されるようになった。これらに相当する外国士官へも贈られた。1993年には下士官・兵も受章できるようになった。
ミリタリー・クロス Military Cross
武功十字章の訳が見られる。陸上戦闘における殊勲十字章に相当する武功章。前線において抜群の武勲を挙げた陸軍将校、或は陸上戦闘で同様の功績があった海・空軍及び海兵隊将校へ贈られる。対象者の階級は准尉以上で、上限は大尉又は戦時昇進の少佐とされていたが、1993年には下士官・兵も受章できるようになった。
ディスティンギッシュト・フライング・クロス Distinguished Flying Cross
殊勲飛行十字章の訳が見られる。航空戦闘におけるディスティンギッシュト・サービス・クロスに相当する武功章。航空作戦において抜群の武勲を挙げた空軍将校及び准士官、或は同様の功績があった陸・海軍将校及び准士官へ贈られていた。1993年には下士官・兵も受章できるようになった。
エアフォース・クロス Air Force Cross
航空作戦におけるディスティンギッシュト・フライング・クロスの下位に位置する武功章。敵との交戦以外の空中での任務において殊勲のあった空軍将校及び准士官、或は同様の功績があった陸・海軍将校及び准士官へ贈られていた。1993年には下士官・兵も受章できるようになった。
ディッキンメダル Dickin Medal
動物専用の勲章であり、人間には授与されない。

廃止或は運用休止中の勲章 編集

 
スター・オブ・インディア勲章

廃止・運用休止中のオーダー 編集

聖パトリック勲章 Order of St. Patrick
アイルランドの勲章であり、連合王国においてはシッスル勲章に次ぐ勲章であった。アイルランド自由国成立後は3人の王族が第二次世界大戦前に叙勲されたのみで、現在のアイルランド共和国になってからは英愛関係の悪化懸念もあり叙勲者がなく、騎士団員も全て故人となっている。ただしアイルランドの世論では英愛共同の勲章として復活させるべしという意見もある。アイルランドの国章である三つ葉のクローバーがデザインされている。
スター・オブ・インディア勲章 Order of the Star of India
イギリスがインドを直接統治下に置いた時代、インド向けの勲章が制定されたが、その中で最高の勲章。インドの独立に伴い廃止された。

廃止・運用休止中のデコレーション 編集

アルバート・メダル Albert Medal
人命救助の功に対して贈られる。日本の紅綬褒章に相当するが、軍人や警察官、消防官等の公務員にも授与される。1971年、ジョージ・クロスに置換えられ、存命していた受章者の章はジョージ・クロスと交換された。
エンパイア・ギャランティー・メダル Empire Gallantry Medal
ジョージ・クロス制定により廃止され、存命していた受章者の章はジョージ・クロスと交換された。
ディスティンギッシュト・サービス・メダル Distinguished Service Medal
殊勲章或は殊勲勲章と訳されることもある。戦闘海域において抜群の武勲を挙げた下士官・兵に贈られる。対象は当初イギリス及びイギリス連邦諸国の海軍及び海兵隊の下士官・兵のみが対象だったが、第二次世界大戦中に拡大され、海軍へ徴用された商船乗組員や海上任務の陸・空軍の下士官・兵へも授与されるようになった。また、これらに相当する外国人へも贈られた。1993年に廃止され、下士官・兵も殊勲十字章を受けられるようになった。
ミリタリー・メダル Military Medal
武勲勲章の訳が見られる。陸上戦闘におけるディスティンギッシュト・サービス・メダルに相当する武功章。前線において抜群の武勲を挙げた陸軍の下士官・兵、或は陸上戦闘で同様の功績があった海・空軍及び海兵隊の下士官・兵へ贈られる。1993年に廃止され、下士官・兵もミリタリー・クロスを受けられるようになった。
ディスティンギッシュト・フライング・メダル Distinguished Flying Medal
航空戦闘におけるディスティングィッシュト・サービス・メダルに相当する武功章。航空作戦において抜群の武勲を挙げた空軍の下士官・兵、或は同様の功績があった陸・海軍の下士官・兵へ贈られる。1993年に廃止され、下士官・兵もディスティンギッシュト・フライング・クロスを受けられるようになった。
エアフォース・メダル Air Force Medal
航空作戦におけるディスティンギッシュト・フライング・メダルの下位に位置する武功章。敵との交戦以外の空中での任務において殊勲のあった空軍の下士官・兵、或は同様の功績があった陸・海軍の下士官・兵へ贈られる。1993年に廃止され、下士官・兵も空軍十字章を受けられるようになった。

カナダ 編集

カナダ勲章 (Order of Canada)
民間人に与えられる勲章としては最高位で、上から順に次の3ランクがある。
  • コンパニオン (Companions of the Order of Canada、C.C.)
  • オフィサー (Officers of the Order of Canada、O.C.)
  • メンバー (Members of the Order of Canada、C.M.)

ケベック州

ケベック国家勲章 (National Order of Quebec)

オーストラリア 編集

オーストラリア勲章(en)
民間人、軍人双方に与えられ、上から順に次のランクがある。
  • ナイト又はデイム (Knight/Dame of the Order of Australia, AK or AD)
  • コンパニオン (Companions of the Order of Australia, AC)
  • オフィサー (Officers of the Order of Australia, AO)
  • メンバー (Members of the Order of Australia, AM)
  • メダル (Medal of the Order of Australia, OAM)(1986年 - )

ニュージーランド 編集

ニュージーランド勲章
ニュージーランド国王より授与されるニュージーランド最高位の勲章。ニュージーランド国王とニュージーランドに対して最大の貢献を行った者に贈られる勲章。
女王功績勲章
軍人及び軍関係者を除く者に贈られる勲章。ニュージーランド国王とニュージーランドに対して多大な貢献した人物(外国人を含む)に贈られる勲章。
ニュージーランド・メリット勲章
ニュージーランド国王とニュージーランドに貢献した人物に対して贈られる勲章。スポーツ、文芸、芸術を含む全ての領域から受勲者(外国人を含む)が選ばれ一般的知名度の高い勲章。

フランスの勲章 編集

 
ナポレオンによる初のレジオンドヌール勲章授与式。(画)ジャン=バティスト・デブレ

レジオンドヌール勲章は制定の際に、中世の騎士団(ordre オルドル)を基にしたグランクロワ (Grand-Croix)、グラントフィシエ (Grand Officier)、コマンドゥール (Commandeur) 、オフィシエ (Officier)及びシュヴァリエ (Chevalier) の5等級が定められた。多くの国がその後勲章を制定する際これに倣ったため、現在でもヨーロッパの勲章には5等級のものが多い。フランス人に授与する場合、等級は年功序列によるが、外国人に授与する場合は単に功績に応じて決定される。

レジオンドヌール勲章 L'ordre national de la Légion d'honneur
1802年ナポレオン・ボナパルトにより制定され、今日もなおフランスの権威ある国家勲章となっている。世界的にも非常に有名で価値あるものとされる。最高位のグラン・クロワは、日本人では山本権兵衛らが受章している。
国家功労勲章 L'ordre national du Mérite
レジオンドヌール同様、大統領の決定によりフランス政府から叙せられる勲章。等級もレジオンドヌールと同じ5等級である。シャルル・ド・ゴールがそれまで多数あった省レベルの勲章を統廃合して1963年に新設した。
芸術文化勲章 L'ordre des Arts et des Lettres
フランス文化省が運用する、芸術分野での功績に対して与えられる勲章。コマンドゥール、オフィシエ、シュヴァリエの3等級がある。授与数が少なく希少価値がある。
日本人では石井好子北野武がコマンドゥール章、坂本龍一がオフィシエ章を受章している。
教育功労章 L'ordre des Palmes académiques
教育関係者に与えられる勲章。1808年にナポレオンが創設。コマンドゥール、オフィシエ、シュヴァリエの3等級がある。
農事功労章 L'ordre du Mérite agricole
農業水産大臣が、農業に貢献した人物に授与する勲章。1883年創設。現在は、上からコマンドゥール、オフィシエ、シュヴァリエの3等級が設定されている。フランスの農産物や食文化の普及に貢献した外国人に授与されることもある[13]。年間に3階級合計で4000人ほどが受賞し、通常はシュヴァリエから昇級していく[14]
2006年中川昭一農林水産大臣(当時)が日本人として初めて最高位のコマンドゥール章を受章した[15][16]。ここ10年間で約70人程の日本人受章者がいるが、外国人は国内規定に関わらず授与できると定められており[14]、儀礼的なものであることもある。日本人受章者によって フランス農事功労章受章者協会 (MOMAJ) が設立されている。
フランス社会功労奨励章 Encouragement Public (旧 L'ordre de l’Encouragement Public)[17]
社会公共、専門職業分野、芸術分野において、人類愛、博愛の面でフランス、海外フランス地域及び諸外国で功労貢献した個人又は団体に贈る褒章。1932年創設(フランス共和国の政令による制定)。現在は、上から大章(旧グランコルドン・一等)、「特別」胸付用「金」勲章(旧グラントフィシエ・二等)、王冠付金章(旧コマンドゥール・三等) 、月桂樹金製銀章(旧オフィシエ・四等)及び月桂樹銀章(旧シュヴァリエ・五等)の5等級が設定されている。日本人では画家の岡本太郎や俳優の三船敏郎などが受章している。前身である L'ordre de l’Encouragement Publicは、1920年11月6日の政令により規定されている[18][19][20][21]
スポーツ・青少年功労章 Médaille d'honneur de la Jeunesse et des Sports
スポーツや青少年教育に関する功績に対して与えられる金銀銅のメダル。Ordreではない。
国家最優秀職人章 Meilleur Ouvrier de France
3年に一度のコンクールで勝利した優れた職人に贈られる称号。料理人への授与で知られる。Ordreではない。

