ミーコラス・チャルトリスキス

ミーコラス・チャルトリスキスリトアニア語: Mykolas Čartoriskis, ポーランド語: Michał Wasylewicz Czartoryski, 1400年以降 - 1489年)は、 チャルトリスキ家出身のリトアニア大公国の政治且つ軍事的指導者及びブラツラヴシーナの総督である。

ミーコラス・チャルトリスキス
Mykolas Čartoriskis

出生 1400年以降
チャルトリスキイ
死去 1489年
クレヴァニ
配偶者 マリヤ・ネミール
子女 アンドリュウス
テオドラス
アンナ
家名 チャルトリスキ家
父親 ヴォシリウス・チャルトリスキス
母親 アンナ
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生涯編集

 
ミーコラス・チャルトリスキスの紋章

ゲディミナス朝出身の紋章を持つマグナートの家系の代表的な人物である。

1440年に兄弟のヨナスアレクサンドラスとともに大叔父シュヴィトリガイラリトアニア大公につけるためのクーデターに加わった。チャルトリスキス兄弟は大公ジーギマンタス・ケーストゥタイティスの暗殺に直に参加している。

1442年に兄弟と共にシュヴィトリガイラから、もっと後にチャルトリスキ家の世襲の地となるクレヴァニを含むヴォルィーニの領地を受け賜わっている。

子女編集

妻のマリヤ・«レザノタイティ» ・ネミール(1504年 - 1505年)との間に以下の3人の子をもうけた。

孫のアレクサンドラス(1571年)はヴィルィーニのヴォイヴォダになっている。

外部リンク編集