ドイツの勲章 編集

ドイツ中世以来独立した領邦国家に分かれていたため、叙勲などの栄典制度も各領邦ごとに定められていた。1871年にドイツは統一されたが、ドイツ帝国は多数の王国公国などから成る連邦国家であり、栄典制度の制定や叙勲の権限は各領邦にあった。そのため「ドイツ帝国の勲章」というものは存在しなかった。第一次世界大戦の敗戦によりヴァイマル共和政となると、帝国時代の勲章が全て廃止されたばかりでなく、勲章の授受[a]も禁止されていた(ヴァイマル憲法109条)。こうしたことから統一国家であるドイツ国の勲章として政府による正式な勲章[b]が最初に制定されたのはナチス政権下であった。[22]

プロイセン王国 編集

 
フリードリヒ皇太子(後のフリードリヒ3世)。左肩から右腰に黒鷲勲章の大綬、肩にホーエンツォレルン家勲章頸飾、首から体の中心線に大鉄十字章及びその上下にプール・ル・メリット勲章とプール・ル・メリット大十字章、左胸上部向かって左側に2級鉄十字章、左肋に上から黒鷲勲章星章、1級鉄十字章とプール・ル・メリット大十字章星章を佩用。

ドイツ帝国ではプロイセン王国がその中心であり、ドイツ皇帝はプロイセン国王が兼ねていた。そのため第一次世界大戦時には、プール・ル・メリット勲章や鉄十字章などの“プロイセン王国の勲章”が“皇帝からの勲章”として、形式上は“プロイセン国王”ヴィルヘルム2世より帝国諸邦の将兵へ授与された。

黒鷲勲章 (Schwarzer Adlerorden)
プロイセンの最高勲章。単一等級で、受勲者は世襲貴族に叙せられた。
赤鷲勲章 (Roter Adlerorden)
黒鷲勲章に次ぐ勲章。5等級(大十字と1等から4等)とその下にメダルが制定されていた。
王冠勲章 (Kronenorden)
赤鷲勲章に次ぐ勲章。5等級(大十字と1等から4等)とその下にメダルが制定されていた。
プール・ル・メリット勲章 (Pour le Mérite) 戦功章 (Militärklasse)
フリードリヒ大王1740年に制定した由緒ある勲章で、大鉄十字勲章と1級鉄十字勲章の間に位置付けられる武功勲章である。第一次世界大戦においても“プロイセン国王”ヴィルヘルム2世よりマンフレート・フォン・リヒトホーフェン(エース・パイロット・受勲時中尉)など多大な軍事的功績を挙げた将校のみに贈られた。青色の七宝製であることと第一次世界大戦初期のエース・パイロットマックス・インメルマンが受章したことから「ブルーマックス」とも俗称される。プール・ル・メリット勲章受章者として有名な軍人は、ヘルマン・ゲーリング帝国元帥(受勲時・少尉)やエルヴィン・ロンメル元帥(受勲時・中尉)、ドイツの文豪の一人でもあるエルンスト・ユンガー大尉(受勲時・少尉)の名前が挙げられる。なお、「プール・ル・メリット」とはフランス語で「功績に対して」の意である。
プール・ル・メリット科学芸術勲章 (Pour le Mérite für Wissenschaften und Künste)
プール・ル・メリット平和勲章 (Die Friedensklasse des „Pour le Mérite“) とも呼ばれる。1842年、フリードリヒ・ヴィルヘルム4世により制定された。日本の文化勲章に相当する。
 
ブリュッヘル星章
鉄十字章 (Eisernes Kreuz)
大鉄十字章及び一級鉄十字章二級鉄十字章はナポレオン支配からの独立戦争時、1813年フリードリヒ・ヴィルヘルム3世が制定した武功勲章であり、以後、普仏戦争時(1870年)、第一次世界大戦時(1914年)に再制定され、多数の将兵に授与された。また、星章ナポレオン戦争と第一次世界大戦時に、特に功績のあった大鉄十字勲章受章者に授与された。勲章名は各受章者名を冠して呼ばれており、ゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヘル元帥のBlüchersternとパウル・フォン・ヒンデンブルク元帥のHindenburgsternがある。
  • この勲章は全ドイツで初めての、身分に関係なく同種の章が与えられる勲章であった。
  • 第二次世界大戦時にはナチスドイツの勲章として再制定された。
ホーエンツォレルン家勲章 (Königlicher Hausorden von Hohenzollern)

バイエルン王国 編集

 
バイエルン王冠勲章大十字章
マックスヨーゼフ軍事勲章 (Militär-Max-Joseph-Orden)
バイエルン王国の軍事功労章。大十字 (Großkreuz)、司令官十字 (Kommandeurkreuz)、騎士十字 (Ritterkreuz) の3等級があった。第一次世界大戦では他の領邦の将校(例 : ハンス・フォン・ゼークト〈プロイセン〉)へも授与された。自国民の受章者の場合、一代貴族の権利と年金が付く。
バイエルン王冠勲章 (Verdienstorden der Bayerischen Krone)
功績のあった文民に授与される。大十字 (Großkreuz)、大司令官 (Großkomtur)、司令官 (Komtur)、騎士 (Ritter) の4等級がある。自国民の受章者には一代貴族の権利が与えられる。
マクシミリアン勲章 (Bayerischer Maximiliansorden für Wissenschaft und Kunst)
科学や芸術分野での功労者に授与される、日本の文化勲章に相当する勲章。1981年、バイエルン州の勲章として復活した。受章者にはヤーコプ・グリムカール・フリードリヒ・ガウスエルンスト・フィッシャーらがいる。

ヴュルテンベルク王国 編集

 
ヴュルテンベルク王冠勲章大十字章
ヴュルテンベルク王冠勲章 (Orden der Württembergischen Krone)
大十字君主用 (Großkreuz für Souveräne)、大十字 (Großkreuz)、司令官星章 (Komtur mit Stern)、司令官 (Komtur)、栄誉賞 (Ehrenkreuz)、騎士 (Ritter)、功労金メダル (Goldene Verdienstmedaille)、功労銀メダル (Silberne Verdienstmedaille) の種類があった。自国民の上位勲章受章者には一代貴族の権利が与えられる。
軍事功労勲章 (Militärverdienstorden)
大十字 (Großkreuz)、司令官十字 (Kommandeurkreuz)、騎士十字 (Ritterkreuz) の3等級があった。自国民の場合、全ての等級の受章者に一代貴族の権利が与えられる。
軍事功労メダル (Militärverdienstmedaille)
下士官・兵用の軍事功労章。

ナチスドイツ 編集

ナチスは、1933年に政権を掌握した直後から栄典制度に関する法整備を開始し、政権の維持や戦意高揚のために数多くの勲章を制定した。

ドイツ鷲勲章 Verdienstorden vom Deutschen Adler
1937年5月1日、政権初期にアドルフ・ヒトラー総統自らが創設した騎士団勲章。外交上の功績を顕彰する勲章として、主に友好国の政治家に対して授与された。また例外的に自国の外交政策関係者に授与された場合もある。当初は6等級だったがやがて10等級にまで増やされた。ドイツ金鷲勲章、ドイツ鷲勲章、ドイツ鷲記章(メダル)に大別され、ドイツ鷲記章は銅鷲記章・銀鷲記章の2種類があった。ドイツ鷲勲章は5級から1級にまで等級の他、星章付勲章と星章付大十字勲章があったが、後に星章付勲章は廃止された。これらの等級はヘンリー・フォードチャールズ・リンドバーグカール・ワルデンスヴェン・ヘディンなどが受勲した。
ドイツ金鷲勲章は星章付大十字勲章とダイヤモンド付大十字勲章の2種類があった。最高等級であるダイヤモンド付ドイツ金鷲大十字勲章はベニート・ムッソリーニ国家統領のみが受勲した。星章ドイツ金鷲勲章大十字勲章は国外ではブルガリア王ボリス3世フランシスコ・フランコ総統、イオン・アントネスク首相、ホルティ・ミクローシュ執政、カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム大統領、リスト・リュティ大統領、大島浩特命全権大使、ガレアッツォ・チャーノ外務大臣、クレモナ市市長ロベルト・ファリナッチ、国内でハインリヒ・ヒムラー親衛隊全国指導者ヴィルヘルム・フリック外務大臣、ヨアヒム・フォン・リッベントロップ外務大臣、コンスタンティン・フォン・ノイラート外務大臣の計13名が受勲した。
 
2級鉄十字章1939年章
鉄十字章 Eisernes Kreuz
ナチスドイツは第二次世界大戦勃発に際し、プロイセンの伝統的な戦功勲章である鉄十字章を基に、ドイツの勲章として鉄十字章1939年章を制定した。二級鉄十字章のリボンはプロイセンの白と黒からドイツ帝国の赤・白・黒に変わった。また、大鉄十字章と一級鉄十字章の間に位置付けられる騎士鉄十字章 (Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes) も制定された。
第二次世界大戦中期以降には士気高揚のため相当数の1級及び2級鉄十字章が乱発されたと伝えられている。武功勲章とは言うものの、「武功」の判断基準はかなり恣意的或はプロパガンダ的な要素が強かったとも考えられる。著名な女性パイロットであるハンナ・ライチュ(テストパイロットとして戦闘機に搭乗したことはあるが、実戦経験はなし)や東部戦線やアフリカ戦線に従軍したドイツ赤十字社の従軍看護婦が(後述の戦功十字章ではなく)鉄十字章を授与されているという実例が存在しているのがその証左と言えよう。
騎士鉄十字章には最初は「〜付き」というものはなく、単純に2級鉄十字章→1級鉄十字章→騎士鉄十字章→大鉄十字章という序列だったが、戦争の長期化に伴って、騎士鉄十字章には上位の柏葉付騎士鉄十字章 (Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit Eichenlaub)、柏葉・剣付騎士鉄十字章 (Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit Eichenlaub und Schwertern)、柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章 (Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit Eichenlaub, Schwertern und Brillanten)、金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章 (Ritterkreuz des Eisernen Kreuzes mit goldenem Eichenlaub, Schwertern und Brillanten) が制定された。金柏葉・剣・ダイヤモンド付騎士鉄十字章の受章者は12人と定められていたが、授与されたのはハンス・ウルリッヒ・ルーデル一人であった。第二次世界大戦で大鉄十字章を授与されたのはヘルマン・ゲーリングのみである。山本五十六は、柏葉・剣付騎士鉄十字章を授与された唯一の外国人である(ただし、戦死後の追贈)。鉄十字章は戦時下にのみ授与される勲章であるため、戦後の授与者は存在しない。ただし、第二次世界大戦中に授与された者で戦後にドイツ連邦軍(戦後の西ドイツ軍)に入隊した者は引き続き着用することが認められた。この場合は勲章の中央に刻印されているハーケンクロイツが柏葉に置き換えられた「戦後型」と呼ばれる物が着用されることとされた。
 
戦功十字章
戦功十字章 Kriegsverdienst Kreuz
戦功十字章は1939年10月に制定され、当初は1級と2級の2等級だけであったが、1940年に戦功メダル及び騎士戦功十字章銀章が追加制定され、さらに1944年に騎士戦功十字章金章が追加され、最終的に5等級9種類となった。具体的には次の通りである。「戦功メダル」「2級戦功十字章 剣付」「2級戦功十字章 剣無し」「1級戦功十字章 剣付」「1級戦功十字章 剣無し」「騎士戦功十字章銀章 剣付」「騎士戦功十字章銀章 剣無し」「騎士戦功十字章金章 剣付」「騎士戦功十字章金章 剣無し」。鉄十字勲章が武功勲章、すなわち戦闘において戦果を挙げた者に対して授与される勲章であるのに対し、戦功十字章は直接戦闘以外の軍事的貢献に対して授与された。「剣付」は前線における功績、「剣無し」は後方における功績や戦争遂行に関する間接的貢献に対して授与された。「戦功メダル」の授与対象は民間人に限られ、軍需工場での労働貢献などに対して授与された。この勲章も鉄十字章同様「戦後型」が存在し、鉄十字章同様の条件で着用された。ちなみに戦功十字章は第二次世界大戦中のドイツで最も多く授与された勲章であり、総授与数は1300万個以上といわれている。
 
ドイツ十字章。右からダイヤモンド章、金章、銀章。上が戦中版で下がそれぞれの戦後版。
ドイツ十字章 Kriegsorden des Deutschen Kreuzes
ドイツ十字章1941年9月に制定され、金章と銀章の2種類が存在する。この勲章の外観上の違いは冠部分のメッキが金色か銀色かの違いである。ドイツ十字章は鉄十字章及び戦功十字章の1級章と騎士章の間の隔たりの解消のため制定された勲章であり、1級章と騎士章の間に位置するものとされた。金章は鉄十字勲章、銀章は戦功十字勲章に対応している。すなわち、次のような序列となる。
  • 鉄十字勲章の場合: 2級鉄十字章→1級鉄十字章→ドイツ十字章金章→騎士鉄十字章
  • 戦功十字勲章の場合: 2級戦功十字章→1級戦功十字章→ドイツ十字章銀章→騎士戦功十字章
ただし、ドイツ十字勲章を授与されずに1級章の次に騎士章を授与されることも珍しくなかった。この勲章も鉄十字章及び戦功十字章と同じく「戦後型」が存在し、同様の条件で着用された。

ドイツ鷲勲章 Verdienstorden vom Deutschen Adlerもあった

ドイツ連邦共和国 編集

 
ドイツ連邦共和国功労勲章星章

第二次世界大戦後の連合軍占領下では勲章の授受や佩用が禁止されていた(管理委員会法8号4条)が、1949年5月にドイツ連邦共和国臨時政府が成立した直後の9月に管理委員会法8号4条は無効となった(連合国高等弁務官会議法律7号)。それを受けて、1951年にはドイツ連邦共和国功労勲章が制定された。しかし当初はこの勲章の根拠となる法律は未整備であった。栄典制度に関する法律が整備されたのは主権回復後の1956年で、それによってナチスドイツ時代に授与された勲章も、ハーケンクロイツを除去することで佩用が認められるようになった。

ドイツ連邦共和国功労勲章
連合軍占領下の1951年西ドイツの勲章として制定され、再統一後は統一ドイツの勲章となっている。等級付けはフランスのレジオンドヌール勲章に倣ったものである。
プール・ル・メリット科学芸術勲章 (Pour le Mérite für Wissenschaften und Künste)
プロイセンの文化・科学分野の功労賞であったものが1952年に西ドイツの勲章として復活した。

ドイツ民主共和国 編集

カール・マルクス勲章 (Karl-Marx-Orden)
ドイツ民主共和国の最高勲章。
ブリュッヘル勲章 (Blücher-Orden)
諸国民解放戦争におけるプロイセン軍総司令官ゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヘルにちなむ。軍人向けの戦功勲章で、十字章とメダル章が3等級ずつ定められていた。結局、東ドイツは建国からその崩壊まで戦争に参加しなかった為、本勲章が実際に授与されることはなかった。

注釈 編集

  • a 政府が叙勲を行うことだけでなく、外国の勲章をドイツ国民が授与されることも禁止されていた。ただしヴァイマル憲法が発効されるまでに受章した勲章は佩用を許された。第一次世界大戦中の功績により授与されるべき栄誉勲章は適用除外とされていた(ヴァイマル憲法175条)。
  • b ヴァイマル共和政時代にも、各地の任意団体による記念メダルや元領邦君主による旧領邦の勲章の授与が行われていた。ただしこれらは法律に基づかない非公式なものだった。

イタリアの勲章 編集

サヴォイア伯国 編集

最も神聖なるアンヌンツィアータ勲章(Ordine supremo della Santissima Annunziata)
1362年サヴォイア伯国の君主アメデーオ6世サヴォイアによって創設された修道騎士団を源流とする騎士団勲章。アメデーオ6世の末裔であるサヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世サルデーニャ王国を建国するとその最高勲章となった。次いでサルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリア王に即位するとイタリア王国における最高勲章ともなった。1946年共和制移行によって国家勲章としての役割は失われ、サヴォイア家による私的な騎士勲章となった。

サヴォイア公国 編集

聖マウリッツィオ・ラザロ勲章(Ordine dei Santi Maurizio e Lazzaro)
1572年に成立した修道騎士団を源流とする騎士団勲章。同騎士団は十字軍遠征で名高い聖ラザロ騎士団の一派が、サヴォイア家の有する騎士団の一つであった聖マウリッツィオ騎士団と合流して結成された。サルデーニャ王国及びイタリア王国では聖アヌンツィアータ騎士団勲章に直属する勲章と見なされ、同勲章を得るには聖マウリッツィオ・ラザロ騎士団勲章の授与が前提であった。共和制移行によって国家勲章としての役割は失われた。

サルデーニャ王国 編集

武功名誉勲章英語版(Ricompense al valor militare)
1793年5月21日、サルデーニャ王ヴィットーリオ・アメデーオ3世がサルデーニャ王国の軍人の功績を顕彰する為に創設した名誉勲章(デコレーション)。1種類の十字記章(クロス)と3種類の記章(メダル、銅記章、銀記章、黄金記章)の計4等級に分かれている。この内、十字記章を除く等級はサヴォイア家の十字章がメダルの中心部に描かれていたが、イタリア王国を経て共和制に移行後はイタリア共和国の紋章が描かれている。この中でも武功黄金記章(Medaglia d'oro al valor militare)はM.O.V.M.と略称される。
武功勲章以外にも名誉勲章(記章・十字章)として様々なものが制作された(イタリアの騎士団勲章及び名誉勲章の一覧イタリア語)。
サヴォイア軍務勲章Ordine militare di Savoia poi Ordine militare d'Italia
1815年8月14日に制定された騎士団勲章。サルデーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世ナポレオン戦争など苦難の中、サルデーニャ王国の軍人らを労うべく創設した。イタリア王国では聖マウリッツィオ・ラザロ勲章の下位勲章として機能した。共和制移行後、新たに成立した共和国軍務勲章en)が軍務勲章の歴史を引き継ぐ勲章として制定された。サヴォイア軍務勲章も共和国軍務勲章の授章者として扱われるなど、他の騎士団勲章とは異なり実質的に存続している。
サヴォイア市民勲章Ordine Civile di Savoia
1831年10月29日にサルデーニャ王カルロ・アルベルト・ディ・サヴォイアによって制定された騎士団勲章。同時期に制定されたサヴォイア軍務勲章が軍人に対する勲章であるのに対し、市民騎士団勲章は民間人の功績を評価する為に制定された。イタリア王国ではサヴォイア軍務勲章の下位勲章として機能した。共和制移行によって国家勲章としての役割は失われた。

イタリア王国 編集

イタリア王冠勲章Ordine della Corona d'Italia
1868年2月20日、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世リソルジメントによるイタリア統一を記念して制定した騎士団勲章。市民騎士団勲章の下位勲章とされた。非カトリック教徒でも受勲が許可されるなど、修道騎士団を前身とする騎士団勲章に比べてより広く授与が行われた。共和制移行によって国家勲章としての役割は失われた。
労働功績勲章Ordine al merito del lavoro
1901年5月9日、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が労働者や企業家の経済的功績を讃える為に創設した騎士団勲章。共和制下でも依然として授与が続けられており、労働大臣の選定によって受勲対象者が決められている。
イタリア植民勲章Ordine coloniale della Stella d'Italia
1914年6月18日、イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世が植民地に駐留する軍人に対して授与した騎士団勲章。共和制移行によって廃止された。
ローマ鷹勲章Ordine civile e militare dell'Aquila romana
1942年3月14日ベニート・ムッソリーニ国家統領が国家ファシスト党の最高勲章として制定した。1944年10月5日に王国政府によって廃止された。

イタリア社会共和国 編集

ローマ鷹勲章Ordine civile e militare dell'Aquila romana
1944年3月2日ベニート・ムッソリーニ国家統領が王国時代の同勲章を復活させた。1945年4月28日に廃止された。
サント・パトローニ・ディタリア勲章Ordine dei santi patroni d'Italia
1945年2月11日ベニート・ムッソリーニ国家統領が共和ファシスト党及び社会共和国の騎士団勲章として制定した。1945年4月28日に廃止された。

イタリア共和国 編集

共和国軍務勲章Ordine militare d'Italia
1947年1月2日、共和国における軍人に対する最高勲章として制定された。サヴォイア軍務勲章を実質的に復活させたものと見なされている。
イタリア連帯の星勲章Ordine della Stella della Solidarietà Italiana
1947年6月27日、初代共和国大統領エンリコ・デ・ニコラが共和制下で一から創設された最初の勲章として制定した。第二次世界大戦における戦禍と内戦を経て、イタリア国民の相互理解を促し、復興に向けた市民の連帯に貢献した人物に対して授与が行われた。民間人に対する勲章としては労働功績騎士団勲章の下位勲章に位置付けられている。
共和国功労勲章(Ordine al merito della Repubblica Italiana)
1951年3月3日、第2代共和国大統領ルイージ・エイナウディによって共和国の最高勲章として制定された。それまで一貫してイタリアにおける最高勲章の扱いであった最も神聖なる受胎告知(アンヌンツィアータ)騎士団勲章及び聖マウリッツィオ・ラザロ騎士団勲章の廃止に伴い、共和制下における新たな最高勲章を設ける必要性から創設された。同勲章の最高位であるカヴァリエーレ・ディ・グラン・クローチェ・デコラート・ディ・グラン・コルドーネ(Cavaliere di Gran Croce Decorato di Gran Cordone)は共和国大統領にのみ授与される。

ロシアの勲章 編集

ソビエト連邦 編集

ソビエト連邦時代にはレーニン勲章赤旗勲章など数多くの勲章があった。

レーニン勲章は“東側のノーベル賞”とも呼ばれていた勲章で、軍事、思想、文化、芸術など各分野での卓越した人物、組織に与えられ、ソ連邦英雄称号や社会主義労働英雄称号などにも付随して授与される。東側の指導者はもちろんのこと西側の人物にも受章者は多い。日本人受章者もいる。

赤旗勲章はソビエト連邦最初の勲章で、一番発行された勲章で1920年代初期に制定された。赤旗勲章は軍事功績を称える勲章で労働功績には労働赤旗勲章がある。赤旗勲章の前衛的なデザインは他の社会主義国の勲章やソビエト連邦成立初期の各共和国独自制定の勲章に非常に影響を与えた。

勝利勲章はソビエト連邦で一番豪華な材料を使用した勲章でダイヤモンドやルビーをふんだんに使用している。これは軍の最高司令官にのみ授与される、完全なる軍将官のみの勲章である。授与された軍人はスターリンジューコフワシレフスキーなどの著名人ばかりで、外国人ではアイゼンハワーチトーが授与されている。ブレジネフも授与されたが理由がなかったためゴルバチョフ政権下で剥奪された。

ロシア連邦 編集

現在のロシア連邦ではそれまでのソビエト連邦の賞勲制度を引き継いだが帝政時代の勲章を復活させたり、ロシア連邦共産党の独自制定勲章やメダルも多いがそれらは大抵が記念メダルで、ソビエト連邦時代の出来事や組織の記念日、個人の軍歴などを記念するものが多い。大祖国戦争50周年・55周年・60周年記念メダル10月革命80周年記念メダルなどが有名である。各自治共和国政府が発行するものもある。

旧ソビエト連邦構成国 編集

ソビエト連邦崩壊後ほとんどの旧ソビエト連邦構成国で独自の賞勲制度が制定されたがやはりほとんどはソビエト連邦やロシアの制度に模した制度の国も多い。独自の制度を作り別の形になっている国もある。ウクライナベラルーシなどは比較的ロシアの賞勲制度に近いがカザフスタントルクメニスタンなどの国では比較的独自のものも多い。バルト三国ではソビエト連邦併合前の賞勲制度を復活させている。ソビエト連邦時代に制定・授与された勲章も大半の国ではその国の勲章の一種として重宝されている。ロシア連邦発行の勲章・メダル類も自国の物として発行している国もある。

英雄称号 編集

ソビエト連邦をはじめとする旧共産圏には英雄称号という制度があり正確には勲章とはわずかながら異なる。それぞれの非常に卓越した功績を称えるもので国家の称号として個人・組織などに授与される。戦争などで命を失った故人に対しても授与される。

ソビエト連邦の場合は連邦英雄と、社会主義労働英雄の2種が存在する。他の共産圏でもほとんど同じように2種類ほど存在する。勲章でもそうだがこちらはそれ以上に授与されることが少なく、進歩的な科学の発展、命を懸けた軍事行動、国際的な競技大会での優勝など国家や国民に対して全力を尽くした功績のみに対して初めて授与される。授与された者の生活は一般人に比べ圧倒的に優遇され給料や配給の大幅増量、交通機関の無料利用など授与された者本人だけでなく一家が生活するに当たって苦労しないような、さまざまな特典や年金が受けられる。2回以上授与されると故郷の学校に授与された者の名前が付くなど授与された者はまさに英雄として扱われる。称号には付随したメダルがありほとんどの国で似たようなデザインで、赤色の綬の付いたリボンでつり下げる形式の金色の星をかたどったメダルで、レーニン勲章などの高級勲章もほぼ同時に授与される。ソビエト連邦の著名人や歴代書記長のほとんどはこれらの英雄称号を授与されている。

着用する場合、いかなる勲章でもその上に英雄メダルを取り付ける(北朝鮮に限りその上に金日成バッジを付けることが多い)。メダルの形式は勲章型でも略綬は存在せず(東ドイツに限り存在する)平常時でも取り付ける。平常時も着用する場合は略綬の上に取り付けるか、英雄メダル単体を取り付ける。英雄称号を授与された者は国家のプロパガンダによって人々の労働意欲向上のため全国的に大きく取り上げられ宣伝ポスターなどで具体的な功績と本人の肖像画入りで紹介される。ソビエト連邦では第二次世界大戦中のさまざまな軍人・民間人に多数授与されその中には戦争の犠牲となったり軍隊に協力した子供たちもいる。

マルタ騎士団の勲章 編集

ローマ教皇より認可を受けたカトリック騎士修道会であるマルタ騎士団(正式名称:エルサレム、ロードス及びマルタにおける聖ヨハネ主権軍事病院騎士修道会)は、国際法上認められた独立国家主権実体)として以下の勲章を授与している。

聖ヨハネ騎士勲章 編集

聖ヨハネ騎士勲章はマルタ騎士団の騎士たる者に授与される騎士団勲章であり、貧者・病者に対する長年の顕著なボランティアによる功績を有し、法曹界、学界、医療界などのコミュニティにおいて指導者と目される敬虔なカトリック教徒に授与される。聖ヨハネ勲章の受勲はカトリック教会における最上級の栄誉の一つであり、受勲者は、受勲と同時にマルタ騎士団総長により騎士に叙任される[23]

聖ヨハネ騎士勲章には3等級が存在し、全ての騎士は始め勲三等に叙任された後、マルタ騎士団内における功績に応じ上位の勲等に昇級する。

勲一等(最上級騎士)

  • ナイト・オブ・ジャスティス章(正義の騎士章) 修道誓願(独身・私有財産の放棄・神への従順)を誓った騎士に授与される勲章。1990年から非貴族階級出身者にも昇級の道が開かれた。

勲二等(上級騎士)

  • ナイト・イン・オヴィディエンス章(忠誠の騎士章)

勲三等

  • ナイト・オブ・オナー・アンド・デヴォーション章(名誉と献身の騎士章) 曽々祖父母全16名全員が貴族家系であることを証明できる者に授与される勲章[24]
  • ナイト・オブ・グレース・アンド・デヴォーション章(慈愛と献身の騎士章) 曽祖父母全8名全員が貴族家系であることを証明できる者に授与される勲章[24]
  • ナイト・オブ・マジストラル・グレース章(主の恩寵の騎士章) 非貴族階級出身者に授与される勲章。

マルタ功労十字勲章 編集

貧者・病者に対し顕著な功績のある者に授与される勲章であり、受勲者はカトリック教徒やマルタ騎士団員に限られない。著名な受勲者に、第41代米国大統領ジョージ・H・W・ブッシュなど[25]

その他ヨーロッパ諸国の勲章 編集

ベルギー 編集

バチカン 編集

フィンランド 編集

フィンランド白薔薇勲章
1919年に当時フィンランドの摂政であったカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムによって制定された。6階級とからなり、フィンランド人、外国人問わず授与される。
マンネルヘイム十字章
カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムによって制定された。軍人に対する武功勲章。冬戦争後の1940年12月に制定され、冬戦争及び継続戦争で戦功を上げた軍人に対して授与された。代表的な受章者はエイノ・アンテロ・ルーッカネンエイノ・イルマリ・ユーティライネンニルス・カタヤイネンなど。
フィンランド獅子勲章

ノルウェー 編集

聖オーラヴ勲章
1847年オスカル1世によって制定された。5階級から成り、そのうち騎士章はさらに2階級に分かれている。大十字章の上には頸飾がある。皇族、王族、元首に贈られるほかは、ノルウェー人にのみ授与される。

ジョージア 編集

ジョージア鷲とキリストの聖衣勲章
一般にジョージア鷲勲章として知られる騎士団勲章であり、バグラチオン王家(旧グルジア王家)が授与する最も格の高い勲章。受勲者には英国女王エリザベス2世、イタリア国王ウンベルト2世など。

デンマーク 編集

アイスランド 編集

スペイン 編集

カルロス3世勲章英語版
1771年にカルロス3世が制定した[26]
イサベル・ラ・カトリカ勲章英語版
1815年にフェルナンド7世イサベル女王の偉業をたたえて創設した[27]

アメリカ合衆国の勲章 編集

 
名誉勲章(左から陸軍、海軍・海兵隊、空軍用)
 
コメンデーションメダル(左から統合軍、空軍、陸軍、海軍・海兵隊、沿岸警備隊用)
 
善行章(左から陸軍、海兵隊、海軍、空軍、沿岸警備隊用)

アメリカ合衆国の場合、ほとんどのものが戦功章であり、授与対象者は軍人である。オーダーがなく、最上級のものも“メダル”であり、一部のメダルにはその上にクロスが存在する。序列は、イギリスでは全てのメダルの上にそれぞれの上級章であるクロスが位置するが、アメリカの場合、メダルの上にその上級章であるクロスが位置し、その上に別のメダルが位置付けられる。

戦功章は条件を満たせば何度でも授与された(パープルハート章など)。その為高位の戦功章は条件が特に厳しく設定されており、これを得るためには多大な功績を示さなければならなかった。

大統領自由勲章 (Presidential Medal of Freedom)
文民(退役軍人を含む)に対する最高位の勲章の一つ。議会名誉黄金勲章と同格とされる。1945年にトルーマン大統領により制定された。
名誉勲章 (Medal of Honor)
連邦議会の議決を経て授与される、軍人に対する最高位の勲章。
殊勲十字章 (Distinguished Service Cross)
陸軍軍人の軍功に対して与えられる勲章。名誉勲章の次位。海軍及び海兵隊は海軍十字章 (Navy Cross)、空軍は空軍十字章 (Air Force Cross) となるが、これは陸軍が最も古くからある軍隊であるため。
ディスティングシュドサービスメダル (Distinguished Service Medal)
殊勲章の訳が見られる。陸海空軍・沿岸警備隊及び各省庁が、「国に対する軍事上の重責ある顕著な功績」を挙げた軍人又は文民職員に授与する。
レジオン・オブ・メリット (Legion of Merit)
勲功章の訳が見られる。格別な功績を挙げた軍人に与えられる。チーフコマンダー (Chief Commander)、コマンダー (Commander)、オフィサー (Officer)、レジオネール (Legionnaire) の4等級があるが、アメリカ合衆国の軍人に対しては階級問わず授与されるのはレジオネールで、オフィサー以上の3等級は外国軍高官対象。
シルバースター (Silver Star)
銀星章の訳が見られる。軍人用。「戦闘において勇敢な行為をした」者に授与される。
ブロンズスターメダル (Bronze Star)
青銅星章の訳が見られる。軍人用。「作戦において英雄的、かつ名誉ある奉仕を行い、成果を挙げた」者に授与される。
コメンデーションメダル (Commendation Medal)
賞賛章の訳が見られる。軍人用。「敵軍との直接接触において勇敢な行動を取った」者に授与される。
パープルハート章 (Purple Heart)
戦傷軍人に与えられる。その名の通り紫のハートの形をしている。ジョージ・ワシントンが独立戦争の際に制定した最も古くからある勲章。2004年の大統領候補ジョン・ケリーはこれを3回受章したことを選挙におけるセールスポイントとするなど、アメリカの退役軍人としてはとりわけ名誉な賞である。
エア・メダル(Air Medal)
航空活動で功績を挙げた軍人に与えられる。
戦争捕虜章 (Prisoner of War Medal)
捕虜となり無事帰還した軍人に与えられる。1986年に創設されたが、第一次世界大戦以降の捕虜経験者に対して遡及して授与される。
善行章 (Good Conduct Medal)
「献身的奉仕を行い顕著な自発性を見せた者」、つまり志願兵や3年間規律違反を犯さずに勤めた軍人に与えられる。戦死した軍人には無条件で追贈される。
従軍章 (〜 Service Medal、〜 Campaign)
戦争もしくは海外派兵任務についた軍人に与えられる。任務ごとに種類があり、名称とデザインも異なる。

(参考)英語版 アメリカ合衆国勲章カテゴリ

その他アメリカ大陸の勲章 編集

ブラジル 編集

サントス・ドゥモン勲章
空軍の勲章であるが民間人にも授与される。2004年(平成16年)に小野田寛郎陸軍少尉が受章している。

中国・台湾の勲章 編集

満洲国 編集

満洲国の勲位と勲章は、1934年康徳元年)4月19日勅令第27号「勲位及勲章に関する件」で定められた。勲位は、大勲位及び勲一位から勲八位までの9位とされ、勲章は大勲位蘭花章頸飾、大勲位蘭花大綬章、龍光大綬章、景雲章とされた。1936年(康徳3年)9月14日勅令142号により勲章に柱国章が加わった。製作は日本の造幣局が行い、皇帝溥儀の意見もデザインに採り入れられた。

大勲位蘭花章頸飾
大勲位蘭花章頸飾は、大勲位に叙せられた者が特旨により賜る。日本の大勲位菊花章頸飾に相当する。
大勲位蘭花大綬章
大勲位蘭花大綬章は、大勲位に叙する者に賜る。日本の大勲位菊花大綬章に相当する。
龍光章
龍光大綬章は、勲一位に叙する者又は叙せられた者に特旨により賜る。日本の勲一等旭日桐花大綬章(現・桐花大綬章)に相当する。
景雲章
勲一位景雲章から勲八位景雲章がある。日本の旭日章に相当する。
柱国章
勲一位柱国章から勲八位柱国章がある。日本の瑞宝章に相当する。

中華人民共和国 編集

かつて清朝では双竜宝星(zh)などを制定していたが、中華民国を経て中華人民共和国の成立以後は2016年まで国家として勲章を制定することはなく、そのほとんどが中国共産党人民解放軍、あるいはその下部組織や委員会、あるいは省級単位で制定し授与しており、このため中国はスイスと並び国家級の勲章制度を施行していない時代を有していた。

中国ではメダルのことを一般的に奨章という。中華人民共和国成立前の中国共産党軍でも早期からメダル型の従軍章や功労章などが多く生産され、成立後も東北解放記念メダル抗美援朝記念メダルなどといった従軍章や記念章が多く生産された。当時は、中ソ友好記念メダルなどソ連人に授与される物や、ソビエト連邦と関係する物も多かった。

朝鮮戦争に参戦した中国人民志願軍将兵の多数が、北朝鮮政府から勲章を授与された。

1955年には中華人民共和国最初の国家単位発行の勲章・奨章制度が制定された。三等級とそれに伴う奨章で構成された八一独立自由解放の3種類が制定された。これらの勲章は人民解放軍の将兵にのみ授与されたもので、それぞれ南昌蜂起から始まる中国共産党初期の戦い、抗日戦争国共内戦の従軍者に授与された。等級は当時及び1955年までの解放軍内での役職・階級によって、奨章は尉官級、兵下士官級に主に授与された。これらの勲章は後の中ソ対立を経て文化大革命によって完全廃止となり、文革当時は授与された者が紅衛兵などにより階級の敵として打倒され、勲章を破壊されるなどの事件が数多く起きた。例えば黄克誠大将の三大勲章は文革中に強盗され、55式大将服も破壊されて、いずれも行方不明となっている。以降、国家単位の勲章はほとんど制定されなくなった。

2015年12月27日、12回全国人民代表大会常務委員会第十八回会議において、中国の国家勲章を制定する「中華人民共和国国家勲章と国家の栄誉称号法」を2016年1月1日から施行することが決定された。この法律の規定によって設けられた国家勲章「共和国勲章」は、中国特色社会主義(zh)の建設や国家の防衛に顕著な貢献をなした勲功ある人物に授与され、「友情勲章」は社会主義の現代化に貢献し中国内外の交流を促進し平和の維持に貢献した外国人のために授与されることになる。

香港 編集

香港特別行政区の勲章は、1997年香港返還後、イギリスの勲章制度に代わる形で創設された。

台湾 編集

現在の台湾における中華民国には、下記のように、民間人向け5種類と軍人向け8種類の計12種類の勲章がある。

采玉大勲章
最高位の勲章で、国家元首及び友好国の元首に贈られる。
中山勲章
建国事業、大災害などから国家を救うなどの国家安定のため、中枢的役割を果たした特別功労者に贈られる。
中正勲章中国語版
三民主義を実践し、反共建国事業などでの特別貢献者、中華文化を復興した特別芸術家、民主憲政における特別功労者に贈られる。
卿雲勲章中国語版
一等から九等に分かれており、国家政務で特別功労のあった公務員、国家社会貢献で顕著な功労のあった民間人及び外国人に贈られる。
景星勲章中国語版
一等から九等に分かれており、国家政務で特別功労のあった公務員、国家社会貢献で顕著な功労のあった民間人及び外国人に贈られる。
国光勲章
中華民国の軍人を対象とした勲章の最高位で、日本でいう金鵄勲章に相当する。
青天白日勲章
中華民国の軍人において2番目に栄誉のある勲章。特に戦功の著しい軍人に授与される。
宝鼎勲章
中華民国の軍人において3番目に栄誉のある勲章。一等から九等まで分かれており、民間人及び外国人にも贈られる。
忠勇勲章
多大な戦功を挙げたり、危険な作戦の中でも恐れずに指揮を行ったりした軍人に授与される。等級としては五等雲麾勲章と六等宝鼎勲章の中間にあたる。
雲麾勲章
一等から九等まで分かれている。
忠勤勲章
現役で10年以上勤務し、成績優良で周囲の模範となる軍人に授与される。
大同勲章

韓国・朝鮮の勲章 編集

大韓帝国 編集

韓国併合前の大韓帝国(旧韓国)の勲章は、日本の勲章と体系が類似している。1900年光武4年)4月17日に勅令19号として「勲章条例」が定められ、金尺大勲章・李花大勲章・太極章・紫鷹章の4種の勲章が制定された(旧韓国官報光武4年4月19日号外に掲載)。翌年4月16日に勅令16号で同条例が改正され(旧韓国官報光武5年4月18日1864号に掲載)、八卦章が追加して制定された。1902年(光武6年)には、旧韓国官報光武6年8月25日2287号の「正誤」欄での訂正という形で瑞星大勲章が追加された。これに関しては同年8月12日(15日官報掲載)に詔勅が出されている。さらに、1907年(光武11年)3月30日勅令20号で勲章条例が改正(4月3日官報掲載)され、瑞鳳章が制定された。これに関しては1904年(光武8年)3月30日(4月1日官報掲載)に詔勅が出されている。

1910年(明治43年)8月29日、韓国併合によっていずれも廃止されたが、同日制定された日本の勅令334号により「当分の内」佩用することができると定められた。

金尺大勲章
名称は、太祖高皇帝(李成桂)の故事による。単一等級で、大勲位金尺大綬章からなる。勲章の最上位に位置し、皇室が佩用するほか、皇親及び文武官で瑞星大勲章を佩用する者が特別の勲労があるとき、特旨をもって授与される。
瑞星大勲章
名称は、国初における故事による。単一等級で、大勲位瑞星大綬章からなる。金尺大勲章と李花大勲章の間に位置し、皇親及び文武官で李花大勲章を佩用する者が特別の勲労があるとき、特旨をもって授与される。
李花大勲章
名称は、当時の国章である李花章(スモモの花の紋章)による。単一等級で、大勲位李花大綬章からなる。勲一等太極章を授与されている文武官で特別の勲労がある者に特旨をもって授与される。
太極章
名称は、国旗に描かれた太極章による。8等級で、勲一等太極章から勲八等太極章がある。文武官が勲等ごとの基準に従って授与される。
八卦章
名称は、国旗に描かれたによる。8等級で、勲一等八卦章から勲八等八卦章がある。授与基準は太極章と同様とされる。
紫鷹章
名称は、太祖高皇帝の故事による。8等級で、功一等紫鷹章から功八等紫鷹章がある。武功抜群の者が功等ごとの基準に従って授与される。
瑞鳳章
女性に授与される勲章。6等級で、勲一等瑞鳳章から勲六等瑞鳳章がある。内命婦と呼ばれる宮中に仕える女性や、外命婦と呼ばれる官吏の妻・皇帝の女子(公主・翁主)が授与対象である。淑徳・勲労が特別な者に対して皇后の命(「徽旨」)を経た後に勲等ごとの基準に従って授与される。この内、勲一等瑞鳳章は、皇室が佩用するほか、内外命婦で勲二等を授与されている者が特別の勲労があるとき、特旨をもって授与される。

大韓民国 編集

大韓民国における叙勲制度は、1949年の建国功労勲章(現在の建国勲章)および無窮花大勲章の制定に始まる。その後しばらくは大統領令により各種の勲章などが定められたが、1963年には栄典を包括的に扱う賞勲法が制定され、以後は同法の下で勲章が新設されてきた。最も新しい勲章は、2001年制定の科学技術勲章である。現行では大きく12種の勲章が設けられており、最上位かつ無等級の無窮花大勲章を除き、それぞれ5等級に階級分けされている。

無窮花大勲章무궁화대훈장, Grand Order of Mugunghwa
大韓民国の最高勲章であって大統領に授与し、大統領の配偶者・友邦元首及びその配偶者又は韓国の発展及び安全保障に寄与した功績が明確な前職友邦元首及びその配偶者にも授与される。無等級。
建国勲章건국훈장, Order of Merit for National Foundation
大韓民国の建国に功労が明確で、又は国基を強固にすることに寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 大韓民国章
  • 2等級 : 大統領章
  • 3等級 : 独立章
  • 4等級 : 愛国章
  • 5等級 : 愛族章
国民勲章국민훈장, Order of Civil Merit
政治・経済・社会・教育・学術分野に功績を立てて国民の福祉向上及び国家発展に寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 無窮花章
  • 2等級 : 牡丹章
  • 3等級 : 冬柏章
  • 4等級 : 木蓮章
  • 5等級 : 石榴章
武功勲章무공훈장, Order of Military Merit
戦時又はこれに準ずる非常事態下において戦闘に参加し、明確な武功を立てた者に授与される。
  • 1等級 : 太極
  • 2等級 : 乙支
  • 3等級 : 忠武
  • 4等級 : 花郎
  • 5等級 : 仁憲
勤政勲章근정훈장, Order of Service Merit
公務員(軍人・軍属を除く)としてその職務に精励して功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 青條
  • 2等級 : 黄條
  • 3等級 : 紅條
  • 4等級 : 緑條
  • 5等級 : 玉條
保国勲章보국훈장, Order of National Security Merit
国家安全保障に明確な功を立てた者に授与される。
  • 1等級 : 統一章
  • 2等級 : 国仙章
  • 3等級 : 天授章
  • 4等級 : 三一章
  • 5等級 : 光復章
修交勲章수교훈장, Order of Diplomatic Service Merit
国権の伸張及び友邦との親善に貢献が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 光化大章、光化章
  • 2等級 : 興仁章
  • 3等級 : 崇礼章
  • 4等級 : 彰義章
  • 5等級 : 粛靖章
産業勲章산업훈장, Order of Industrial Service Merit
国家産業発展に寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 金塔
  • 2等級 : 銀塔
  • 3等級 : 銅塔
  • 4等級 : 鉄塔
  • 5等級 : 錫塔
セマウル勲章새마을훈장, Order of Saemaeul Service Merit
セマウル運動を通じて国家社会発展に寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 自立章
  • 2等級 : 自助章
  • 3等級 : 協同章
  • 4等級 : 勤勉章
  • 5等級 : 努力章
文化勲章문화훈장, Order of Culture Merit
文化芸術発展に功績を立てて国民文化向上及び国家発展に寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 金冠
  • 2等級 : 銀冠
  • 3等級 : 宝冠
  • 4等級 : 玉冠
  • 5等級 : 花冠
体育勲章체육훈장, Order of Sport Merit
体育発展に功績を立てて国民体位向上及び国家発展に寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 青龍章
  • 2等級 : 猛虎章
  • 3等級 : 巨象章
  • 4等級 : 白馬章
  • 5等級 : 麒麟章
科学技術勲章과학기술훈장, Order of Science and Technology Merit
科学技術発展に寄与した功績が明確な者に授与される。
  • 1等級 : 創造章
  • 2等級 : 革新章
  • 3等級 : 雄飛章
  • 4等級 : 跳躍章
  • 5等級 : 進歩章

日本における受勲者(一部)

朝鮮民主主義人民共和国 編集

北朝鮮では最高勲章の金日成勲章をはじめ、かつての社会主義国同様に数多くの勲章が存在する。

 
金日成勲章
金日成勲章
同国の最高勲章。国家や党に対する思想的な活動(主体思想的な行動など)の卓越した功績に対し授与される。レーニン勲章の朝鮮版と見れば分かり易い。個人だけでなく大学や軍部隊、組織などに対しても授与される。金日成国家主席の生誕60周年にあわせて、1972年3月に制定された。日本の朝鮮大学校学友書房も授与された。
金正日勲章
同国の勲章。主体思想革命と社会主義強盛国家建設偉業のために闘争を続け、突出した貢献をした幹部、軍人、労働者などに対し授与される。金正日総書記の生誕70周年にあわせて、2012年に制定された。
国旗勲章 第一級、第二級、第三級
同国で最も発行されている勲章。軍事や労働だけでなくさまざまな分野での功績に対し授与される。テレビなどで見る同国の高級軍人たちの胸についている勲章の半数以上は国旗勲章である。非常に多く授与されている勲章であり、同国の一般労働者でも国旗勲章三級ぐらいならば大抵授与されている。同国国民のみ授与されるわけではなく外国人や在日朝鮮人にも多数授与されており在日朝鮮人に多い授与理由は北朝鮮に対する献金といわれるが拉致など、国際的には犯罪となる「功績」を疑われる人物にも授与されている。朝鮮戦争休戦後、中国人民志願軍の将兵にも戦功や復興建設協力などを称え多数の将兵に授与されている。
労力勲章
労働及び農業での功績に対し授与される。
自由独立勲章第一級、第二級
軍事での卓越した功績に対し授与される。主に朝鮮戦争従軍経験者が多い。朝鮮戦争休戦後には中国人民志願軍の司令官の彭徳懐をはじめとする将兵にも授与された。
軍事服務栄誉勲章第一級、第二級、第三級
勲章とはなっているが実際は人民軍や民兵での勤務年数によって授与される。一級が20年、二級が15年、三級が10年と推定される。さらに下の物では軍事服務栄誉メダルが存在する。
親善勲章 第一級、第二級
同国の思想活動や経済、開発に貢献した外国人に授与される。東側の人物だけでなく西側の人物にも授与され日本人で授与された者も多くいる。

カンボジア王国 編集

フランス植民地時代に、フランスなどの欧州の栄典に基づいて創設された。カンボジアの独立後に改革され、1975年4月17日のクメール共和国が崩壊とともに一時停止したが、1995年10月5日にノロドム・シハヌーク国王の勅令により再施行される。

その他アジア諸国の勲章 編集

モンゴル 編集

大半の勲章はモンゴル人民共和国時代に制定された。ほとんどがソビエト連邦の勲章の影響が非常に強く、ソビエト連邦の勲章制度を模したものである。モンゴル人民共和国時代を経て、現在のモンゴル国でも制度は継続されている。勲章のほかにソビエト連邦と同様の英雄称号などの国家称号とそれに伴うメダルが存在する。

チンギス・ハーン勲章
現在の最高栄誉勲章。2002年制定。
スフバートル勲章
社会主義時代の最高栄誉勲章。ソビエト連邦のレーニン勲章に相当する。
北極星(極東の星)勲章
ソビエト連邦の赤星勲章に相当するとされる。
戦功赤旗勲章
ソビエト連邦の赤旗勲章に相当。
労働赤旗勲章
ソビエト連邦の労働赤旗勲章に相当。
母親英雄勲章
ソビエト連邦の母親栄誉勲章に相当。

タイ 編集

インド 編集

シンガポール 編集

 
ダルジャ・ウタマ・テマセク(タマセク)最高勲章(シンガポール共和国)[28]
  • ビンタン・タマセク勲章(タマセクの星、タマセクはシンガポールの旧名)
  • タマセク勲章(三階級に分かれる)
  • ニラ・ウタマ勲章(シンガプーラ王国建国王サン・ニラ・ウタマから、三階級に分かれる)
  • パブリック・サービス・スター章

シンガポールの勲章一覧(en:Singaporean orders and decorations

フィリピン共和国 編集

 
リサール騎士勲章(フィリピン共和国)

フィリピン共和国における勲章の序列は大統領令第236号において以下の通り規定されている[29]

国家勲章 編集

一級

  • クルソン功労十字章

二級

三級

  • ガブリエラ・シラン勲章

四級

  • 国家芸術勲章
  • 国家科学勲章
  • 国家社会科学勲章
  • 人間国宝章

五級

  • ガワッド・マビーニ章

六級

  • ゴールデンハート勲章

七級

  • 大統領功労勲章

騎士団勲章 編集

リサール勲章は共和国法第646号により制定された、フィリピン共和国で唯一の騎士団勲章である[30]。リサール勲章の序列は大統領令第236号により国家勲章の下と規定されており、事実上第八級の勲章として機能している[29]。リサール勲章の受勲者は騎士に叙され「Sir」の尊称の使用が許可される[31]

注釈 編集

  1. ^ ドイツ語では“Orden”と“Ehrenzeichen”を併せてOrden und Ehrenzeichenと称する。
  2. ^ 但し、イギリスではそれらのほとんどが1993年の制度改正で廃止されている[3]
  3. ^ 勲爵士と訳される言葉には他に英語の“Companion”がある。
  4. ^ 法令上は正式なものではない場合もある。
  5. ^ イギリスでは、デコレーションと同様に、遺族による保持が認められるようになったのは第二次世界大戦後である。しかし、一部のものは現在でも返還が義務付けられている[9]

出典 編集

  1. ^ 岩倉・藤樫 第1章
  2. ^ 造幣局百年史 p 101
  3. ^ Duckers Chapter 13
  4. ^ a b c 小川 第II部
  5. ^ 例:小川 P 93 と 君塚 P 16
  6. ^ 栄典制度の在り方に関する懇談会(第2回)議事録(平成12年11月21日)
  7. ^ 小川 p 122
  8. ^ 小川 p 95
  9. ^ 君塚 補論
  10. ^ 君塚 p26
  11. ^ 略小勲章の一覧
  12. ^ 独立行政法人 造幣局 : 略小勲章
  13. ^ 農事功労章”. 在日フランス大使館 (2005年1月26日). 2010年11月6日閲覧。
  14. ^ a b フランス農事功労章受章者協会 (MOMAJ) - <フランス農事功労章 創設の歴史>[リンク切れ]
  15. ^ 衆議院議員 中川昭一 公式サイト : 活動報告(フランスより農事功労章(コマンドゥール)受賞の一コマ)[リンク切れ]
  16. ^ “中川農相、フランスの農事功労章受章 - 東京”. フランス通信社. (2006年5月27日). https://www.afpbb.com/articles/-/2061715?pid=586462 2010年3月11日閲覧。 
  17. ^ Welcome” (フランス語). Encouragement Public. 2023年3月16日閲覧。
  18. ^ 陶芸文化、世界に 島田在住の道川さんにフランス社会功労奨励章”. あなたの静岡新聞. 静岡新聞社. 2023年3月16日閲覧。
  19. ^ 本学卒業生のインド映画女優・舞踊家 板倉リサ氏が、「フランス社会功労奨励章」コマンドゥール(旧 3等・「現」大冠付金章)を受勲されました。”. 武蔵野大学. 2023年3月16日閲覧。
  20. ^ 本学大学院修士課程に在籍中の池田有沙さんが 最年少23歳で仏社会功労 奨励勲章の月桂樹銀賞受賞しました”. 桐朋学園音楽部門. 2023年3月16日閲覧。
  21. ^ 卒業生幕田魁心氏フランス社会功労月桂冠奨励勲章受章/お知らせ”. 書道研究所 大東文化大学. 2023年3月16日閲覧。
  22. ^ 小川 第II部 第6章
  23. ^ Guy Stair Sainty (1991). The Orders of Saint John. The American Society of The Most Venerable Order of the Hospital of Saint John in Jerusalem 
  24. ^ a b Guy Stair Sainty (1991). The Orders of Saint John. The American Society of The Most Venerable Order of the Hospital of Saint John in Jerusalem 
  25. ^ Order Pro Merito Melitensi”. 2020年8月29日閲覧。
  26. ^ 那珂馨『勲章の歴史』雄山閣出版、1973年、203頁。NDLJP:11894505/133 
  27. ^ 那珂馨『勲章の歴史』雄山閣出版、1973年、204頁。NDLJP:11894505/134 
  28. ^ 1967年(昭和42年)、佐藤栄作に贈られた物。国立公文書館所蔵(請求番号:寄贈01877100)。
  29. ^ a b Implementing Rules and Regulations of Executive Order 236 of Executive Order 236”. 2018年7月21日閲覧。
  30. ^ Republic Act No. 646”. 2018年7月21日閲覧。
  31. ^ President Aquino's speech at the International Assembly of the Knights of Rizal”. フィリピン共和国政府. 2016年3月24日閲覧。

参考文献 編集

  • 小川賢治『勲章の社会学』晃洋書房、2009年3月。ISBN 978-4-7710-2039-9 
  • 岩倉規夫、藤樫準二『日本の勲章-日本の表彰制度-』第一法規出版、1965年1月。 
  • 総理府賞勲局監修『勲章』毎日新聞社、1976年。 
  • 君塚直隆『女王陛下のブルーリボン-ガーター勲章とイギリス外交-』NTT出版、2004年。ISBN 4757140738 
  • Duckers, Peter (2009). British Military Medals - A Guide for the Collector and Family Historian. South Yorkshire: Pen & Sword Books Ltd. ISBN 978-1-84415-960-4 
  • 大蔵省造幣局編『造幣局百年史(資料編)』大蔵省造幣局、1974年3月15日。 
  • 大蔵省造幣局編『造幣局百年史』大蔵省造幣局、1976年3月21日。 

関連項目 編集

外部リンク 編集